俳句とからだ 177 共通言語
連載俳句と“からだ” 177
愛知 三島広志
共通言語
近年、医療や介護、福祉の世界で地域連携が叫ばれている。在宅高齢者の居宅へ介護支援専門員や介護福祉士が訪問する。医療が必要なら訪問看護や訪問リハビリ、歯科衛生士などが加わる。医療の指示は医師や歯科医師が行い、薬品管理に薬剤師も参加する。対応が医療、生活、経済、社会参加など多岐に亘るため多職種との連携が必要となってくる。そこで問題となるのが多職種を貫く共通言語だ。
医療系の共通言語として一般的に知られているものがvital sign(バイタルサイン 生命の兆候)だ。体温、血圧、脈拍数、呼吸数の基本に加えて意識レベルを調べる。近年はSpo2(酸素飽和度)も必須となっている。日常的に記録しておくと異常に気づき易い上に多職種間で情報を共有できる。
しかし共通言語以外に専門用語がある。標準語と方言に換言すると理解しやすいだろう。理学療法士は肩の三角筋が筋力3と聞けば抗重力可能(腕を上げることが可能。筋力2では不可能)であるから生活動作可能と理解する。薬剤師は薬の成分名(例:ファモチジン)で互いに理解可能だが他職種には商品名(例:ガスター20)と分かれば胃の薬と想像できる。作用機序が胃粘膜のヒスタミン2受容体を遮断し、胃酸分泌を抑える胃・十二指腸などの潰瘍や胃炎、食道炎などの治療薬であり、副作用として発疹・皮疹、じん麻疹、顔面浮腫、便秘、月経不順、女性化乳房などに注意と知れば安心して対応できる。このように共通言語は開かれた言葉、専門用語は閉ざされた言葉とも言えるだろう。
十数年前、介護支援専門員として七十代独居男性を訪問した。机上の薬の束が目に入ったため確認するとアマリールという糖尿病の薬だ。本人は痛くも痒くもないから服薬しないと言う。薬名は方言だが共通語として学んでいたので薬剤師へ報告した。また、玄関の上がり框が厳しくなった八十代女性がいた。下肢の筋力低下だ。速やかに理学療法士へ連絡し、手すりの増設と機能訓練など対処して貰った。これらが連携である。その根幹にあるのが共通言語から得た知識である。
共通語とされている日本語にも方言がある。文法は同じだが薩摩と南部では外国語ほど異なる。多職種間でも同様の問題が生じる。そこで必要になるのが共通言語だ。閉ざされた方言である専門用語を開かれた共通語にするため互いに学び合う。
では俳句はどうだろうか。芭蕉が「いひおほせて何かある」と述べたように、敢えて正確さを消したところに文芸の誠が立ち上がる。共通言語では伝達し尽くせない意や情を俳句的言語で示す。読み手も詠み手の放つひかりを受信しようと試みる。これが鑑賞する行為であり座である。正確を重視する日常語と骨格のみを示す俳句用語は異なるといって良いだろう。
霜柱俳句は切字響きけり 石田波郷