観客が観客を見る不思議な演劇。黄色舞伎團2『B-DAMAGE』について

観客が観客を見る不思議な演劇。黄色舞伎團2『B-DAMAGE』について

Masami Otsuka

 迷路劇場『架空の花』から半年後、1989年3〜4月に開催されたのが『B-DAMAGE』。田端の倉庫街にあった黄色舞伎團2の本拠地、die pratze(ディー・プラッツ)にて行われた。『架空の花』の仕掛けに仰天した僕は、さらなる驚きを求めて足を運ぶことにした。今度は「絶対面白いから」と友達を誘った。

↑当時のサブカルチャー雑誌のようなビジュアルの公演チラシ。今作からしばらく、元聖飢魔Ⅱの丸山涼子さんが音楽を手がけることになる。

 開場時間になり、入場列に並んだ。前回同様に、「劇の構造上終了時刻や内容に関してのお応えはできません」「劇場内には、狭いところや天井の低いところがあります。ケガなどなされた場合でも責任は負いかねます」というような注意書きが壁に貼ってあった。

 そして並んでいる最中、紙の入った封筒を手渡された。中を見ると、「A-20」「D-15」というような文字が書かれており、それが客席番号であることが記されている。今回は客席があるのだろう。ただし、友達とはバラバラにされるらしい。

 数人ずつ会場へ入れられる。中に入ると、暗く狭い通路。今度はイントレ(鉄パイプを使った建築用の足場)が用いられ、複雑に入り組んだ通路になっている。またしても迷路だ。前回と違うのは、スタッフの誘導により、客の順路が決まっていること。また、そこかしこにいろんな種類の衣装に身を包んだ役者がいて、そのパフォーマンスを見ながら、客が進んでいくことである。いわば裏「イッツ・ア・スモールワールド」だ。

 いまいち記憶が定かではないので、当時黄色舞伎團2が発行していた新聞NEWSPAPERに掲載された『B-DAMAGE』の劇評より記事を引用する。

 「入口から中は、もう迷路で、階段を昇ったり降りたり、ときにはかがみこんで板の下をくぐりぬけたりしている内に、距離や広さの確認ができなくなってきました。通路のあちこちには、クジャクのような衣装を来た少女がいて、人形だろうかと思って立ちどまると、不意に微笑んで動いたり、目隠しをした学生服の少年が、眠っていた過去から呼び醒まされて立ち現れたように歩いていたり、ヨーロッパの古い絵本に載る旅芸人の一団がやってきた、と思いたくなるような人たちがいたり、しました」(岸田理生「アリスの時間」より)

 しばらく迷路を進むと、ゴールに着いた。そこは暗くて狭い小さな部屋。停電したエレベーターのよう。僕を含む数人の客は、皆、無言だ。しばらくすると壁が上昇し、客席が四方に現れた。何という演出! ピラミッドを逆さにしたようなコロシアム型の客席の中心に自分たちがいるのだと、ここで初めて分かる。客席には既に先客がいた。

 「まず観客は迷路のような会場内に、屠殺場に向かう羊さながらに投げ込まれ、断続的に繰り返される俳優のパフォーマンスを見ながら進むのだが、やがていきどまりの暗く狭い密室に辿り着く。その牢獄状の部屋でこれからどうなることか、何を見せてくれるのかと思い煩っていると、四方の壁が上昇していき、壁のむこうがコロシアム風にせりあがった客席で、自分たちが舞台の中心に位置していることに気づかされる。ようするに同じ経過をたどって先に入場した観客に、かれらと同様に密室のなかで困惑するわたしたちが見られていたわけだ」(同前・松井健太郎「治療する演劇」より)

 「紙に書かれた座席番号へお座りください」とスタッフに則され、それぞれ座席に座る。僕も座る。予想通り友達とは離れた場所になった。そして皆、次にやってくるグループが箱から出て戸惑う姿を、四方の客席から鑑賞することになる。

 何度かそれが繰り返され、僕たちが入ってきたコロシアムの中央に板が載せられて、中央の舞台がほんの少しだけ広くなった。とはいえ会場は狭く、対面の客席が異様に近く、他の客の表情がはっきりと見える。どうやら、全員がこのコロシアム型の劇場に入場したようだ。

↑『B-DAMAGE』の舞台写真。新聞NEWSPAPERより

 コロシアムの上の方から、役者が登場する。奇抜な衣装を着た男性が叫ぶように台詞を吐いては消える。蝋燭を手に持った複数の女性による会話らしきものもある。そんなパフォーマンスが矢継ぎ早に繰り返される。意味は分からない。ただ、言葉は相変わらず自閉的だ。

 また、途中、他の客だと思っていた人が立ち、席を移動したり、何か台詞めいたことを言ったりしていた。サクラがいる。しかも何人も。『架空の花』でもそうだったけれど、それまで客だと思っていた人が役者だと分かるのは怖い。

 しばしのパフォーマンスが終わると、役者はこの空間からいなくなり(要するに客同士が相対する形)、アナウンスが流れてきた。

「A-1の方と、C-20の方、座席を交換してください」

 指名された客は戸惑っていたが、もう1人の方が自分の方に向かってくるものだ
から、お互いにアイコンタクトしつつ、席を交換する。それを他の客は、じっと見守っている。矢継ぎ早に次のアナウンス。

「B-15の方と、D-8の方、座席を交換してください」

 ここから、何度か同じような指示があった。何度目かで僕も指名され、だれかと席を交換した。皆、文句も言わずそれに従い、その間は他の客から見られる側になっている。そして、座った途端客になり、他の客が立ち上がって席を移動するのを見る側になる。
 さらに客いじりは続く。

「A-20の方とE-21の方、お立ちください(男性客2人がそれぞれ立ち上がる)。上半身の服を脱いでください」

 お互いに知り合いではないだろう男性客2人は困った表情を浮かべていたが、空気を読んでか1人がシャツを脱ぎ始め、もう1人も脱いで上半身裸になった。すかさず役者がカメラを片手に登場し、彼らに向ける。「チーズ」の声に、2人の半裸はなぜかピースサイン。一連の行為を見守っている観客から笑いが漏れる。
 すぐに役者は捌けていった。

 今度は、カレーライスの皿を持った別の役者がコロシアムの中央にやってきた。役者は四方の客を見渡し、1人の女性に目を向けると、彼女に皿を手渡す。そしてうなずいた。手渡された女性は、無言の役者にじっと見つめられている。仕方なく、女性は衆人環視の中でカレーライスをほうばった。会場は沸く。
 一口食べたら、役者は皿を引き取り、去っていく。

「C-30の方、お立ちください」

 次は何だろうと思っていたら、さらに別の役者が登場し、C-30の年配の男性にマイクを向けた。

「憲法第九条に関して、あなたの意見を述べてください」

 他の観客は、固唾を飲んでマイクを向けられた年配の男性を見守っている。しかし男性は、躊躇することなく持論を語った。意外に論点も話し方もしっかりしたものだったので、スピーチが終わった後は拍手が沸き起こった。でも、彼はサクラの可能性もある。

 他にもいろいろと客がいじられる場面が続いた。全く意味が分からない。僕は他の客がいじられているのを楽しみながら、反面、いつ自分が指名されるかと怖がっていた。
 この空間では、観るのも観られるのも観客なのだ。

↑再演時のチラシ(『B-DAMAGE 3108』/浅草常盤座・1990年11月)。

 無音だった会場に、突如ヒーリング音楽が流れる。会場の照明が落ちていく。そして、今までよりもゆっくりとしたアナウンスがあった。

「目を閉じてください……あなたの子供のころを思い出してください……お母さんの顔を思い浮かべてください」

 今度は会場全体への指示だ。僕も目をつぶり瞑想してみる。その間も、アナウンスは続いている。具体的な言葉は覚えていないけれど、自己啓発セミナーで行われているような、精神に訴えかける内容だったと思う。
 しばらくすると、会場のあちこちから鼻をすするような音が聞こえてきた。本当にアナウンスが客の心に刺さったのか、それともサクラなのか、分からない。

「……ゆっくりと、目を開けてください」

 指示通り目を開けると、しゃがんでこちらを見つめている女優が目の前にいた。黒い服を着ているようだが暗いのでよく分からない。彼女は視線を一瞬たりとも離さないので、僕はたじろぐばかり。
 これが、『架空の花』以前の公演でも行われていたという「視線のシーン」か。僕にとってはこれが初めての体験だったが、一対一で役者に見つめられるのはとても照れるし緊張する。
 周りをチラ見すると、大勢の役者が会場内に入ってきたようで、それぞれ観客と見つめ合っていた。アナウンスは終わっていたが、ヒーリング音楽は続いている。
 郷に入れば郷に従え。僕も負けじと、彼女を見つめ返した。無言で人の目を見つめることなんて普段ないだけに新鮮だ。普段の生活では、他人と偶然目が合うと逸らしてしまうが、その真逆の行為を続けているのだから。

 見つめ合ったまま、彼女が徐々に近付いてきた。顔同士が接近するぐらいに。そこまで行くと、「人の顔ってこんなだっけ?」とゲシュタルト崩壊を起こしかける。でも、女優が見つめ続けているので、僕も視線を逸らさない。
 どのぐらい時間が経ったのだろう。数十分は経っているはずだ。いつしか、僕は妙な感動を覚え始めた。人と長い間視線を合わせることが、こんなにも心が動かされるものだったとは知らなかった。
 ぼんやりとしていると突然、彼女は視線を、僕が手に持っていた封筒(最初に渡されたあれだ)に向け、封筒を奪い取り、口で加えてビリビリに破いた。そして彼女はまたも視線を僕に合わせて、ゆっくりと顔を近付け、ディープキスをしてきた。突然のことに驚いたが、僕はそれまで長い間視線を合わせてきた彼女のことが愛おしく感じ、その時間を過ごした。

 ……そこからどうやって舞台が終わったか、全く覚えていない。あまりに衝撃的な体験のため、記憶が飛んでしまったのか。それとも、黄色舞伎團2の自己啓発セミナーによってマインドコントロールされたのか。
 気付くと、ぼーっとしたまま、友達と帰り道を歩いていた。友達の感想や何を語りあったかは、全然記憶にない。ただただ、「観客が観客を見る」「役者と一対一で見つめ合う」この異常な体験に興奮していたと思う。


 先日、OM-2主宰の真壁さんに会ったことを前回書いたが、25年前の『B-DAMAGE』で僕が体験したことを話したところ「よく覚えていますね」と感心された。
 『B-DAMAGE』に関して、真壁さんもあまり記憶がないようだが、いくつかの話を聞いた。例えば、導入部分の迷路は『架空の花』の発展系ということだ。これが後にさらに発展し、数十人の役者が参加した大規模公演『Q←→千億の月』(法政大学ホール/1989年12月)につながっていく。
 話の中で一番驚いたのは、観客の何人かには、「指示」の入った封筒を事前に渡していたということだ。そこには「合図があったら歩き回る」などの指示が書かれていて、観客のほとんどは素直に従っていたという。だから、サクラがたくさんいるように思えたのだ。
 また、紙による指示ではなく、カセットレコーダーを渡していた観客もいたのだという。観客がレコーダーをあるタイミングで再生すると、やはり指示が出て、サクラのような動きをしていたらしい。これらは、「観客を役者にする」手段なのだろう。これは25年経って初めて知った。
 ちなみに、後半の視線のシーンは、細かく演出しているわけではなく、何をするかはそれぞれの役者に任せていたとのこと。僕が女優にキスされたことを話すと、真壁さんはびっくりしていた。実は、もっとすごいことが行われていたのかもしれない。

 今回も公演の内容について、事実と違う点が多々あるはず。むしろ台本を読んでいないので(真壁さんに台本を見せてほしいとお願いしたところ、恥ずかしいから無理と断られてしまった)、かなりの部分のディテールはフィクションだ。1年半後の再演時(『B-DAMAGE 3108』)の体験ともごっちゃになっている。でも、雰囲気をつかんでもらえれば、それでいいのだ。

※インターネット黎明期の下記のレビューを少しだけ参考にしました。
https://web.archive.org/web/20070630232506/http://dx.sakura.ne.jp/~nnn/play/gekidan/om2.html

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Masami Otsuka
仕事は書籍編集。最近よく聴いているのは檸檬と(((さらうんど)))。リアル脱出ゲーム好き。テニスはよく観る方。電子タバコ依存症。