過呼吸

 これからジュリーは止まらない三週間を迎える。もとよりジュリーの週末は、いつもひとりだったけれど、ここ一年は何故だか喧噪。無論ジュリーは沈黙が好きであったし、そうした日々に身体の休みどころを見つけられないまま季節がひと周りした。
 ジュリーにとっての一週間と、ヒロコにとっての一週間が、まるで重みの違うことを忘れてしまうほどに、彼らは変わりなく過ごした。その入浴のシーズンだけが幾らか食い違うのみの。ヒロコは一週間という時限に圧迫された。ジュリーもまた健康を脱ぎ散らかすよくない夢を見た。彼らは焦るべきでも眠るべきでもなかった。ただ自然にその日を迎えてしまえばよいだけのことなのだった。幸か不幸かは社会の中で決められる事項ではないからだ。それはふたりの世界の中で紡がれるものだから。
 ヒロコは残り一週間を駆け抜けて、そうしてそのまま春の小径へ駆け続けなければならなかった。今際の際でもない限り、ゴールの先はスタートなのだ。ヒロコの壮大な春の嵐に比べれば、ジュリーのそれなど笑いの出る。まずはジュリーにとって最初の一週間で、あの甘い自堕落と再会を果たすのだ。そうして次の一週間で、花咲く夜の曜日があって、いよいよもって回帰したジュリーはヒロコとぶつかる。もはや三月は春である。
 春といえばジュリーの袖際を掠めた風があった。その桜の匂いの主は古い友人のジョニーであった。ジョニーは整髪剤で固めたオールバックの髪をヘッドライトに光らせながら白い歯を見せて笑った。ジョニーのいつでも毒吐く声は、愛する者へ囁きかける甘い調べへと変調していた。淋しくもめでたくもあった夜。ジュリーが素直に祝福できぬ裏側には幾つもの孤独な影があった。どうしてかみな掌のぬくもったあとでさえ知らない者の脈拍を恋しがる。それが男の生態とでも言ってしまえばそれまでだけど、ジュリーにしてみれば中型バイクも夜行バスも、赤い糸を辿る道すじは同じような気がするのだ。
 いずれにしても彼らはもう立ち止まることなど許されないのだった。殊にジュリーは言い逃れのしようもないほど努力を惜しんだ人間だった。あらゆる不始末の燃えかすが彼を傷つけようとも、彼はもう自分をかばうことなど出来ない。そうしてその痛みに彼が悲鳴を上げたとしても、誰も見て見ぬ振りをしなければならない。彼は自分の足だけでヒロコの元へ辿り着かなければならないのだ。それさえおぼつかないようであればこの世から誠実なんて言葉は消し去ってしまうのが世間のつとめだ。彼は死ぬ気などない。

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