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「プランB」としての常設展―パープルームギャラリー『常設展』『常設展Ⅱ』

志田康宏(栃木県立美術館学芸員)

非常時の常設展
常設展のレビューをしていくと意気込んだ矢先、常設展はおろかほぼ全ての展覧会を見に行くことができない時勢になってしまった。新型コロナウイルス感染拡大防止のため緊急事態宣言の対象地域が全国に拡大され、全国の美術館・博物館も臨時休館を余儀なくされた。中止となってしまった展覧会、作品はすでに展示されているのに見に行くことができない展覧会が大量に生まれてしまった。福島県内の帰還困難区域で2015年から開催中だが、宣言の解除がなされないと見に行くことができないという展覧会『Don't Follow the Wind』の特異性が、誰にも予期できない形で曖昧になってしまった。

そんな緊急事態下で開催された数少ない展覧会のひとつに「常設展」があったので、取材に赴いた。非常なる事態の下であえて「常設展」を開催する意図は何だったのだろうか?

なお、2回の取材にあたっては、手指のこまめな消毒やマスク着用、訪問前後の検温など、対策を徹底した。本稿執筆時2020年5月末日時点で発熱などの症状はみられない。


パープルームギャラリー『常設展』
その展覧会は、2020年4月28日〜5月5日、神奈川県相模原市にあるパープルームギャラリーで開催された、その名も『常設展』という名前の展覧会である。パープルームギャラリーとは、美術家・梅津庸一が主宰するアーティスト・コレクティブである美術運動体「パープルーム」が運営するギャラリーである。パープルームは2013年に発足し、相模原を拠点に活発な活動を行っている。「パープルーム予備校」としての活動がその中心で、梅津と数人の「予備校生」による各地での展覧会開催やSNS上での作品発表など、多彩な活動を展開している。梅津は美術予備校と美術大学の関係性や「受験絵画」のあり方、またそれに基づき日本に根付いてしまった既存の美術の制度に疑問をぶつけ批判する批評活動も積極的に行っており、予備校の運営もその考え方をベースに行われている。パープルームギャラリーは2018年秋に開設され、これまで多数の展覧会が開催されてきた。

今回の展覧会は、「常設展」である。美術館ではなく画廊やギャラリーにおける常設展は主に所属作家の過去作品を並べる展示で、商業ギャラリーの場合は販売も伴う。しかし、そのような展示に「常設展」と名付ける例は少ない。所属作家の新作展や、設定したテーマに基づいた作品を並べる展示を「企画展」とした場合、それら企画展の合間に、あるいは展覧会企画が何らかの事情で頓挫した場合の「プランB」として、ギャラリーが所有する作品を並べる展示を「常設展」的展示であると解釈することはできるが、そのような展覧会に「常設展」と名付けて開催する例はあまり耳にしない。

「プランBとしての常設展」は、美術館でも常套手段である。館外から作品を借用する企画展の準備を進めていたが、何らかの理由により計画が頓挫してしまった場合、手持ちの収蔵品を並べて展覧会を織り上げることでその期間の穴埋めをすることが度々起こる。幸い頓挫しなかったとしても、万が一の場合に備えて「プランB」として収蔵品による企画展案も腹案として用意しておくことはよくある。

常設展会場1

パープルームギャラリー『常設展』会場風景

今回の『常設展』開催について、梅津は次のように説明する。
「コロナ禍の今、アーティストはどうすればいいのかということを考えた時、国からの補償や支援を求めるよりも、通常やるべきこととして展覧会をやろうと思った。しかしそれはコロナをテーマとしたようなものではなく、普通にギャラリーが開いていて、そこにしかるべき作品がある「常設展」のようなもの。展覧会がオンラインで代替可能なものだったら、そもそも美術っていらないんじゃないかと思う。葛藤もあるが、展覧会は作家として生きるのに必要な営為であるため、感染対策には最大限配慮した上での開催を決意した。こういう時こそアートの豊かさを、とかそういうことじゃない。」(パープルームYouTubeチャンネル「パープルームTV」第69回「パープルームギャラリーの新型コロナウイルス対策について」(2020年4月21日公開)における梅津の発言より筆者による要約)

すなわち、今の状況に際して展覧会や美術のあり方、また美術作家としての生き方について考えた時、導き出された形と言葉が「常設展」であった、ということだ。本展に合わせて製作された冊子『常設展』にも「いくつかの予定されていた展覧会が延期になり、休廊を余儀なくされた」と記されている通り、複数の企画展が計画されていたが、コロナ騒動があって実施できなくなり、やむを得ず身内の作品を中心に展示せざるを得なくなったことによる「プランB」としての展覧会であると言える。

それでは『常設展』に展示された作品をいくつか見てみよう。

安藤裕美《ジョナサン》

安藤裕美《誰もいなくなった相模原のジョナサン》(2020年、キャンバスに油彩、605×727mm)


パープルーム「予備校生」である安藤裕美による《誰もいなくなった相模原のジョナサン》は、パープルームのメンバーが深夜に入り浸り制作などを行なっていた近所のファミリーレストランが深夜営業を「廃止」し、通うことができなくなってしまったことを背景として、深夜のファミレスへの郷愁をまとわせた作品である。冊子『常設展』ではエドワード・ホッパーとの親和性が指摘されるが、筆者はむしろ長谷川利行の描く客のいないカフェの情景と共鳴するものを感じた。石原まこちんによる『THE3名様』のような退廃的けだるささえ醸されている。

アラン《サード・プレイス》

アラン《サード・プレイス》(2020年、MDF合板、染料、ウレタンニス、石粉粘土、アクリルガッシュ、木、ペンキ、サイズ可変)


ボードゲームデザイナーとしても知られ始めている予備校生のアランは、《サード・プレイス》という自作ゲームの道具を展示していた。逆三角錐の形をしたゲーム盤と、床に散らばった奇妙な形をした黄色いコマが展示物である。冊子の解説によれば明確なルールのあるゲームではないらしい。盤面上にコマを置いていき、三角のゲーム盤のバランスが崩れコマが床にこぼれ落ちてしまうと負け、というような遊び方が想像される。自宅と職場に続くもうひとつの居場所を示す「サード・プレイス」の概念は2000年代頃から一部で推奨されていたが、日常のルーチン・ワークが強制的にストップさせられてしまったコロナ禍の現在において「サード・プレイス」の概念はいまだ有効であるのか、あるいは「新しい生活様式」が必要となるのかを考えさせるような「日常のあっけなさ」を感じさせるプロダクトであった。

梅津庸一《花粉濾し器》

梅津庸一《花粉濾し器》(2020年、セラミック、h309×w180×d182mm)


会場の中心には、梅津の近作である陶芸作品《花粉濾し器》が鎮座ましましている。冊子の表紙イメージなど本展のキービジュアルにも用いられているように、本展を象徴する作品であると言える。元来は前年の別の展覧会のために制作されたものであり、本展に向けて制作されたものではないが、フィルターや肺を想起させるその造形は、世界が目に見えないウイルスに怯える現在の状況にあまりにもぴったりである。

本展が美術館で開催される常設展と異なる点は、今回の出品作品のほとんどが、開催が決まってからわずか2週間ほどの間に急遽製作された新作展であるという点である。新作展であれば企画展と位置付けて構わないだろう、というか、内容的には企画展なのである。この展覧会は、「常設展」という名前の歴とした企画展なのだ。『常設展』という展覧会名には、「プランB」であるという実際的な理由に加え、非常なる状況下において粛々と遂行される「通常」の状態を作り出すための「普通の」展覧会であるという意味が内包されているのである。

会場を訪れた筆者に対し梅津は、この展覧会は「常設展」の「コスプレ」です、とこぼした。

パープルームギャラリー『常設展Ⅱ』
『常設展』閉幕から2週間ほど経過し、8都道府県を残して全国の緊急事態宣言が解除された頃、パープルームギャラリーにて『常設展Ⅱ』が開催されることがアナウンスされた。前回展との一連の企画として考察したく、こちらも取材を行った(開催期間:2020年5月23日〜30日)。

『常設展2』会場入口風景

パープルームギャラリー『常設展Ⅱ』会場入口風景

会場に着いてまず目に飛び込んで来るのが、入り口に設置された柵のようなピンク色の構造物である。前回展の時には見られなかったものであるが、実はパープルームの展覧会を以前から見てきた者には既視感のある物体である。2015年にARATANIURANOで開催された『パープルーム大学物語』展や、2017年のワタリウム美術館での『恋せよ乙女!パープルーム大学と梅津庸一の構想画』など過去の展覧会において、同じようなピンクやオレンジの柵のような構造物をたびたび目にしているからだ。それは空間を分割する壁のような役割であったり、作品をはじめとしたさまざまなオブジェクトを掲示する役割などを担う。

柵をくぐり展示会場に立ち入ると、前回の『常設展』に似たすっきりとした展示がなされているものの、不可思議な文章(「余計なお世話としてのキュレーション」ということについて考えてみる)が印刷された薄ピンク色の旗のようなものや、「SICK HOUSE」「ハウスダスト」「ハウス!」など「在宅」や「細菌」をイメージさせるフレーズが書かれたA4サイズのコピー用紙が作品と共に掲示された不思議な展示空間となっていた。実はこれらの掲示物も彼らの過去の展覧会でよく目にするものであるため、見慣れた者にとっては、いつものパープルームの展示が戻ってきたと感じられるような空間になっているのである。

こちらも作品をいくつか見てみたい。

安藤裕美《フル・フロンタル~》

安藤裕美《フル・フロンタル展の模型を見る梅津庸一としー没と星川あさこ》(2020年、キャンバスに油彩、457×610mm)


安藤裕美《フル・フロンタル展の模型を見る梅津庸一としー没と星川あさこ》は、梅津のキュレーションにより開催されるはずだったが延期となってしまっている展覧会の会場模型を囲んで話し合っている作家たちの姿を描いた作品である。下地から表層にかけて絵具の塗り重ね方や構図に様々な仕掛けが施されている。塗りや構図に意図的に未完成さや不安定さを見せながら、全体としても完成の一歩手前で止めるという無理問答のようなバランス感覚によって成り立っている作品である。安藤はパープルーム予備校生の中でも「絵画とは何か」という問題を最も徹底的に突き詰めた作品を制作し続けており、今作はこれまでの作品の中でもかなり完成度が高く、重要な論点を提起しているように思える。

シエニーチュアン《浸透圧のせいで~》

シエニーチュアン《浸透圧のせいで、メディアケーキの中に住む場所がありません》(2020年、キャンバスに油彩、木炭、エナメル、オイルパステル、スプレー、530×652mm)


シエニーチュアン《浸透圧のせいで、メディアケーキの中に住む場所がありません》は、自動筆記で描かれた造形をベースとし、油絵具、木炭、エナメル、オイルパステルやスプレーも含む多様な画材を用いることで、さほど大きくない画面内の明度や彩度の違いが複雑な立体感を生み出している。画材の違いによって鑑賞者の目線のピントを結ぶ位置が変化することから生ずる錯視的立体感に加え、目の粗いメッシュ状の布を支持体としていることで、画面の向こう側が物理的に透けて見えてしまっているため、平面だけでない深い立体感が実際に立ち現れており、一見シンプルな作品に見えながらとても複雑な被写界深度を擁した作品であると言える。
シエニーチュアンはその経歴において美術大学や芸術大学を経験していない。そのため、と言っていいのか、出身分野に基づく特定の画材や技法への執着が見られず、自由に表現の手法を織り混ぜることができている。既存の美大芸大教育システムへの異議申し立てを活動の基盤のひとつとするパープルームだからこそなし得た、いわば「ポスト美大絵画」であるとさえ言える作品であろう。

『常設展Ⅱ』を構成する作品の中では、安藤とシエニーチュアンによるこの2点がパープルームの理念の軸とその幅を示しているように見えた。前回の『常設展』に並べられた作品群からはコロナ禍にある現状に対する個々人のリアクションが垣間見られたが、『常設展Ⅱ』では、作品や掲示物によって通常のパープルームの活動理念が全体として改めて強く示されていた。

『常設展Ⅱ』には、フィルターのメタファーが随所に散りばめられている。外界である道路に面した骨組みだけの壁面のような柵もそうだし、メッシュ地のシエニーチュアンの作品はギャラリー入口正面部分のピンク柵に配架されることで、外界からの空気が最初に通過するマスクのような存在感を放っていた。また、安藤の作品に描かれている屋根のない展示会場模型や枠組みだけの引き戸、梅津の陶芸作品を構成する壁の中の中空構造など、現在の状況を反映したようなスケルトン状の表象があちこちに見られた。フィルターのメタファーは、パープルームの活動理念を示すキーワードのひとつである「花粉」との親和性がそもそも高い。パープルームの活動の中では、「花粉」という言葉は、時代や場所を超えて芸術家同士が影響し合う関係性を示す用語として頻繁に使われる。『常設展Ⅱ』では、「花粉」というワードが「ウイルス」という忌避の対象と否応なく結びついてしまったことによる(不本意な)親和がギャラリーを静かに支配していた。

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パープルームギャラリー内に掲示されている「花粉」の文字

『常設展Ⅱ』で暗示された在宅やフィルターのイメージと、逆に明示された「いつものパープルームっぽさ」の共存は、一面ではコロナ禍の中を生きざるを得なくなった美術作家としての切実さの発露であると同時に、「いつもの」を意図的に演出するファンサービスのようにも見えた。非日常の中で「通常」を取り戻そうとする姿勢をあえて見せているように感じられたのである。美術館やギャラリーも休業を余儀なくされたこの状況の中でパープルームギャラリーが打ち出した2度にわたる「常設展」は、世界が非常事態下にあることを受け入れた上で、それでもなお「通常」を取り戻すための切実な抵抗そのものであると同時に、突如日常を制限された戸惑いから日常感の明示までに至る変化の演出によって、自らの手で「通常」を取り戻そうともがくダイナミクスを提示した一連の意見表明であった。そしてそれは、企画展が突如開催できなくなった事態における「プランB」としての「常設展」でなければならなかったのだ。手持ちの道具を使って、自分たちの力でなんとか生きていくしかなかったという意味において。


みどり寿司というサブクエスト
『常設展』および『常設展Ⅱ』の期間中、ギャラリー近くの「みどり寿司」という寿司店が大変に賑わった。みどり寿司は、相模原で36年の歴史を持つ老舗であり、パープルームの活動に理解を示す近隣店舗である。パープルーム予備校生のシエニーチュアンがアルバイトとして働いている店でもある。

みどり寿司

みどり寿司入口風景


『常設展』期間中、会場のすぐ近くで手頃な値段で美味しいお寿司が食べられるという評判が、パープルームのTwitterアカウントで繰り返し宣伝されたことで、多くのギャラリー来場客が訪問し食事を楽しんだ。その様子はパープルームや予備校生のTwitterアカウントで随時発信され、劇場型とさえ呼べるような宣伝効果をもたらした。展覧会最終日の閉幕後には、パープルームが運営するYouTubeチャンネルである「パープルームTV」にて梅津とシエニーチュアンそしてみどり寿司の大将が展覧会期間中の思いを語り合う動画が公開された。

『常設展Ⅱ』では、みどり寿司で食事をした会計時に申し出れば、『パープルストリートにおいでよ』という新作の冊子を無料で得ることができるというクエストが設けられた。そのため、単に美味しいお寿司を食べられるというだけでなく、展覧会に仕掛けられた仕組みを十全に味わうためには、必ずみどり寿司に行かなくてはならないという条件が組み込まれることになった。

このことについては、予備校生のアルバイト先が休業してしまうなど、生活と制作のための基盤が危ぶまれる中で、隣人や地域との協力体制の必要性を認識し意図的に作り出した宣伝活動であったと『パープルストリートにおいでよ』の「まえがき」で梅津が述懐している。今回サブクエストのように立ち現れた「みどり寿司」という現象も、現在のコロナショックの中で生きていくために編み出された作家として生きるための術だったのである。


冊子3冊

今回制作された冊子、右から『常設展』『常設展Ⅱ』『パープルストリートにおいでよ』


(アフター/ウィズコロナ世界における)「プランB」としての常設展
プランAが頓挫した時の「プランB」としての常設展を考える時、今年2020年からしばらくの間に全国で開催される予定だったが中止となってしまう展覧会の代替展がどのようなものになるのかが気になってしまう。各館の体力にもよるが、自館が所蔵する作品を中心とした「プランB」としての展覧会が増えることがまずは予想される。全国で、いや、全世界で同時にこのような事態となることは異例のことであるが、他者との接触が忌避される今こそ、自館に多数の収蔵作品を有するミュージアムの意義が、そして常設展の本領が発揮されるべき時機なのであろう。

写真提供:パープルーム

レビューとレポート 第13号(2020年6月)