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1998 ~ 2024         8 

#創作大賞 #恋愛小説部門


彼女が僕の彼女になる前、僕は週に2度彼女に会う機会を楽しみに残りの5日を過ごした。僕が外国人として彼女の国で生活しているのだから当然ながら彼女との生活は僕の毎日を大きく変えた。毎日の生活の中でお互いの言葉の習得に時間を費やすも、僕たちは普通に彼氏と彼女として時間を過ごし始めていた。僕は180センチほどの身長で母に似て肌が白く髪も金髪に近い。どこに行っても目立たないわけがない。
僕だけじゃなくて彼女も多くの視線を感じていたはずだ。その視線の良し悪しは別としても彼女は苦手だったに違いない。だからこそ僕は少しずつ、ゆっくりと僕たちの付き合い方を考えていきたいと思っていた。僕にとって当たり前なことがここでは、彼女にとっては当たり前でなく、そしてその逆もあった。
2週間ほど過ぎたころ僕は思いきって彼女に ”別れ際にするキス” について聞いたことがある。
僕にはごく自然なことで逆にしない方がおかしい。
”もし君が嫌でなければ“ と続けた。
予想通り動揺して、でも以外にも前向きな表情を見せた。彼女の思いやりと歩み寄りだと僕は思った。一日を僕のアパートから始めた朝、僕たちは電車でお互いの仕事へ向かい始めた。15分ほど過ぎると降車駅が迫り僕はチラッと彼女を見た。昨晩から用意していたプレゼンテーションで頭がいっぱいといった様子な彼女を僕はいつものように見つめた。彼女が他のことに気を捕らわれている時がいいのかもしれないと思いながら彼女に降りることを伝へて席を立った。彼女は資料に夢中であったことを簡単に詫びて僕を見上げた。体を大きく曲げて彼女にキスをすると彼女は僕の顔をしっかりと見て気を付けてと言った。時々見せるいつもの彼女からは想像しない姿が僕をはっとさせる。その度に僕は彼女の多くをまだ知らないのだと思う。
振り替えずに電車を降りると人が多く行き交う隙間から彼女が見えた。
うつむいているように見えた。恥ずかしくて顔をあげることができないのでないかと想像して、たまらなく彼女に会いたくなっていた。
こうしてお互い近づいて行ったような気がする。

記憶にしている一番長い仕事で3週間ほどの戻らなかった。待ちきれない気持ちと驚かせたい気持ちで僕は彼女が戻るはずの駅へ迎えに行くことにした。ひどく混雑している時間でも幸い彼女を見つけて彼女を後ろから抱きしめたと同時に状況を遅ればせながら理解した。彼女は20人ほどの人の前でまだ話をしていたところだった。それ以降、予告なしのお迎えは禁止となった。
手をつないだり、肩を抱いたり、髪を触ったりと色々な僕の普通を彼女と共有していった。彼女は自分のコンフォートゾーンから少しずつ出てくるようになり、僕は余り自分を出さない彼女を理解しようと同じように努力をした。
同時にお互いの言葉の習得に辛抱強く向き合っていたころでもあった。
お互いの仕事がないときに横になりながらダラダラとする日本語の勉強が僕は好きだった。
冷たいものに溶けづらい氷砂糖がゆっくり時間をかけて溶けるように彼女は僕の普通に歩み寄ってくれた。
父方の祖母は僕が育った所から車で3時間ほど北にある別荘で暮らしていて厳しい冬のために特別な飲み物を毎年夏に作っていた。濃い茶色のウイスキーに早いうちに庭からとれたプラムと沢山の氷砂糖を大きなクリアな瓶へ入れて暗い部屋で冬まで保管していた。幼少の頃、僕が早く氷砂糖が解けるように長い棒でかき混ぜると祖母はそうすると楽しくないし美味しくならないと言った。よく見ると氷砂糖が溶けてマーブル状になってユラユラ動くのを見ると楽しいし、青いプラムは辛抱強く時間をかけてゆっくりさせないと美味しく漬からないと言って僕の顔を見た。その夏祖母は2つの瓶を用意して僕は1つの瓶をここに来るたびにかき混ぜていいことになった。否定ではなく教育をして経験をもって納得させながら4人の息子を育てたのだろう。祖母は祖父と結婚する前は小学校の先生をしていたらしい。クリスマスに封を開けるのが毎年恒例で4人のガタイの大きい息子たちにそれをふるまいながら祖母は目を細めて嬉しそうにしていた。
焦るより辛抱強くじっくり土台を作れば実るものも大きくなる。言語もそうだが僕たちの関係もそんな風にしたいと思っていた。
常に既にある彼女の英語の実力を感じていた。ただ間違えることへの羞恥心を捨てて話せばいいだけだととっくに気付いていた。ただそれは以外に根が深く、思っている以上に大きな問題で僕は例の氷砂糖のようにゆっくり時間をかけて彼女に伝えていきたいと思っていた。でも自信なさげに僕の問いに英語で答える彼女は僕の体温を上げて僕の集中力を下げた。
彼女の仕事への強い姿勢を僕は理解していたし羨ましくも感じていた。2つ年上の彼女は既に自分のやりたい事を仕事にしたようだった。でも2年前は全然違う職種についていたと彼女は話していた。
長い出張や遅くまでの残業は僕を心配させたけれど、僕が仕事への理解をする事に驚くほどの感謝をしてくれていた。一般的にある女性が仕事をすることへの理解の低くさを彼女自身がよく感じていたのだろう。
20代後半ともなれば女性は結婚を見越して男性と付き合うようになる事が常のような風潮を僕も聞いたことがあった。僕も含めて、海外からの特に英語圏から期限付きで就労を目的に日本へ来るものは男女を問わず珍しくはない。期限が終了して帰国するもの、延長して長くとどまるものも少なくないと思う。同僚からだけでなく上司からも何度か日本人女性との付き合い方について聞かされていた。簡単に言えば誠意と礼儀を持って親交を深めなさいということだ。素行の悪いものもいるということであろう。
 
僕のミドルスクール以来の親友を通じて日本人の男友達も増えて趣味や新しい事への挑戦などでも充実していた。彼女のことで冷やかされたりするくらい親交が深まっていたけれど彼らは英語での会話を期待していて僕の日本語の上達にはあまりならなかった。僕たちが住む辺りは海に近くカナダ出身の僕には非常に魅力的なところだった。サーフィンやスキューバダイビングなどのアクセスの良さもあって勿論それらに夢中になった。数年前にスキューバダイビングのライセンスを取得していた彼女は手際よく僕を連れてあれこれと教授してくれた。普段は見えない彼女のリーダーシップ的な部分やアウトドアな感じが実に新鮮だった。水の中へ静かに入り下へ向かえば向かうほど音がなくなりレギュレーターの音しか聞こえなくなる。15個ほどのハンドシグナルと酸素とバディだけで水に入る。音のない時間を二人だけで共有する物凄く親密で密接でリッチな趣味だ。彼女の車にはスーツなどは常備されていて新品には見えない。トランクには砂が散乱していてある程度の経験が想像できる。いくつかの彼女のものではない小物は誰のものであるのかは気にしないでおこう。自分からそこへ行く必要はない。
彼女は水の中では少し大きく見えて僕の手を必ず握ってくれていた。
彼女は海近くで育ったと言っていた。
 
全てが完璧だった。

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