一丁目一番一号

 夜になるとブルーが足元まで打ち寄せる。私は膝まで濡れてしまう。瞼の裏から胸のあたりまで流れた電気が、色とりどりの夢を見せて、私は孤独を忘れる。
 ひとりの部屋では海でのはなしが流れる。耳を傾けつつもそれは素通りしてゆく。思い出した孤独はふいに懐かしい焼き菓子のような香りをさせて私の鼻をかすめてゆく。菜の花畑を駆け抜けながら昭和の足音がだんだん遠くなってゆく。
 不健康、それしかなかった。私は立ち上がることすらままならない。もはや生き方のすべてを忘れてしまったみたいだ。毒が身体じゅうに回ったようにべったりとベッドの上に伏せて、ストーブの赤だけを見つめながらじっと静寂を聞いている。隣の家のベランダから煙草の煙が漂ってくる。靄めいた街灯りが夜露のように光って私をぞっとさせる。ああ眼が醒めたぞ。そうだ私はひとりだった。今晩、私の声聞く人は、子猫の一匹いないのだ。孤独といえば聞こえは良いが、単なる乾いたかつての子供。今は大人ですらない。
 誰かが戸を叩くのだ。私の名を呼んでいるような気がする。私は立ち上がらなかった。ノックの音はすぐにやんだ。

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