高気圧の夜に

 こんなに素敵な風景が見える窓はほかにない、きっとここはぼくだけの城、いろんな名前のお酒があって、いろんな形のグラスがあって、いろんな表紙の小説があって、思い出、それからロマンスの火傷跡。
 ビデオテープにうつっていたのは在りし日の春、消え残った夏、足踏みした秋、迷い込んだ冬、一重瞼の少女が笑い、夢もてあまして走り転げる。ぼくは大人のふりをして、本当はいちばん子供だった。それでいて気がついたら、大人のふりにつかれて、ふいに背もたれにしがみついて、泣いてすがって、呼び戻して、それでも後ずさりはできなかった。
 不安に希望と名前をつけて、焦燥に勇気と名前をつけて、あらゆるものと血縁関係を結んだようなぼくのちっぽけな情熱は、青春と呼ばれるにはあまりに無表情過ぎたような気がしている。
 ああ、あの日、そうだあの日、ぼくは何をしていたんだっけ……、空が青かったのは憶えている、街が眠っていたのは憶えている、あの娘が微笑んだのも憶えている。いや、あの娘は微笑んでいなかったんだ。あの娘はただ、少し長くすれ違っただけの、近所ののら猫、ふたつの瞳。ぼくの記憶に主役などいない。あるのはただ美しすぎる風景だけなのだ。

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