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大谷翔平

このタイトルの記事を書くなら今しかないと思った。だから書く。決して電車内で暇だから書くわけではない。

今や野球の本場アメリカメジャーリーグで華々しい活躍をしている大谷翔平。ついに松井秀喜の持つシーズン31本塁打も抜いてしまった。すごい。

その大谷翔平を最初に認知したのは「160キロを出す高校生がいる」というスポーツニュースだった。

2012年7月、9年前の夏。甲子園予選での映像に2ちゃんねるがピーチクパーチク騒いでたのを記憶している。

地方球場だからスピードガンが甘いだとか、これは本物だとか、プロだったらボールだとか。

一方の俺といえば大学を卒業して少しプラプラした後働き出したぐらいのもので何者でもない人生って感じだった。隙あらば自分語り。

そんな俺は当時の大谷翔平についてそこまで関心がなかった。高校野球への関心はプロ野球ほど高くなかったし、高校生で160キロもいつか誰かがやるもの、ぐらいの認識だったからだ。

2005年に巨人のクルーンが160キロを投げた時は興奮したが、その後ヤクルトの由規が日本人初の161キロを投げていたし、その由規でさえプロ野球では苦戦を強いられている現状を知っていたからかもしれない。同世代の藤浪晋太郎の方が活躍すると思っていたところもある。

いつ頃からか大谷翔平の二刀流挑戦が取り沙汰されるようになった。現代の日本プロ野球ではそういった存在はいないとニュース番組が取り上げているのを見て、千葉ロッテファンの俺は「二刀流挑戦を掲げながら一軍出場ゼロのまま引退した千葉ロッテドラフト一位柳田くん」を思い出して懐かしくなった。

柳田くんの結末を知っている俺としては、二刀流は不可能と認識していたので、投手一本で挑戦して欲しかった。だって高校生で160キロ投げる日本人っていないし、ぐらいの気持ちでそう思っていた。

そんな大谷翔平が高校を卒業したらプロ野球を経由せずメジャーリーグに挑戦すると聞いた時は少しショックだった。

単純に逸材が日本でブイブイいわせてるところを見たかったし、これからそういう選手が増えていく事への兆候と捉えるとプロ野球ファンとしては悲しかったからだ。

しかし漫画Majorを見ているようで、その挑戦は気持ちのいいものだった。素直に応援したい気持ちもあった。テレビで大谷翔平を見ながら全く関係ない自分が葛藤をしたのを覚えている。

その後状況が一変し、日本ハムがドラフトで大谷翔平を単独指名し、卒業後のメジャーリーグ挑戦を諦め、日本プロ野球でキャリアをスタートすると聞いてかなり驚いた。

プロだメジャーだと騒がせていたあれはなんだったのかと少し冷めた気持ちになりながらも、大谷翔平をプロ野球へ導いてくれた日本ハムに少し感謝をした。しかし俺はといえば応援している千葉ロッテマリーンズが藤浪晋太郎のクジを外したことに悲しんでいて、大谷翔平どころではなかった。

ドラフト会議が終わった後、日本ハム以外の球団が「大谷翔平はメジャーリーグに行くというから指名しなかったのにズルい」とブーたれていたが、愚痴れば愚痴るほど上手くやった日本ハムの強かさが際立ち、さながら自身の能力のなさをアピールしているようだと思った。悪とは即ち能力の証明だと銀と金の銀さんも言っていた。

日本プロ野球でのキャリアは入団した年の開幕戦から始まった。新人とは思えない、しなやかなバットコントロールで出る度ヒットを放っており、投手として初登板する5月下旬の試合の時点で、一流打者の証である打率3割を超えていたのを記憶している。間違ってたらすまん。

ヒットは打っているものの、160キロ投げられる大谷翔平が何故打者に拘るんだろう、と疑問だったが、当時のインタビューで「自信があるのは打者、挑戦したいのは投手」と言っているのを聞いて、大谷翔平は誰よりも野球を楽しんで、自分の限界を知りたいだけなのかも、と思ってより好きになった。自分なら打者だけにしてしまうだろう。

初登板ではいきなりピンチを招くも、最速156キロの直球で相手を捻じ伏せた。高卒新人投手にありがちな、セットポジションでの投球に課題はあったものの、必ず大成するであろう器量を十分に感じられるピッチングだった。初回、ランナーを三塁に置いた投球は是非見てほしい。
※YouTubeでパリーグTVが上げてくれているhttps://youtu.be/SV0p76cItt4

2年目には投手をやりながら2桁ホームランを打ち、二刀流の可能性を現実的なものにしていった。勿論投手としても順調にレベルアップを重ね、投手としても11勝と、とんでもない選手になっていた。野球を知らない人からしたら分からないかもしれないが、高卒2年目の選手というのは、野手専任の選手ですら一軍の投手の前には歯が立たないものである。バットに当たる選手の方が稀で、ヒットを打ったら大盛り上がりなのだ。

シーズン序盤には既に俺は「大谷翔平二刀流推進派」だった。っていうか分裂して欲しかった。どちらかに専念する大谷翔平も見たいけど二刀流も見たい。もはや3人必要だった。サッカー日本代表の試合を見ていても「大谷翔平がいればなぁ」と考えるぐらいには大谷翔平の身体能力を買っていた。

そこからは怪我もあれど、あれよあれよと活躍を重ね、2015年には投手として数多くのタイトルを獲得した。

2016年には獅子奮迅の活躍で最強のソフトバンクホークスを粉砕し、チームを日本一に導いていた。完全に主人公だった。1番投手で先頭打者ホームランを打って勝利投手とかわけわからんことをやっていた。大谷翔平のニュースは、いつも空想上の物語みたいな感覚で見ていた。

2016年の成績は野手として104試合で104安打、打率.322、HR22本、67打点、投手として10勝4敗、防御率1.86、174奪三振というパワプロのマイライフでも再現不可能な成績を叩き出していた。

とんでもない成績でチームを勝利に導く大谷翔平だが、チームメイトはどう思っていたのだろうか。やはり多くの選手が言うように「別次元」だから競うことは諦めているんだろうか。

大谷翔平にとって、とても孤独感を感じるような事のように書いてしまったが、少年時代からチームメイト全員が大谷翔平に着いて来れた訳ではないだろうし、実際に同じ高校のチームメイトでプロ野球選手になれた選手は今のところいない。その場がプロ野球からメジャーリーグに代わるだけで、多くの一流選手にとって、それは慣れっこなのかもしれないなとも思った。

そんな大谷翔平と我が千葉ロッテマリーンズは2017年、本拠地開幕戦で戦うことになった。流石に見に行った。運良く勝った。因みにその後は歴代最弱の弱さでシーズンを終えた。 ※ボヤけてるけど写真

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2017年の大谷翔平はシーズンをほぼリハビリに費やしたが、本拠地最終戦に「4番投手」というチームの中で最も優れた選手のみに許された場所でスターティングラインナップに名を連ねた。その時はまだメジャーリーグへの挑戦が正式決定したわけではなかったが、興奮と共にかなり寂しい気持ちになったのを覚えている。日本での大谷翔平伝説は終わってしまうんだなぁというやつだ。

そして結果は完封勝利&4打数1安打。しかも2桁奪三振のおまけ付き。この時23歳。

迷わずに駆け抜けろ   伝説の幕が開ける さあ気持ち込めて 進め 狙い定め 跳べ!大谷! 夢の向こう側へ 

これは俺の好きな応援歌ベスト5に入る、大谷翔平の応援歌だ。いい歌詞だと思った。

応援歌→https://youtu.be/evI1kFmhrwk

大谷翔平がメジャーリーグに行く事になって、投手か野手か…という議論も出てきた。いくら大谷翔平でも二刀流は現実的でないという見方が大半だったからだ。

最終的にはエンゼルスが二刀流を容認する形でメジャーリーグに挑戦になったが、決まってなお世論は否定派の論調が強かった(と記憶してるけどもしかしたらそういった意見ばかりに意識が向いていたのかもしれない)

大谷翔平のメジャーリーグ挑戦は大きなニュースになった。ネットのみならず、野球を知らない俺の周りの人達は、プロ野球ファンである俺に「大谷翔平って実際どうなの?流石に無理?w」と度々聞いてきた。

どの人も「基本線は無理」といった感じで聞いてくるのが本当に腹立たしかった。

後輩の女の子だけは「大谷翔平どう思う?」という俺の問いに対して「凄いですよね、結婚したいです」と肯定的だった。その前の月に予定されていた若手俳優との合コンが無くなったから次の狙いを定めてるのかもしれない。

日本の試合に加え、日本代表として出場したメジャーリーグとの親善試合や、プレミア12、WBC練習試合を見ていたら大谷翔平のポテンシャルの高さは間違いないし、投手野手共に明確な弱点がない、この23歳の成功を信じる以外なかった。

とはいえメジャーリーグのレベルの高さも理解していたので、通用するかどうかはともかくとして、とりあえず大谷翔平の凄さを相手が引くまで説明する事にした。

だからメジャーリーグ1年目、開幕戦から打ちまくって、怪我はしてしまったけど投手として支配的な投球をしてくれた事が本当に嬉しかった。スプリングトレーニングでかなり不調だったから本当に安心したし、興奮した。特にメジャーリーグ初登板は鳥肌が止まらなかった。

早朝に大谷翔平の試合を見て、寝不足のまま仕事に行くのが非常に楽しかった。大谷翔平の活躍に感動を貰っていた。

忘れられがちだがメジャーリーグ1年目から22本の本塁打を放っている。凄いことだ。投手としても通用していない球がない。コントロールが課題ではあるが、投げている球を見れば些細な事に思える。

そして2年の時を経て現在とんでもない活躍をしている。

イチローが自身の引退会見で大谷翔平に触れた際、大谷翔平について「世界一の選手にならないといけない選手」と形容していた。

世界一のヒットメーカーであるイチローにこう言わせた時、ほとんどの人はリップサービスだと思ったはずだ。泣きながら引退会見を見ていた俺も流石にこれは盛りすぎだと思った。それは間違いだった。

とりあえず世界一の選手の証明として、ア・リーグの本塁打記録は61本塁打、それを塗り替えて伝説になって欲しい。投手としてもメジャーリーグで100勝して欲しい。

ここまでダラダラと書いてしまったが、つまるところ何が言いたかったかというと「大谷翔平凄すぎ すき 信じて良かった」である。

あと自分の先見の明をアピールしたかったのと、懐疑的だった人へ記憶していたものを吐き出したかった。俺は信じてたぞとドヤ顔する為に。

取り留めのない文章になってしまったが切りどころがないのでここで終わる。

読んでくれてありがとう。

ミソ

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