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美しく、静かに、消え入るように遠い世界へ

さて、またまた自分の好きなものについてとりとめもなく書いてみようかと思います。今回はいつぞやのモーツァルト以来のクラシック音楽、シューベルトの「未完成」についてです。

これからお話するシューベルトの交響曲第8番(番号の付け方によって第7番と数えられる場合もありますが、ここでは8番で通します)「未完成」は、文字通り交響曲の形式的には未完成の為、その名で呼ばれています。
正直、第2楽章を最後まで聴くと、もうこれで終っとんちゃうん? という気持ちになりますが(そこらへんの詳細は後述します)、シューベルト本人が第3楽章を書き始めていた事もあり、この曲は「未完成」という事になっています。
交響曲といえば普通は4楽章構成、まれに長くなって5楽章、短く終わって3楽章という事もありますが、2楽章という事は基本ありません。なので2楽章までしかない交響曲は「未完成」なわけです。
曲調的には第2楽章のラストで天に召されて1回死んでる感ハンパないので、続きがあるとしたら突然生き返ってゾンビになるのか、天から奇跡の生還をとげてヒーローになるのか、そのまま天国ライフを満喫するのか……。第3楽章をどうするつもりだったのか書いた本人に訊いてみたいところです。
先に結論を言ってしまうと、一度気持ち的には死んで終わったので、交響曲にするためになんとか続きを書こうとしてみたけれど、やっぱり生き返るのは無理で結局書けなかったという事ではないかな、と思っています。
だってもう天国いっちゃったし。天国ライフとか蛇足だし。
まあ、いろいろ疑問ではあるものの、とにかく世間的には「未完成」なのです。

で、私は最初この「未完成交響曲」を聴いた事はあったのですが、そこまで興味深い対象というほどでもありませんでした。ギュンター・ヴァントという指揮者のブルックナーのCDを集めるついでにおまけのようにシューベルトも買っており、その中に「未完成」もありましたが1、2回聴いて当時はそのまま放置していました。
そういえば数年前、TwitterのTLに「未完成交響曲」という言葉が多数出現した事があって、21世紀にシューベルトの時代が来たのかと驚いたのですが、よくよく見るとそれはワンオクの「未完成交響曲」だったというオチでした。私のフォロイーさんはフィギュアスケートを好きないわゆるスケオタさんが多く、羽生選手がその曲を聴いているという話だったようです。
いやね、ワンオクもどっちかといえば好きですよ。好きですけども。「未完成交響曲」っていったらシューベルトやと思うやろ! 
と、CDを放置していた私がそこまで興味や思い入れを持つに至ったきっかけは、実はX JAPANの「ART OF LIFE」という曲でした。
「ART OF LIFE」については語り始めると1万字くらい語ってしまいそうなので詳しくは省略しますが、約30分のロック組曲でストリングスの音も使われており、クラシックの要素が強い曲です。その中に「未完成」のフレーズが多く引用されているのです。
その事を知った私は、放置していたCDを取り出し、当然のごとく「ART OF LIFE」と聴き比べてみました。そして「あ、このフレーズ」「あ、ここ」と引用部分を探し出してひと通り満足した後、改めてこの「交響曲第8番 未完成」という曲を全部聴き直してみたのです。

全体的な印象としては、明るく(といってもモーツァルトみたいなふっ切れた明るさではなく、穏やかな明るさ、楽しいというよりは静かで落ち着いた明るさなのだけど)なった後に突然暗く厳しくなるというパターンが多いと感じました。
疲れた→ちょっと休もう、ホッ→悩み・苦しみがドーン! といった感じで、これが人生なら休まらないなーとちょっと哀しくなります。
そういえば昔ピアノで弾いたシューベルトの即興曲90-2も、穏やか→不穏→穏やか→不穏→厳しい!→辛い!→穏やか→不穏→穏やか→不穏→厳しい!→厳しい~!! みたいな構成でした。ネガティブ変化球が多い!
という事で、第1楽章から曲を追っていきたいと思います。



ここからシューベルトの交響曲第8番の第1楽章を聴いていきます。今、私が聴いているのはギュンター・ヴァント指揮、ベルリン・フィル演奏のCDです。

第1楽章はソナタ形式。まずは序奏から。
冒頭9秒から25秒まで、10秒あまりの短い間、いきなり低くて不気味なメロディが流れます。開始早々からコントラバスが絶望的なメロディを奏でています。生まれた瞬間から絶望!? と言いたくなるような始まり方です。しかも激しい感じではなく、すでに死に絶えそうな雰囲気ってどういう事? 始まりなのにもう終わりそうです。 
その後ヴァイオリンらしき音がかすかに音を刻み出し(ちなみにこのヴァイオリンのフレーズは「ART OF LIFE」にも引用されています)、30秒すぎから提示部の第1主題が木管によって演奏されます。木管……オーボエの音のような気がしますが、正直管楽器の音はあまり聴き分けられません。すみません。
この第1主題は冒頭ほどドス暗くはありませんが、そこはかとなく暗い。暗く不安げながら第1主題なだけあって美しく、キャッチーというほどではないけど覚えやすいメロディです。かすかなヴァイオリンも伴奏のように続けて鳴っています。綺麗だけど中途半端、というかなんか覇気がない。まあ最初から死にそうだったので、いきなり覇気を高めろというのも無理な話ですが。
そんな覇気のないメロディがところどころグワッと大きくなって強い和音が鳴らされます。クレッシェンドしながら段階をふんで強くなり、ジャンジャン! と一旦終わりを告げると、金管の繋ぎを経て1分半辺りからチェロが第2主題を奏で始めます。

第2主題は長調です。ただし、弱々しい長調です。
昔、まだ小学生だった頃、この第2主題をピアノで弾いた事がありますが、当時はほぼ第2主題のみだったその楽譜に「未完成交響曲」とタイトルがついていた為、私は交響曲なのに短いのだなと大いなる勘違いをしておりました。さらに、長調なので明るい曲だと思って元気よく弾いておりましたが、はっきり言って勘違いの二乗でした。
非常に弱い、消え入りそうな音量でチェロ→ヴァイオリンと弾きついで、ちょっとだけ明るくなったメロディが流れますが、なんというかスカッとしません。なんでそんな弱々しいのと首をかしげたくなるようなもどかしさです。
そして音量がさらに弱くなり、一瞬消えた? と思いきや2分13秒、ジャーン! と急転直下の悲劇が襲ってきます。いや、ちょっと急すぎるやろ、さっきまで一応弱いながらも長調でしたやん、と突然の絶望系和音炸裂にびっくりです。
続いてどんな酷い悲しい事が起こったんですかという状況のさなかに第2主題の断片のようなフレーズが重なってきて混ざり合い、気付いた時にはあれ、なんか明るくなってる? というこれまた急展開。もはや何が起こっているのかよくわかりません。そして再び始まる第2主題。前より明るくのどかに戻ってきます。と思いきや、またドーーーンと暗くなって3分37 秒、冒頭の不気味なメロディが……とここからもう一度提示部が繰り返されます。
ここまでをまとめると、不気味→そこはかとなく暗い→弱々しく明るい→悲劇→なんか明るい→のどか→不気味→そこはとなく暗い→弱々しく明るい→悲劇→なんか明るい→のどか→展開部へ沈む、沈む、という変な流れで進んでいます。一言でいうと落ち着かない。いつ何が襲ってくるか分からないので明るくなりきれない、メロディは綺麗なのになんかぞわぞわする、そんな印象です。

さて、7分をすぎた辺りから展開部がやってきますが、ここで冒頭の不気味なメロディ再びです。序奏のB-C#-D-Bから始まる動機(モチーフ=メロディの最少単位)が静かに不気味に現れます。7分半すぎからヴァイオリンが加わって弱々しい音からだんだんクレッシェンドしていく様は、少しずつ恐怖が増していくホラー映画さながらです。
普通ソナタ形式の展開部は提示部で提示された主題を変奏させるものですが、ここで展開していくのは主題ではなく冒頭のモチーフです。綺麗なメロディではなくわざわざ不気味なメロディを展開させていくあたり、かなり拗らせていると言ってよいでしょう。
高まる緊張感が極限に達して一端落ち着いたかと思うとジャーン! と悲劇が来て、また落ち着いたかと思うとすかさずジャーン!
シューベルトという人は、何を思ってこんな落ち着かない曲を作ったんでしょうか。長調でも明るくなりきれない、緊張が解けたと思ったら突き落す、常に油断できないこの感じ。なんともしんどい曲です。
そして8分58秒から、振り切れたように金管で例の不気味なモチーフを強く響かせます。そのまま9分10秒から始まる切迫感にかられたような怒涛のフレーズ。私はこのフレーズが大好きです。これは「ART OF LIFE」の間奏にも引用されていて、非常に稚拙な表現で恐縮ですが、死ぬほどカッコいいです。大事な事なのでもう一度言います。死ぬほどカッコいいです。

カッコいいフレーズで盛り上がった後は、また明るいのか暗いのかよく分からない状態になり、10分23秒から再び第1主題が登場して再現部が始まります。転調しながら提示部と同様に2つの主題を繰り返しますが、また冒頭のモチーフが取って代わり、不気味さをはらんだまま第1楽章は終わりを告げます。
最後まで煮え切らない感じでほんのり明るくなったり暗くなったりを繰り返しますが、結局は冒頭のあのメロディ。あの不気味なヤツが曲全体を支配しているのです。綺麗なメロディは開始早々の絶望に勝てずに終わるのです。
煮え切らないのもしょうがないのかもしれません。絶望に向かって進んでいるなら、ゴールがそこしかないなら、途中明るい兆しが見えたとしてもふっ切れた喜び方にはならないでしょう。長調の第2主題のなんと空虚なことか。
長調とか短調とかあんまり意味をなさないんじゃないの、というくらい明るさも暗さも混沌とした状態で絶望へまっしぐら。そんな第1楽章なのでありました。


                       
それでは第2楽章を聴いていきましょう。第1楽章で絶望的に暗く終わった後の第2楽章ですが、打って変わって美しい長調のメロディから始まります。

第2楽章は、提示部と再現部のみ。展開部がないソナタ形式の変形です。
管楽器とコントラバスのピチカート(指で弦を弾く奏法)で緩やかに曲が始まり、劇で言うと第2幕、場面転換しましたという雰囲気が漂っています。そこへヴァイオリンの美しい音色で第1主題が奏でられます。天国かなーというような穏やかで明るい、静かなメロディですが、まだ死んでない(と思う)ので天国ではありません。天国を夢見ているような情景でしょうか。
しかし弦のピチカートはだんだん音程が下降していきます。天国を夢見ているのに階段を静かに静かに下りていくような不思議な感覚です。そして階段を上っているのか下っているのかよく分からない力強い足踏みを経て元の静かなメロディに戻り消えていきます。

続いて2分20秒すぎ、木管でこれまた非常に美しい第2主題が登場します。さすが歌曲王シューベルト、メロディの美しさは格別で、歌いたくなるようなフレーズが多いです。しかしこれまた弱々しい。モーツァルトのような弾けるキラキラ感は皆無です。ほのかに、慎ましやかに光が射すようなもどかしさ。穏やかな時は、常にこのもどかしい感じで曲が進行していきます。
転調を繰り返しながら夢のように美しいメロディが流れているかと思いきや、3分35秒、唐突にジャーン! ドーン! と例によって悲劇が襲いかかります。来た、絶望系和音。

絶望ターンの後は上昇を思わせる美しい響きのメロディで、やばい、なんか本気で天国へ向かってる? と一瞬思わせられます。その後展開部はすっとばされ、再現部で第1主題が再び登場します。
続いて第2主題。同じ木管でも提示部と楽器が変わっています。自信がないので調べましたが(総譜が欲しい……)、クラリネットからオーボエに変わっているようです。以前より少し音が低く沈んだ感じでしょうか。暗いというよりは、何か達観したような静けさ……から一転して悲劇です。たたみかけるような悲劇。かと思うとここで切迫感のある激しく速いメロディ(これまた「ART OF LIFE」の終盤に引用されてます)が鳴り響き、そして再び第2主題へ。
やがて灯火が消えるように第2主題が終わると10分53秒、どこからともなく柔らかく降ってくる、すべての終わりを告げるような安らかなメロディが。明らかに終了の合図です。さんざんもどかしく不安定なまま進行してきて、ここでいきなり「もう大丈夫ですよ、安心ですよ」と静かに結論を見せられます。
はい、天国へいきました。息をひきとりました。The Endです。

ベートーヴェン以降の交響曲は展開部でいかに主題をこねくり回し、再現部で2つの主題をどう調和させるかという事が見せ場と言ってもいいと思います。
しかしこのシューベルトの交響曲は、展開部がなく調和もなく不安定なままラストぎりぎりまで突き進み、はっきり言って交響曲の定番プロセス完全否定、丸無視です。そのくせ最後の最後にいきなり「死」という甘美な結論がやってきて、すべてを浄化して解決して、これでOKとばかりに独自にまとめてしまいます。
こんなふうにしかまとめられない人生観なのだとしたら、心地よい調和など幻想だと否定して死に救いを求めているのだとしたら、ちょっと悲しい気もします。
最後は本当に美しく終わるのです。とても美しく、静かに、消え入るように。
そして余韻を残しながら遠い世界へ旅立った事を示唆したその先に、続く楽章が存在するとは思えません。一度は書こうと思ったのかもしれませんが、結局終わってしまっているから書けなかったのではないかと私は思います。
つまり、「未完成」という名のこの曲は、完成しているのです。

                       終わり

言い切った! でも本当に完成してると思う。だって聴き終わった瞬間は死んでるし。


2021.4.12~2021.4.15 ブログよりまとめ



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