Monochromatique_小沢健二

 Monochromatique、単色的、モノクロ、白黒。抽象。

 小沢健二のツアー「Monochromatique」大阪公演1日目を観た。
 本ツアーは、"Monochromatique"なドレスコード推奨で、僕はいつもより値の張る服を奮発して(店員に唆されて)購入して行ったことのない格調高いパーティのような気持ちで会場に向かった。

 会場に集うファンは僕たちの親世代がやっぱり多かった。王子様だったころのオザケンを生で観ていたひとたちが活動休止の長い時間も待ち続けていていたんだろう。彼ら彼女らにとってオザケンは今も王子様なんだろう。長い時間があって、待ち続ける人たちがいる。なんだかそれってすごいことだと思う。

 今回のライブは僕にとって初めての経験が多くて、特殊なものに思えた。ドレスコードもそうだが、入場時に配られる「ひみつ小道具」(会場ごとにデザインが違うカンカンが配られ、その中にはネクタイとホイッスルが入っている)とか、白黒だけのステージ照明とか、このツアー独特の演出や体験が多くて飽きることはなかった。

 入場待ちの列にならんで、長い長いエスカレーターでのぼって、チケットを見せてカンカンを受け取って、ネクタイを頑張って結んで、ホイッスルをネクタイに取り付けて、公演が始まった。

 「天使たちのシーン」から、未発表の新曲まで、それぞれがのホイッスルを吹き、歌い、踊り、さらに新曲を輪唱させられ、総立ち、総座り。煽られるままに振り回された3時間弱は、ただ見るだけではなく、その場をつくるひとりひとりとして参加する体験だった。そして節々に見えた「誰も置いていかない」心意気。そこにしびれるあこがれる。

 ライブでは、朗読のようなMCと音楽が織りなされていた。
 例えば「Monochromatique」というツアータイトルの説明。

物事をモノクロに捉えるということは構造をつかむこと、抽象的に見ること。同じチェック柄でも色があると見え方が変わる。でも、そこにある構造は同じ。

 そしてさらに、抽象について説いた後に披露された新曲で「抽象の暴力を 睨みつけたら」と歌い、その歌詞を切り取り、しれっと配布しているのもなんとも言えない。

 また、「現在の日本は72%が昭和生まれ。今までにない状態なのに社会の仕組みが変わっていないことがないか?」という話も印象に残った。4分の3が昭和生まれである、という提起からはややもすると「変化すべきではない」とか「今の社会の変化は正しいのだろうか?」という展開をしがちな気がするが、変化が足りない、という話に展開するのが小沢健二の聡さだとしみじみ思った。

 

 今回のライブは彼女と行った。初めてふたりでライブに行ったのだが、毎月交換していたプレイリストに小沢健二を混ぜて洗脳しておいて良かった。ドレスコードを楽しみ、同じ曲を歌い、踊って楽しんでくれてたみたいで良かった。「いちょう並木のセレナーデ」で泣いてた後に、「本当の言葉は 本当の心へと 届く」と歌われていた瞬間は人生で過ごした瞬間で最も美しかったものの1つだったと思う。

 仮面で顔が半分も見れない小沢健二、正直曲は全然知らなかったけど最高だったスチャダラパー、少年少女に戻ったように歌い踊る親世代の客、リズムがずれた拍手をする隣の席の高校生。すべて含めて濃密な時間だった。感動の100分の1も100000分の1も書き残せなかった気がするけれど、とにかく良いライブだった。


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