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アメリカのタキマキを知る

アメリカにもタキマキがいた!ちょっとした発見だった。

今更タキマキ の説明なんてと思うけれど、タキマキ とは、モデルでインフルエンサーの滝沢眞規子さんだ。専属モデルだった時代、愛称が必要だねとなってマネージャーさんが決めたらしい。それがタキマキ。アラフォー、アラフィフ世代の女性には知名度の高い方だと思う。

私が本格的に彼女を知ったのは数年前のYoutubeだった。料理動画で、垢抜けているけど気取らない美女がパパッと家庭的な料理をレストラン顔負けに盛り付ける。その背景はとんでもない豪邸のキッチンだ。おおー!と思った。こりゃ人気があるわけだ。

彼女の経歴を簡単に説明すると、大学時代にバイト先で裏原系人気アパレル経営者に見初められ、就職せずに学生結婚をしたそうだ。子供を3人出産された後、30代でスカウトされて読者モデルデビューし、海外セレブ風の豪邸とセンス良いハイブランドばかりの私物、家族を第一に考えるライフスタイルを紹介することとなる。彼女は属していたveryの読者層にざっくりと刺さり、カリスマ専業主婦モデルとして熱烈に支持されている。

そりゃそうだ。カリスマになるのも納得だ。私も彼女と同じ40代だからわかる。タキマキ は同世代である氷河期世代のトラウマを一切経験していない。奇跡の存在なのだ。熱めのため息がでてしまう。
就職氷河期世代の辛酸、結婚適齢期の葛藤、保育園問題——そんな泥臭さとは一切無縁の快活な良妻賢母で、何より富豪で富豪で富豪。羨望されて当然だ。なおかつ本人も決して「イヤイヤ私だってこんな苦労してるんですよ」なんて自分を下げるようなことは言ったりしない。しっかりポジションを心得ていて、みんなの望むリッチな良妻賢母ぶりを公開してくれる。私はタキマキ に家族以外には決して弱みを見せまいと腹を決めているようなとてつもない強さを感じる。幸運を謙遜しない、その肝の座り方が彼女の地位を築いているのだ。

さて話を戻してアメリカのタキマキについて。アメリカのタキマキはユタ州に住んでいる。その名はハナ・ニールマン(Hannah Neeleman)。ハナ・ニールマンは広大な敷地を持つ農場、バレリーナファームを夫と二人で経営しているマムフルエンサーだ。フォロワー数は現在なんと901万人。タキマキ の約十倍だ。そして興味深いことに、本家のタキマキ(だってタキマキ の方が先に世に出ているのだ)も彼女のフォロワーの一人である。
ゴージャスなブロンドヘアを無造作に束ね。基本すっぴんなのにハリウッド女優ばりの美貌を持ち、長身のモデル体型に洗いざらしのシャツとデニムで甲斐甲斐しく家畜の世話をする。それがハナだ。乳牛からジョッキに乳を絞ってぐいっと飲んだり、幼い子供に酵母から手作りしたパンを焼き、手作りのバターやチーズと共に提供する。そんな彼女の子供はなんと……8人だ!30代半ばで8人の子持ちなのだ。牧場経営と家事育児の合間、8人目の出産2週間後には、ミセスワールドにアメリカ代表として出場し、ハイヒールにドレスを纏い、たるみ一つないボディラインで桁違いの美貌を振り撒いていた。さすがアメリカだ。こんな冗談みたいな女性がいるのだ。

このパワフルすぎるマムフルエンサーがなぜタキマキに似ていると思ったのか。もちろん、美人で子沢山で家族愛が強いから——ではない。そんなマムフルエンサーは探せばたくさん見つかるだろう。ハナがタキマキ 的なのはそのバックグラウンドだ。ハナもまた氷河期に刺さるキーワードの持ち主なのだ。学生結婚、富豪。ハナはニューヨークの名門、ジュリアード学院のバレリーナで、在学中に現夫と出会って婚約をした。彼女曰く、ジュリアード在学中に妊娠をした初めての生徒だそうだ。そして富豪のキーワード。彼女と結婚した男性は朴訥とした印象の、大柄で優しげな男性だ。しかし彼はアメリカの航空会社、ジェットブルーの御曹司なのだ。

リッチな美人の活動的なライフスタイルはSNSでは珍しくないけれど、ハナのバレリーナファームの規模感は飛び抜けている。若い女性が突然現れ、洗練された農場を経営している。何者だろうと興味を持つと、学生結婚、玉の輿、と言うパンチのあるスパイスがガツンとやられてしまう。まさにタキマキではないか。

これを知って私は目から鱗だった。日本だけじゃないのだ。美しい資産家の既婚女性が、飾り気ない様子で育児と家事をして休むことなく働く姿から目を離せない。これは氷河期世代だからじゃなく、国を問わず人はそんな姿を見るのが好きだったのだ。女性の自立に先進的なアメリカでそうなのだから、これは日本が良妻賢母神話に毒されているからではなく、本能で惹かれてしまう部分などのだろう。ルッキズム、拝金主義の権化のようで、おおっぴらには好きと言いにくいそんな二人はSNSでフォローするのにちょうど良い。

うがった見方だけれど、本質的には、人は屈託なく頑張る人が好き、という単純な理由なのだと思う。ただメディアで目立つには秀でたビジュアルが必要で、世知辛いけれどしみったれていては埋もれてしまう。結果、美しくてリッチな人が目を引くのだ。

そんな観客の興味をきっちり押さえて、ハナのキッチンで存在感を示すゴツいけどおしゃれなカントリーテイストのオーブンは日本円で約300万円の高級品だ。飾らないハナの高額なオーブンのチョイスやオーブンの側を行き来する幼児についてはよくフォロワーたちの議論の種になっていて、これもまた一興だ。

パンを捏ね、プロばりにそれを成形する彼女のキッチンは粉だらけになり、そしていつの間にか綺麗になる。おおらかに育てられている子供達は食事や泥にまみれているのも日常だ。でも日が変われば綺麗さっぱり、シワもシミもない服を着て、しっかりリセットされた部屋で1日がスタートする。
8人育てながら、完全手作りの食事を用意し、農場の仕事をして家を整える。1日に何時間、どれだけの体力があればそんなことができるのだろう。と思うけれど、彼女は明確にはしない。ただ明け方にほっそりした妊婦姿でバレエストレッチをして体力があることを見せ、夫とダイニングを片付ける様子を投稿——こんな風に掃除してます——したりする。そしてその合間にバレリーナファームプロデュースのエプロンや高価な小麦粉の宣伝をしたりするだけだ。だってそれがマムフルエンサーの価値なのだから。

裏ではどれだけ沢山の人とお金が動くのだろう。日米タキマキの日常風ファンタジーは時折そんな邪推を生む。この気持ちは二世タレント的苦悩を与えるのだろうか。つまり、どんなに頑張っていても、元が違うからね、と決して努力と対価の評価をしてもらえないという苦しさだ。だけど彼女たちは決して苦悩を見せたりしない。パワフルで、前向きで、とても強い。

だから、素敵だけれど、憧れるけれど、なりたいかと言われるとそんなにストイックなのは遠慮したい、と思う。
強く懸命で物持つ人に、スマホ越しにひっそりとハートマークを送る。そんな距離感がちょうど良いのだ。



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