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人気を取るか?実力を取るか?

コロナ禍が収まりつつある昨今、海外のオーケストラが日本に訪れる機会もようやく増え始めた。

著名なオーケストラの日本ツアーのプログラミングなどの情報を見てみると、その多くがメインの大曲に加えて、ソリストを伴うコンチェルトが据えられているパターンが多いことが分かった。一部を紹介してみたい。

5月
ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団/クリストフ・エッシェンバッハ/五嶋みどり/佐藤晴真
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団/ヴァシリー・ペトレンコ/辻井伸行
6月
ベルリン交響楽団/ハンスイェルク・シェレンベルガー/ピョートル・アレクセイヴィチ
ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団/ラハフ・シャニ/藤田真央/諏訪内晶子
6-7月
バーミンガム市交響楽団/山田和樹/チョ・ソンジン/樫本大進
7月
ハンブルク交響楽団/シルヴァン・カンブルラン/角野隼斗/マルティン・ガルシア・ガルシア/宮田大
10月
オスロ・フィルハーモニー管弦楽団/クラウス・マケラ/辻井伸行
11月
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団/パーヴォ・ヤルヴィ/イエフィム・ブロンフマン
NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団/アラン・ギルバート/反田恭平
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団/ラハフ・シャニ/庄司紗矢香
(2023年2月22日現在。左からオーケストラ名、指揮者、ソリストの順)

他にもベルリン・フィル、ウィーン・フィル、チェコ・フィル、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団等の来日も予定されているから、とても有難いことだ。

ところで、この海外オケのラインナップを見た時に、一部のクラシック音楽ファンから指摘があった事柄がある。それは、若手男性ピアニストのソリストとしての起用の多さである。海外オケにとどまらず、地方オケは必ずどこかで彼らを起用している。

軒並み、2021年のショパン国際ピアノコンクールを賑わせたメンバーや、過去のコンクールの上位受賞者が共演している。当然と言えば当然なのだが、少し立ち止まって考えてみたい。

もう名前をガンガン出して書いちゃいたいのだが、反田恭平、角野隼斗、藤田真央、辻井伸行、亀井聖矢をソリストとして起用しておけば、その公演のチケットは今確実に完売する。地方オケの定演とかなら尚更、リサイタルを開けば完売。デュオをすれば完売。室内楽の伴奏をすれば完売。すごすぎん?

海外のオーケストラとの共演の場合、チケット代が9000〜25000円はするので、高い障壁があるにしても、本当によく売れる。本当にすごいことだ。

この経済活動を回してくれるのが、熱狂的な女性ファンの方々だ。知り合いにアジア系男性ユニットのファンがいるのでよく分かるが、そういうアイドルの追っかけをする「推し活」に似ている。経験上、男性はあんまりこういうことをやらない。若いピアニストの熱のこもったピアノが、彼女たちの演奏会参加欲求や購買衝動を突き動かす(男女の境なく、ここにはルッキズムも絶対に含まれていると考えているが、触れない)。

さて、クラシック音楽は流行っていないと主張している私からすると、このように千数席の会場を埋め尽くしてくれることは非常に良いことだと思う。新進気鋭の若手を起用することも、自然な流れである。食パンもタピオカミルクティーも、売れるうちに売っといた方がいいし、シャンシャンはいつまでも日本にいるわけではない(語弊多いな?)。

だけど、クラシック音楽愛好家としてこの出来事を対岸から見返してみたとき、「そんなんでいいの?」と、思うこともある。

一時的に、高級食パンやタピオカミルクティーで稼ぎを出すことは戦略的に正しいだろうが、いつかブームは去って高級食パン屋さんもタピオカミルクティー屋さんも閉店に追い込まれ、廃業する。シャンシャンもいつかは中国に帰る。しかし、クラシック音楽の場合それ自体をサステナブルなものにするならば、そのようにするわけにはいかないだろう。

課題は、反田や角野のような超有名人ではなく、全然知らない人がソリストになった時、同様に会場を埋め尽くすことができるように、招聘元が、あるいはオーケストラ事務局自体が、戦略的にチケットを売り捌くことができるかどうかである。「オケも曲も良いけど、このソリスト知らねえから行かねえわ」という事態を避けられるかどうかである。

ここで表題に戻るわけだが、その時の流行だけを頼りにして人気者を客寄せパンダみたいに起用しては年を取ると切り捨て、また新しい人気者を発掘しては起用する、みたいなことを続けていては、その演奏家のキャリアのみならず、クラシック業界全体の停滞に繋がると、私は見ている。

人気者は適当にプロフィール貼っつけておけば勝手に人はやってくる。本当に実力のある人を、どのように宣伝して、どのように人を集めるかというマーケティングに注力することが、今後は必要になってくるのではないだろうか。どの業界でもそうかもしれないし、既に取り組んでいるオケも存在していて、素人が知ったような口をきくな、という感じだが、あからさまな人気ピアニスト起用の潮流に対する危惧の指摘を見て、それに少し共感したという話でした。

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