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Turn your lights down low

 私はわりとしんどい家庭環境で育っていて、そこから逃げたくて高校卒業後、すぐ東京で就職した。私の田舎は冬の寒さが厳しくて雪が沢山降るところで、それが閉塞感に更に拍車をかけるようで気が狂いそうになるくらい嫌いだった。
 就職した会社の同期のHという女の子と友達になった。どこかの国のハーフで、背中に花のタトゥーがおっきく入ってた。(花の名前は教えてもらったけど忘れた。)でかいジャマイカの国旗を部屋の壁に貼ってて、社員寮に友達を毎日連れ込んで深夜までレゲエを大音量で流して、会社にはほぼ毎日遅刻してきてた。部屋はいつも変なお香の匂いがして、ボブ・マーリーを神と讃えていた。近隣住民から管理会社にクレームが入ろうが、上司からどれだけ詰められようが、Hはいつも飄々としていた。迷惑な人間だったんだろうけど、はたから見ている分には楽しい女だった。東京には色んな人間がいるんだなと思ったことを覚えている。私はボブ・マーリーにはハマらなかった。
Hはよく家族や地元の話をしていて、その地元がまぁ荒れに荒れていて、わりと平和な田舎出身の私は半信半疑で聞いていた。Hはいつでも意識していないと聞き流してしまうくらいさらっと大麻栽培で捕まった友人の話やマグロ漁船に乗せられた友達の父親の話なんかをした。私は留置所と拘置所の違いも原付の乗り方もHから教えてもらった。私は免許を持っていたけど、Hは無免許だった。こいつはスラム街から上京してきたんだと半ば本気で思っていた。私の田舎でそんなことしようもんなら村八分、親戚諸共土地を追放されることになる。
Hは家族とすごく仲が良くて、次にタトゥーを入れるとしたら家族の名前を入れたいと言っていた。なんとなく、悪いこともそれなりにやってきただろうHからでるその言葉にギャップと無邪気さを感じて、へぇ…と思ったりしていた。家庭環境が悪いからグレてしまったタイプではなく、自分が付き合いたい人間と付き合ってやりたいことやった結果がこのHなんだなとも思ったりした。そんなやついるんだ、というのが18歳世間知らずの感想だった。ちなみに本物のタトゥーを見たのもHが初めてだった。初めてピアスを開けてくれたのもHだった。
Hは寝タバコをするタイプの人間だったことを思い出したので、関係ないけど付け加える。

 話はとんで4年後、私はHと出会った会社を辞め、昼はコールセンターでバイトし夜間の専門学校に通い、専門が終わったあと、夜はデリバリー専門のサンドイッチ屋さんで働き、サンドイッチ屋さんのシフトが入ってないときはクラブで遊んでいた。週2〜3は渋谷のクラブに行き、ハシゴし、とにかく酒を飲んだ。クラブに行ってないときはネカフェでバイトしていた。2〜3日徹夜で働いて遊んで、一晩横になって寝て、また2〜3日徹夜で働いて遊ぶを繰り返した。止まったら死ぬ気がした。躁鬱だった。このあたりで付き合ってた元彼が逮捕されたり、初めてタトゥーを入れたり、出勤するため電車にのり寝てしまいなぜか茨城にいたり、人生で一番忙しかったのであまり記憶がない。この元彼の部屋もお香臭かった。
 サンドイッチ屋さんでのバイト中、Hに会った。デリバリー先の夜の店で働いていた。Hの再会の言葉は「おお、よっ」だった。Hは変わってなかった。Hは1年も経たずに会社を辞めて消息不明になっていたので、会うのは18歳ぶりだった。連絡先を交換して、次の週クラブで遊んだ。辞めてすぐ色々あって逮捕され、1年前にシャバに出てきたと言われた。(本当にシャバと言った。)
私たちは酒を飲んで喉を焼きながら、大声で会わなかった4年間のことを話した。2人とも泥酔し、Hがトゥワークをしだして私がトイレで吐いている間に、Hはナンパしてきた黒人と消えた。あいつほんとにありえねーなと思いながら、私はもう一度吐きにトイレに戻った。自由の象徴みたいな女だった。私はそんなHのことがわりと好きだった。ボブ・マーリーのことはいまだに神と崇めているらしかった。次の日の二日酔いは人生で2番目に酷かった。死んだほうがマシだと思った。

 2年後、Hが死んだ。
私はちゃんと鬱になって学校も辞めて、バイトも減らして、毎日横になって寝ていた。寝られるようになってから、クラブに行かなくなって、酒も飲まなくなって、希死念慮も月1くらいになった。目標をなくして、死んだ目で医療脱毛を契約したりマルジェラでカードを切りまくったりしていた。(私のムダ毛は私の生命力よりしぶとかったし、私はマルジェラが大好き。)
クラブで遊んで以降、Hとは特に会わなかった。Hは何度かうちの店にデリバリーを頼んでくれたけど、私がシフトに入ってなかったり、私がその店を飛んだりした。Hの兄という人から、LINEでHが死んだと連絡があったとき、わたしは新宿で元カレがホストになり客と喧嘩しているところに出くわして走って逃げていた。(新宿事変)
新宿駅東口でLINEを見た。Hが死んだ。友達が死ぬのは初めてだった。あんなにうるさくてくさい新宿の全部が一瞬すーっと遠ざかって、戻ってきたときに、こいつ何をいきなり言い出してんだと思った。構ってほしいなら素直に言えばいいのにと思って、「今新宿だけど飲む?」って送った。こんなふうにアピールしてくる女じゃないことはよく分かっていたけど、でも絶対にあの女が死ぬわけないと思った。
しばらくして、会社を休んで葬儀に出た。有給は使い切っていたので仮病を使った。喪服は持ってなかったから楽天で買った。本当にHの葬儀だった。あ、本当だったんだ。みたいな感想しか出てこなかった。葬儀の間中、あ、本当だったんだ。と思っていた。ええ、本当に?と、あ、本当だ。みたいなことが頭の中でぐるぐる回っていた。H、お母さんとそっくりだなみたいなことも考えた。後ろの方で正座して、お焼香して、すぐ帰ったんだと思う。Hの家族と何か話した気もするけど、覚えてない。お兄ちゃんはHに似てなかった。喪服はすぐ捨てた。楽天のポイントだけが手元に残った。
その日から1ヶ月くらい眠れない日が続いた。わたしの元彼の浮気相手が純日本人なのにニッキーミナージュに似ていた話とか、熱海に潜伏していた話とか、Hが元彼にマックシェイクを頭からかけてストリートファイトが始まった話とか、膣にヒアルロン酸を入れて名器になろうとした話とか、18歳からそれまでの話を全部思い出していた。私はHのことをバカだね。と思っていたし、Hも私のことをバカだね。と思っていたと思う。私が出会った中で1番やばい女は紛れもなくHで、ちょっとぶっ飛びすぎていて、もうあんな女、誰も人生にあらわれてくれないんじゃないかと思う。多分、こういうふうに生きられたらな、という気持ちもあった。Hにとって私がどうだったかはわからないけど。食の好みも服の好みも音楽の好みも何もかも合わなかったけど、でも友達だった。

 Hは彼氏に刺されて死んだ。彼氏は大麻の売人だかなんだかで、喧嘩したか何かでそいつに刺されて死んだ。それを聞いてやっと点と点が繋がったことがある。人生最大のアハ体験だった。Hの部屋と元彼の部屋は同じような変なお香の匂いがしていたけど、あれはきっとお香じゃなかった。変な草みたいな匂い。2人とも私の前ではそんなこと一言も匂わせなかったからわからなかった。部屋はあんなに臭かったのに。
死因については色々、思うこともあるけど、うまくまとめられる自信がないから、書かないでおく。でもたまにあの匂いを思い出して会いたいな、と思う。会ってもまた置き去りにされるんだろうけど…。

H、そっちでボブ・マーリーとは会えた?

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