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サボり魔が頑張った話

自分が自覚していない時こそ、本当の努力というのだと思う。


最近、家でフェイシャルフィットネスを始めた。
私はあだ名で「能面」とつけられるほど普段から表情の変化がないのだが、コロナ禍で続くマスク生活がより私の表情筋を怠けさせた。
笑顔を作るべき時に「マスクで見えないから目だけ微笑んどけばいい」と口を横一文字にしたまま目だけを細める。そうした日々を続けた約2年という歳月はなんともご立派なほうれい線を生み出してしまった。

やつの到来により顔面界に激震が走る。彫りが深く、正面、斜め、横、どのアングルでも存在感を出すほうれい線は、顔の中で一番に目がいってしまうスターになっていた。
輪郭もだらしなく垂れてきている。鏡に映る私の老いは、理想である「綺麗に歳をとる」とはかけ離れたものだった。

そこで、家で埃をかぶっているフェイシャルフィットネスグッズを思い出した。
一時期ネットやテレビを賑わせた「PAO」。
両端がぐにゃりとしなるバーで、真ん中の出っ張りを唇で咥えて顔を上下に動かすことで両端がしなる。バーが口から飛んでいかないように咥え続けることで表情筋に負荷をかけるといったアイテムである。
数年前に買ったはいいものの、埃が積もったまま眠らせていた。今こそ出番ではなかろうか。
私はPAOで表情筋復活を図ることにした。

PAOの使い方は、咥えて上下させる動きを1日2回、30秒行う。
私はとにかく毎日継続が苦手なため回数を減らしたかった。だから1日2回30秒を1日1回60秒に変更した。計算は間違っていないが間違った使い方をしている。しかしあえて気づいていないふりをするのも大人の行動だ。

毎日寝る前、歯磨きの後に、秒針のある時計を見ながら顔を上下に振る。
開始10秒でもう頬に強く引っ張られているような痛みが生じる。30秒になると頬が引き千切られそうな痛みになり、60秒を終えた時には頬全体がジンジンとした痛みがしばらく消えない。筋肉痛は良い痛みだというがこの頬の痛みは多分ダメなやつ。使用上の注意をよく読んだ方がいい。

しかし私はこのトレーニングを毎日繰り返した。
大きく「お」の口を広げて間抜けな顔をしながら上下に顔を振る。
毎日地道に頑張った。顔に変化は現れないが、努力はすぐに結果に結びつかない。結果に結びついた時、やっとその行動が本当の努力に変わるのだ。

そうして開始してから一週間ほどが経つ。
面倒臭いな、と思った瞬間に手に取っていたPAOがずしりと重く感じる。ため息をつき、痛みに耐える辛い一週間を思い出す。またため息が出て、私はちょっと思った。
サボりたい。


こうなった時の私の頭は卍解モードに入り、回転スピードが爆速になる。
私は洗面台にあるデジタル時計を使うことにした。
見ると19時14分を表示しているが、秒数の表示はない。私はこの時計が14分から15分になったらやめることにする。たとえ今が14分45秒だとしても15分になったらやめるのだ。15秒しかトレーニングしていないと思われるかもしれないが、14分から15分やったことには変わりない。これで1分やったとこになるのだ!

この方法をコンマ数秒であみ出した時、自分はダ・ヴィンチの生まれ変わりかと思った。
早速、意気揚々とPAOを咥えて上下に揺らし始める。
しかし終了時間まであと何秒かがわからない1分というのは、出口の見えない暗闇を進むようになんとも長く、果てしなく感じた。

頬はヒリヒリと痛みだし、体感では1分はとうに過ぎたというのに時計は14分を表示したまま。もしかすると14分になりたての時に開始してしまったらしい。ツイてない!
しかしサボっているという自覚もあり、せめて最後までやり通さなければならないという気持ちが働く。
頬に限界を感じながらも頑張って顔を上下に振り続ける。2分は経っているような気がして、途中経過のわからないゴールの恐ろしさを実感した。本来はいつもの1分もしていないはずなのにいつも以上に頑張っている気分になる。頬が千切れそうに痛くても止めない。しかしいくらやっても目に映るのは19時14分。永遠にも思えた。頑張った。

そして続けること体感3分の時、私は気が付く。
そういえば今、夜の11時超えてたよな。

しばらくしてから理解できた。19時14分の時計は壊れて止まっていた。
私は、知らない間に本当に頑張っていたらしい。
そのことに気がついた途端、顔しか動かしていないのに体全体に疲れがきた。

自分はダ・ヴィンチの生まれ変わりではない。ズルしたくせに間抜けな結果を残す至極真っ当な両津勘吉である。
「多分3分くらいやったから二日休んでいいかな」と思ってしまうあたり両津より両津している。本当に残念で仕方がない。


ちなみに今はデジタル時計を見ながらPAOを使用。もちろん時計は直した。

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