桜の樹の下にはの読書感想文

「桜の樹には屍体が埋まっている」
よく言う言葉だけど、それってどういう意味なんかなと聞くたびに思う。
屍は肥料として優秀という事かねと。

まあそれはそれとして、私には作者の書く世界観が今一つ理解できない。
それは私に詩的情緒があまりないからなのだろうなと思う。
分かりやすい情景を示すような言葉を選んでくれないと思考があまり働かないのだ。

「物事のピークを見ると怖くなる」
「そのピークの背景にはおどろおどろしい何かが働いているんじゃないかと思った」
「おどろおどろしいものに興奮を覚える」

この文章を書いた作者の心境をこのように理解したが合っているだろうか?
そも上記のようにまとめてしまうこと自体、私はどうにも分かりやすさを求めてしまう、現代人気質なのだろう。
つまらん人間だ。

自然の事象を見た時にこのような感覚を覚えるというのはどういうものなのだろう?
私は桜を見た時、「きれいだなー、この散った花びらはどこまで飛んでいくのだろう?」
くらいにしか思わないので、詩的情緒を持った人に素直に興味を覚える。

良い俳句や短歌、詩などは読聞したときにその情景が思い浮かぶものだという。
この文章を読んだとき、世界観はよく分からないけど、綺麗だけど不気味な桜、ウスバカゲロウの屍体といった情景が浮かんだ。
それはこの文章が良い文章であることを示しているのだろう。

ただ、情景は浮かんでも作者はいったい何を言ってるのだろうという感情の方が勝ってしまう。
汚い言葉で言うと「なに言ってんだこいつ?」である。
それが私にとっての結論だ。
否定しているわけではない。
私にはこの世界観が理解出来なかったというだけである。

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