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歴史を遡り見る風の時代


最近、星のことばかり考えている。
伝えたいことがたくさんあるようで、
きっちり言語化出来ないかも、と言う不安。

正に今日の、射手座新月 日蝕のホロスコープを暗示するかの様な心持ち。

射手座♐️の矢の様に放つことにする。

今年の占星術界キーワードはまさに
風の時代

だからそれに関する説明は省く。

今回書き記したいことは、前回の風の時代を振り返り、歴史からその空気感を学んでみること。

歴史マニアの血が騒ぐ、業のようなもの。

前回の風の時代は日本史的は、平安時代から鎌倉時代頃にあたる。

世界を見渡せば、
遊牧民族が大地を駆け回って築いたモンゴル帝国(元)の時代。
多種多様な宗教が一国の中に渦巻いていたオスマン帝国の時代。

ここらあたりも風っぽい。

日本に戻れば、煌びやかな平安時代から、鎌倉武士団が台頭。都の文化の機能に限界をきたし、
武士が登場する。

大構造改革が始まりを迎えるのがこの時期。

様々な特徴があるので書ききれないのだけど
代表的なものを2つ。

一つは
鎌倉仏教の始まり。
仏教はそれ以前にも日本に入って来ていた。
が、あくまで貴族階級の学問の対象であったり、
国家の安寧、疫病などの鎮静を祈るものであった。
奈良の大仏は聖武天皇が天然痘などが蔓延る日本を憂いて建立させた。
あの規模は当時では度肝を抜かれる程のものであった。
庶民では間違いなく無理なものだ。

鎌倉仏教の始まり前に、
空海、最澄が唐より伝えて来た仏教もあった。
風の時代のスタートの鐘の音を鳴らす様に。

それから、
浄土宗、浄土真宗など、浄土思想と言われる
民間信仰の登場である。

誰でも極楽浄土へ行けると説いて、文字の読めない庶民らはその教えにすがる。

法然、親鸞らは島流しなどに遭いながらも布教はやまらず全国を駆け巡ることになる。

日蓮宗、時宗の登場。

そして臨済宗、曹洞宗の

禅は鎌倉文化から今日まで、日本の文化へと広まっていった。

当時の僧侶らはただただ経典を布教するだけではなく、建築物や土木技術にも大きな影響を与えた。
教えだけには止まらない様々な様式を日本にもたらしてきたのである。

歴史の大転換の中で人々は新しい救いを求めていったのだろう。戦乱にてもたらされた飢饉や末法の世を憂いたのだろう。

今の日本は宗教と言う言葉に何らかの怪しさを感じる。
これは世界でも稀な国であろうと思われる。

当時の新興武士や庶民らは新しい救いを新仏教に求めたのである。

社会秩序の大きな変容は、世の中への不安となる。
今の様にスマホ一個で世界へ発信出来る世ではないにも関わらず、人々は信仰に、抱えきれない不安を委ねたのである。

前回の風の時代の大きな特徴の一つであろうと思われる。

文学にも風の時代を感じさせる。

吉田兼好の「徒然草」などは代表的なもの。

正解には風の時代から水の時代への過渡期辺りに書かれたのか、それにしても兼好の、世の中の移ろいを、その稀有な視点で眺めた「徒然草」は、日本三代随筆として今に語り継がれている。

つれづれなるままに、ひぐらし
硯に向かいて、心にうつりゆくよしなしごとを
そこはかとなく書き付くれば

文脈より風を感じるのだ。

もう一つの文学作品として今に名を残すものは
「平家物語」である。

こちらは正解な作者を明確に答えられないし、この場で考えるものではないと略す。

軍記物を琵琶法師らが世に広めた、と言う点にも、
それまでにあまり歴史が見当たらない。
また、語りとしても広まっていった。

先程も記したがまだ文盲率の高い中、一般庶民は琵琶法師や語りにより、中身を知る訳である。

こちらもまた、冒頭有名な台詞がある。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、ただ春の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

刹那を説くような流れる文面は、語りの真骨頂である。
物事は常に移ろい、ひとときも止まらないと
淡々と語りながらも嘆きや切なさを感じるところに、風の時代の匂いを感じるのだ。

以上、長いようでまだまだ書き足りないところはあるにしろ、前回の風の時代の空気を感じてみた。

風の時代とは何か。

次の水の時代には私は、諸行無常の常の如くこの世に居ない。

地から風への移行を、明るく論じていくこともありだけど、懸念を持って迎えたいことは多々ある。

鎌倉時代と令和は違う。

しかし根底に流れる人々の感情のフェルトセンスは変わらないと思う。
地は見えるもの。しかし風は目には見えない。

見えないからこそ先人は宗教に頼ってきた。
平家物語に描かれた戦と、今の戦争は全く違う。
横のつながりも格段に違う。

令和の今はどうなるのだろう。

風は台風にもなり、微風にもなるように、
目には見えないながらも体感することはあるだろう。
その辺りを受け止めながら、受け流しながら、
来るべき風の時代を、粛々と迎えたいと思う。


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