1998 ~ 2024 15
#創作大賞2024 #恋愛小説部門
15
私が日本を出る数日前に私達は買い物に出かけた。
もう既に必要な買い物は済ませていたので二人の時間を楽しむくらいのつもりでいた。
一緒に持っていけるものを買おうと言ってあちらこちらと見て回った。
小さくて負担にならないものと思いハンカチを見せるとあまり気に入らないような様子で続けて見て回っていた。私はそんな彼を見て涙が出るのをこらえたことを覚えている。こんな日はもう終わりだと思いながら彼に会えなくなることをしみじみと感じていた。デパートの一階部分にはジュエリーや時計のお店があり彼はその方へ向かって歩き出した。ガラス張りのカウンターに寄りかかって時計を指差しながら私を呼び寄せた。高いから他のものにという私の言葉を遮って彼はこう言った。
これなら毎日身に着けていられる。
私はその言葉を茶化しながら自分の本当の気持ちを言って彼を試すほど
大人でもなくズルくもなれなかった。
彼もこう言って私の気持ちを確かめたかったのかもしれない。
これが彼との最後の外出だった。
ノートの中のいくつかの話もこの時計のことも忘れていた。
彼の遺骨が戻った時に大きなバックパックは帰ってこなかった。
小さい身の回りのものだけが戻り他は現地の友人たちが形見分けとして持ち帰ったのかもしれないと彼の両親は話していた。戻ってきた小さなバックにはほんの少しの身の回りのものが入っていてこのノートと最後に書いたと思われる一枚の便せんは8つ折りになってノートの間にあった。このノートは彼の母親が持っていてトロントを出るときに
私に譲ってくれた。こんなにじっくりと読み返したのはこれが初めてだ。
悲しい涙ではない、懐かしくて身体が熱くなった。あんなに辛かったのに長い時間をかけてかけがえのない宝になって戻ってきたような気さへする。
彼はこのノートをどうするつもりだったのだろう。他の誰かが2冊め、三冊めを持っているのかもしれない。幸い一冊めは早いうちの話で喧嘩の話も私の悪口もない。
いつか、誰かが戻してくれるかもしれない。
私もあなたと歩く駅までの時間がすきだった。
あなたのことを独り占めできる時間がたのしみだった。
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