めまい

 死にぞこないの蝉が一匹、向かいの家の庭の辺りから、仲間を捜すようにしきりに鳴いている。最期のひとりになったことにも気づかずに、憐れに鳴いている。私もまた、最愛の季節が去ってしまったことに心乱れつつ、あの蝉とともに八月の牢獄へ閉じ込められてしまいたかった、と狂おしく思い詰める。
 ひたすら酒を飲んだ。漬物を齧りながら、無心に飲んだ。風がカーテンをめくると、青い部屋にはときどき西陽が射し込んだ。惜別が身体じゅうに纏わりついて私はソファに沈んだ。眼を瞑って、夢を見て、それから眼を開けたら一遍に夜が来ていた。遠くでバイクの音が響いた。灯台が幾つかまばたきをした。どんな夢を見ていたっけ……。思い出せなかった。ただ懐かしい香りだけが花火の燃え尽きたあとのように暗闇を漂っていた。

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