この部屋から

 日々は夢のように後ずさりながら、狭い部屋の中でふくらんでちぢむ。そうしてはじけた或る感情は、線路の向こうの波に消える。
 灰色の波、人のうねり。海が見たい人は海を見られない暮らし。恋のためには善悪を伴わない暮らし。暮らしは人を強くして、そうして、だめにする。
 戻れないのは向日葵。触れないのは帰り路。夕暮れ染まり、遊び疲れて、物足りず、蝉も鳴き止む。湯上りの宵風も、齧って溶けた氷菓子も、二度とない。
 知らないものを知るたびに世界が広がって、どきどきして、けれどなぜだかモノクローム。気づけば一ばん焦がれているのは、かつて手にしていたはずのもの、日々、つまり、生活の音、匂い、色彩それから、あの人たちさえもういない。
 生きるために失ったのではない。ただ時間に溶かされて行っただけだ。ならば、時間よ、もう少し、何もかも溶かしてしまっておくれ……。

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