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“弱さと愛” サエボーグーー『I WAS MADE FOR LOVING YOU』レポート&レビュー TCAA2022-2024受賞記念展

今回の展覧会では、昨年の海外滞在リサーチでの経験や近作《House of L》や《Super Farm》を下敷きにした新作を発表します。「弱さ」と「力」がそもそも何なのかという問題にフォーカスを当てようと考えました。ライフサイズの玩具のような空間の中で、肉体と化学製品、動物と人間の境界線を越えた体験をすることにより、普段、皆の心の中にあるものが形になってみえることもあります。そこで「ペット」に象徴されるような、何の有用性もないのに、そして普通の進化論的過程における「競争原理」に従うならば生き残るはずもない中途半端な存在にも関わらず、なんだかんだ人間の感情やファンタジーを投射されることで生きる(ある意味「愛」の力だけで生きているような)モノが作品の新しい主役になりました。微力ながら、その不思議なパワーをどこまでも拡張して引き出すことに挑戦していきたいと思います。

(サエボーグ、TCAA WEBサイトより)

TCAA2022-2024受賞記念展『津田道子 Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる』『サエボーグ I WAS MADE FOR LOVING YOU』レポート&レビューより続く。


サエボーグがTCAA受賞記念作品展で展示中の作品『I WAS MADE FOR LOVING YOU』は、アーティスト・トークでも語られた通り『あいちトリエンナーレ2019』で発表した『House of L』と直接的なつながりを持っている。
『House of L』では、ラテックスのドールハウスとリビングルームのようなインスタレーション空間の中、デビュー以来制作してきた家畜キャラクターたちが、ペットのような、しかしペットに期待される役割(人間の願望やファンタジーが投射された、心のケアをするための可愛さ)を満たさない『アグリーペット=不完全な弱ったペット』として観客と様々なコミュニケーションをとり、そこでどのような情動が生まれるかを問うた作品だった(サエボーグによれば、本当の愛を探求する試み)

『I WAS MADE FOR LOVING YOU』では、人と『ペット』とのそのようなケアする/されるコミュニケーションへよりフォーカスし、家畜とのあいだに成立するような見えやすい支配/非支配ではなく、「弱さ」や「力」へのもっと広い射程を伴った関係性を探るものだという。

会場は大きく二つに分かれ、入り口から奥へ向かうと、ラテックス性のハエや巨大な糞が木々のあいだに配された「静かな、ちょっと怖い、牧場のようにもみえるし、森の迷宮のようにもみえるというカオティックな世界」が広がる。さらに奥へ目をやると、『House of L』でも登場したドールハウス的な不穏な家が門のように建つのが目に入る。そこを通り抜けると、「半分消えかかっている世界」とサエボーグが語る大空間が広がる。

「半分消えかかっている世界」は行き止まりで、壁面や壁にはアメコミ的色彩のランドスケープが描かれたターポリンが貼られ、中央には内部にライトが仕込まれた円形の台と、それを取り囲む同じようにライトが仕込まれた椅子が置かれている。辺りにはホワイトノイズのような電子音が常に響いており、一日のうち何度か、奥の扉から犬のキャラクター(サエドッグ)が現れ、台の上で観客に向かって、「ヨロヨロと歩きながら憐みの心を煽る」(by サエボーグ)かのようなパフォーマンスを始める。
サエドッグの顔には「涙」が貼り付けられ、「泣き顔」が記号的に表象されているが、これまでサエボーグが作ってきたキャラクターと比べてグロテスクさや過剰なデフォルメの要素は薄く、「泣き顔」のまま実際の犬をトレースするかのように発光するステージ上で身悶えを繰り返すその姿は、振り付けがない、最小限の動きで構成される前衛的な舞踏のようにも見える。

以下に、それら作品の全貌をプレスツアー、インスタレーション・ビュー、パフォーマンスの様子とに分け、撮影したヴィジュアルとキャプションで紹介する。



プレスツアー

プレスツアーの様子。ドールハウスの前で解説するサエボーグ。画面右手のドールハウス前には糞とハエのラテックス・オブジェ。


プレスツアーの様子。パフォーマンス中の犬と、取り囲みながらパフォーマンスの様子を見守るツアー参加者。


プレスツアーの様子。パフォーマンス中の犬を抱きしめる東京オペラシティアートギャラリーのシニア・キュレーター、野村しのぶ氏。TCAAの選考委員も務めている。


プレスツアーの様子。パフォーマンス中の犬と、取り囲むツアー参加者。会場内の照明が落とされたタイミングで、椅子と台とが、下からのスポットライト効果のようになる瞬間が不定期で演出される。


プレス・ツアーで自作解説を行うサエボーグ。この日の服装は本人曰く「部屋着」とのこと。



インスタレーション・ビュー

『I WAS MADE FOR LOVING YOU』インスタレーション・ビュー:入り口からドールハウスのある空間を臨む。津田道子の入り口とは真逆側に設けられている。それぞれの展示を観終えると、またここに戻ってくる展示設計となっている。


『I WAS MADE FOR LOVING YOU』インスタレーション・ビュー:最初の部屋。アーティスト・トークでサエボーグは「牧場のようにもみえるし、森の迷宮のようにも見える世界」と形容していた。ラテックス性の糞や害虫があちこちに配されている。


『I WAS MADE FOR LOVING YOU』インスタレーション・ビュー:ハエや糞はグロテスクでもあり、どこか幼児的造形の可愛らしさも感じる。


『I WAS MADE FOR LOVING YOU』インスタレーション・ビュー:第二の空間へつながる出入り口としてドールハウス的な不穏な家が建てられている。『あいちトリエンナーレ2019』の出品作『House of L』でも登場した。


『I WAS MADE FOR LOVING YOU』インスタレーション・ビュー:第二の空間にも糞とハエが置いてある。


『I WAS MADE FOR LOVING YOU』インスタレーション・ビュー:第二の空間。「半分消えかかっている世界」(サエボーグ)。MOTの大空間を活かし、ドールハウスやアメコミ的風景のターポリンで異世界のランドスケープを作り上げている。照明が仕込まれた中央の丸い台と椅子は、礼拝堂のようでもあり、ダンスのステージ、ストリップのお立ち台のようでもある多義的な見え方を念頭に設計された。常に響くホワイトノイズのような電子音響は無音に比べて人の意識をパフォーマンスに集中させるアンビエント的な効果を狙っているという。


『I WAS MADE FOR LOVING YOU』インスタレーション・ビュー:パフォーマンスする犬と、それを取り囲む観客。これまでサエボーグが行ってきたパフォーマンスの中では非常に静的なものという印象を受ける。


『I WAS MADE FOR LOVING YOU』インスタレーション・ビュー:会場は通り抜けられず行き止まりになっており、津田側へと二つに分かれた入り口へUターンする構造が設計されている。



サエボーグ・パフォーマンス

『I WAS MADE FOR LOVING YOU』で行われるパフォーマンスは、会期中の全日、不定期なタイミングで第二の空間へ現れるペット=犬のキャラクターが主にステージ上で実際の犬を模したような各種の動作(寝転がる、歩き回る、お手など)をし、という内容で、周囲から見守る他の観客の心理に及ぼす影響まで含めて成立するものだ。筆者が撮影に行った4月2日は午後の2時間ほど会場でパフォーマンスを行っていた。


アーティスト・トークでサエボーグは以下のように述べていた(アーティスト・トークのエントリも参照のこと)。

「そこ(会場)は互いの目線が交差する場所でもあり、犬と私たちのあいだでどういう情動関係が生まれるか?それを増幅させていけるのかの実験です」
「ペットの可愛さって、生きるか死ぬかに直結していて、可愛がられることに特化したペットは人間によって改良された動物社会の中では、介護ワーカーのような立場を担っているのだと思っています。人間はペットの世話をし、ペットは人間の心のケアをする、それがケアにまつわる暗黙の社会契約だと思うんですが、普段それらはあまり可視化されません。インフラ的なシステムで、重要ではあるけれど、気づきにくい」
「今回の展示空間では、ケアする動物に対して、人間が消費者及び管理者の役割を担う関係が見えるような、そして、それらを超えるような、抜け出るような、反転するような瞬間が生まれることを期待しています。動物をケアしていると思っている人間が、実はペットによってケアされていると気づける、そんな人間と動物がつながったかも?という瞬間を」


サエボーグが言う「反転するような瞬間」が生まれるかどうかは、接する鑑賞者個々の人格的な要素やメンタルのコンディションに大きく左右されるのではないか、という印象を受けた。
異世界のような空間、ずっと響いているホワイトノイズと、ときおり落とされてステージだけスポットになるような照明はある種の緊張感や不気味さを感じさせ、泣き顔の記号が造作された犬は表面上、ケアしたくなる「可愛いさ」があるものの、その挙動は、吠えまわったりじゃれついたりする訳ではない、単に可愛いともエモいとも言えない抑制的で抽象的なものだ。無言で犬と接する観客たちの表情からも、どう反応するべきか戸惑うような反応が多く伺えた反面、明らかな犬好きと思しき人や子供などは無邪気に喜んでいた(加えて、インスタレーション空間の中に滞在し続けるタイプのパフォーマンスなので、どのくらいの時間、犬へ接しているかの時間も重要だろう)。


以下、連続写真でその様子を紹介する。長い会期中、さまざまな変化が起きると作家も予告していた通り、この記事が出た段階ではどのような状況になっているか定かではないが、一つの記録としてご覧頂きたい。

(※)記事公開時点でのパフォーマンス開催時間はサエボーグかTOKASのSNSを参照のこと。
サエボーグ(X): https://x.com/saeborg
TOKAS(Instagram): https://www.instagram.com/tokyoartsandspace/









サエボーグ「I WAS MADE FOR LOVING YOU」/津田道子「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」
Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024 受賞記念展

会期:2024年3月30日(土) ~ 7月7日(日)
休館日:月曜日(4/29、5/6は開館)、4/30、5/7
開館時間:10:00-18:00
会場東京都現代美術館 企画展示室3F
入場料:無料

https://www.tokyocontemporaryartaward.jp/exhibition/exhibition_2022_2024.html#link01




取材・撮影・執筆:東間 嶺 
美術家、非正規労働者、施設管理者。
1982年東京生まれ。多摩美術大学大学院在学中に小説を書き始めたが、2011年の震災を機に、イメージと言葉の融合的表現を思考/志向しはじめ、以降シャシン(Photo)とヒヒョー(Critic)とショーセツ(Novel)のmelting pot的な表現を探求/制作している。2012年4月、WEB批評空間『エン-ソフ/En-Soph』を立ち上げ、以後、編集管理人。2021年3月、町田の外れにアーティスト・ラン・スペース『ナミイタ-Nami Ita』をオープンし、ディレクター/管理人。2021年9月、「引込線│Hikikomisen Platform」立ち上げメンバー。


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