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1998 ~ 2024          4

#創作大賞2024 #恋愛小説部門


1996年
僕は幼馴染に誘われてきた日本での毎日を謳歌しながらも
想像以上の試行錯誤な日々だった。全く違う生活への興奮と戸惑い、なくならない探求心で驚く速さで時間が過ぎていったものの本来のここに来た目的は何処にもないように思えた。
友人と来た初詣でこれまでとは違う1年を願い横に習い小銭を小さい木箱へ投げ入れ手を合わせた。日本へ来てからの数か月は不安で孤独でもありこの友人たちがいなければ到底我慢できなかった時間であっただろう。
両親を説得するために大きく演説した決意はどこにもなく言葉が通じない苛立ちのような感情と形容しがたいこの気持ちを誰にも、ましてや家族にぶつけるほど僕自身、まだ何も始めていなかったことに気付いていた。
変化のない時間が続いていた中でも年始の決意を持ちながら数週間が過ぎた頃新しい仕事の機会が僕を大きく変えることになった。
 
初めて彼女にあったのはその新しい仕事の初日だった。
小学児童用の外国語教育教本作成のリサーチのために児童への英語授業する事が僕の日本での仕事であった。新しい仕事はこのリサーチの一環としてある一定の職種の中から数人を選んで英会話の授業をすることだった。
その初日、誰も遅れず時間通りに15人が揃い静かに私が教室に入ってくることを待っていた。僕の初日に与えられていた45分はあっという間にぎこちなく終わった。
彼女は出口に近い後ろの席に座っていた。
大人特有というより、日本人特有な知らないことへの恥ずかしさみたいなものが静かで居心地の悪い授業の大きな要因であったことに間違いはないと思う。
彼女は主催者側の誰かと親しげに話していた。
僕の上司と僕はその会話が終わるのを待たなければならなかった。
簡単な連絡事項を終えて上司と共にエレベーターへ進むと彼らも乗り込んで来た。
夕食時であったこともあり一緒に出掛けることになった。
彼女は少し恥ずかしそうに微笑んで3人の男性の後を少し遅れて歩き出した。
日本ではよくある光景だ。
彼女は英語がわからない訳ではなかったと思う。僕の上司と彼女の知り合いの英語に圧倒させている様子と彼女の過度な謙虚さが食事の席ではひどく目立って彼女の声を聞くことはあまりなかった。話したい気持ちはあったけれど彼女を困らせたくもなかった。
会話を日本語に切り替えれば僕が彼女と入れ替わるだけだったがそうはならずに食事は終わった。
余りにも親しい様子に彼女と彼は付き合っているのではないかと考え始めていた。
こんな風に日本人の女性と時間を過ごすことが初めてだったので今考えると彼女のことを観察しすぎたと反省した。
僕の上司の提案で電話番号を交換し合い社交辞令的にまたの食事会を約束した。
彼女をタクシーに乗せると彼女の知り合いも一緒に乗り込み、僕たちは地下鉄の駅へ向かって歩き始めた。
理由もないはずのがっかりした僕の様子を僕の上司は後で
僕のことを ”わかりやすい“ と笑った。
僕はあの夜、彼女がどんな洋服で何色の靴を履いていて、どんな香りをつけてどんな時計をしていて、どんなカバンを持っていたかを昨日のように思い出すことができる。
この事は黙っておこうと思う。
口をキュッと閉じて恥ずかしそうに笑い左手を口に添えて上目遣いで僕を見る。短い髪でパンツスーツ、多く読むためにかけるメガネからは
この仕草は真逆のように見えてこのギャップが彼女を一層魅力的にした。後にパンツスーツは仕事のためだと話していた。
そんな彼女に僕を好きになってもらうまで、何杯のコーヒーを彼女と飲んだだろう。どれだけの距離を一緒に歩いただろう。何度違う電車の改札へ向かい違うホームで電車を待っただろう。 二つ向こうのホームから手を振る彼女が好きで好きでたまらなくなったのは春の終わり頃だったと思う。

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