確かめられない
この記事を読んだ。胸を詰まらせながらゆっくり読んだ。
暖かいものを感じると同時に、かつて一緒に暮らした犬のことを思い出していた。
かつて、私の実家にも犬がいて、そして今は虹の橋の向こうにいる。
訃報を聞いたのは、大学の寮から実家に帰る途中、母が運転する車の中だった。
母は泣いていたけれど、私は泣けなかった。
最後まで世話をし、看取ったであろう母の手前、家を出て自由に生きていた自分に泣く資格があるとは思えなかったからだ。
空っぽになった犬小屋、もう誰も走らない庭。もう使われない犬の散歩道具でいっぱいの玄関の棚。
実家に帰ってそれらを見たとき、私は泣いたんだったか。もう覚えていないけれど、どっちにしろ、今でも泣く資格はないと思っている。
10年以上前の、初めて買ってもらったガラケーの中には、犬の写真がいっぱいあった。
今のきれいな写真を撮れるスマートフォンとは比べ物にもならないくらい、画質が荒くて暗くてブレていて、犬の方も欠伸をしていたりパンを食べようと口を開けていたり、変な写真ばかりだ。
犬が元気な頃は「可愛いところが撮れないねえ」なんて家族と笑っていたけれど、もう少し頑張って可愛い姿を撮ればよかった。
躾や世話の大半は親の仕事になっていた。私がまだ保育園に行くような年齢の頃に出会っていたのだから、躾の部分はしょうがないにしても、成長した私が部活だの勉強だのを言い訳にしたので、結局散歩もほとんど親がしていた。
私がしていたことと言えば、たまの散歩と、暇なときに遊ぶことと、ご飯をあげることぐらいだったように思う。
思い出ならいくつも思い出せる。
川に行ったとき、泳いで向こう岸に渡った犬が、なぜか帰って来ることができなくなった。
対岸でピイピイと情けなく鼻を鳴らす犬を父がずぶ濡れになりながら助けに行った。
庭でバーベキューをしたとき、肉の焼ける匂いにこれまた鼻を鳴らすので、骨付き肉をあげたら、肉は早々に食べきって骨の部分をずっと齧っていた。
犬の朝ご飯は食パンだった。1枚をそのままあげると食べにくそうだったので、小さくちぎってあげていた。
投げると小さくジャンプして口でキャッチするのが面白かったのでよくやっていた。
庭にあるウッドデッキの下が犬の避暑地だった。
地面に土を掘って穴を作り、よくそこに収まっていた。
経年劣化でウッドデッキの床板がいくつか抜け落ちた頃、その隙間をくぐったり飛び越えたりしたのかリードが絡まって、身動きできずにか細い声で鳴いていた。
車の下も避暑地だった。
帰宅した時に姿が見つからず一瞬焦ったこともあったけれど、リードの先を辿ると車の下に伸びていてすぐに安心した。
猫が好きなのに猫に好かれないので、散歩中に野良猫を見つけると近寄って行っては威嚇されていた。
犬友達はいたけれど、猫友達はついぞできることがなかったように思う。
散歩中、犬はエノコログサの葉をよく食べていた。
好きなのかと思って摘んで持って帰ると食べなかった。想像でしかないけれど、散歩中の犬の楽しみのひとつだったのかもしれない。
犬は側溝に入るのも好きだった。
家のすぐ側に蓋の付いていない小さな側溝があって、そこに水が少し流れていて、犬はその中を歩きながら水を飲んでいた。歩きながら水を飲むなんてなんて器用なんだと思った。
散歩中にリードを放してしまい、犬が行方不明になったことがあった。
探し回っても見つからず、犬の名前を呼びつつ泣きながら走っていたら「どうしました?」と言わんばかりの表情でいつの間にか横を並走していた。
家族全員が出払っているとき、リードと首輪を繋いでいた金具が外されていて、それでも私が帰宅するまでのんびりと庭で寝ていたときもある。
大雪が降って10センチ以上雪が積もった日、犬は小屋の中で丸まって震えていた。
「犬は喜び庭駆け回る」なんてことはないんだと子どもながらに知った日だった。
車に乗せるとしきりに欠伸をした。
当時は「眠いのかな」と思っていたが、後々調べてみたら『犬は不安や緊張のときにもあくびをする』とあり、車はあまり得意ではなかったのだろうか……と数年越しに認識を改めたりした。
身体を洗った後、犬の顔にタオルをかぶせると大人しくなった。その間に家族総出で犬の身体を乾かしていた。
子犬の頃にタオルで包まれていたのを思い出して安心していたのかもしれない。
あまり警戒心がなく、また滅多に怒らない犬だった。
知らない人にも平気で近付いていくので、番犬に向かないことは早々に分かった。
吠えているところを見たこともない。大体、か細い声で鳴くか鼻を鳴らすかだった。
川の件といいウッドデッキの件といい、ちょっと抜けているような、ぽや~っとした感じの犬だった。そこがとても愛おしかった。
犬は、耳が大きくて、ピンと立っていて、足は細くて長くて、鼻も長くて、お腹が白くて背中が小麦色で、尻尾はくるんと丸まっていて、体長は中型犬っぽくて、犬種がよくわからなかった。
「柴が混ざっているのかなあ」と家族で話したことはあったけれど、じゃあもう片方というか、柴じゃない部分は何だったんだろう。
一番近い見た目は紀州犬で、画像検索すると「うちの犬に似てる!」という子も出てくるんだけど、それでもやっぱり耳が大きすぎる気がする。
今となっては確かめるすべはない。
こんなにいろんなことを思い出しても、どうしても自分が犬を愛していたと自信を持って言えなくて。
家族で、大切で、大好きではあったけれど、愛していたと胸を張れなくて。
どうしても、心のどこかで「ないがしろにしていた」という気持ちがあって。
もう少し犬について考えればよかった。
もっと過ごしやすい生活が、もっと楽しい暮らしがあったんじゃないか。
可愛い姿を少しでも多く残せることができたんじゃないか。
悲しそうな目をする時間を、少しでも減らせたんじゃないか。
犬に直接気持ちを聞くことなんてできないし、私の後ろめたさから、家族と犬の話をすることは何となく避けている。
それでもこうやって、誰かの、言葉の通じない相手との確かな愛を目にすると考えてしまう。
私は犬を愛せていたんだろうかと。あの日々に愛はあったのかと。
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