御祭騒ぎ

 あの日からこの日へと長い釣橋渡りながら、ふいに足元がよろめいて雲間へ落ちた。青空から水面へと、その境目の曖昧さの中へはまりこんで、歳月がトタン屋根に落ちる雨音のようにテンポよく走り去った。どれくらいそうしていただろう、どれくらい風を切っただろう、どれくらいめまいをして何もかもひえびえとして葬列のごとくに無音がつづいて生きていることの実感さえ忘れかけたその頃に、ようやく叩きつけられた地面に長いキッスをして私は目醒めた。七月だった。
 私は慌てた、ぞっとした。大人になったことに対してではない。夏が来たことに対してだ。だってそれは、久々に初恋の人と再会したときのように私を追い立てるんだもの。何も変わっていないことが恥ずかしくて。あるいは変わってしまったことが後ろめたくて。いずれにしても目を背けるだろう。初恋とはそういうものだ。溶けて消えちゃうシャボンの泡だ。
 発狂しそうなほど嬉しかった。うずうずして訳もなく走り出したくなった。激しく抱き寄せて甘いにおいをかいで、名前を呼んでやりたかった。なっちゃん、ナツコ、夏がつく名前はみんな好きさ、夏には贔屓目なの、この世は不平等だって? ええ、あたりまえさ、みんな主観で生きているのだから! 私はとうにおかしいのだ。
 君達がそうしてじっとしていられることが私には理解できないね。夏だってんだ。夏だってのに、青いカーテン閉め切って、扇風機に肌を冷やして、アイスコーヒー啜るんだから、まったくまるで世紀末。海へ行けって、街へ行けって、そんなことばかりじゃない。部屋の中にも夏は来るのさ。こうして窓越しに空を見ていると、不思議なことに夏の色です。みずいろに浸されて美しくなりたい季節が来た。久しぶり、奇麗になったね。

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