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南米のエンパナーダを、東京でチリ人に教わる

南米の街角で買える軽食で、大好きなものがある。
エンパナーダだ。「具入りパン」と形容される。

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ボリビア、ペルー、コロンビア... 各地のエンパナーダ

いろんな種類があるけれど、定番の具はチキンやビーフ。皮は小麦粉のものが多いけれど、コロンビアではとうもろこし粉のものに出会ったし、揚げたものも焼いたものもあり、味わいも本当に多様だ。

夕方、小腹を満たそうと群がった人たちの間から「チキンのエンパナーダひとつください!」と叫ぶと、想像したこんがり小麦皮と全然違う真っ赤な皮の揚げエンパナーダが手渡されたりして。「これもエンパナーダだったか!」と多様性にびっくりするのも、おいしさのうち。

先日、布団に入る前に旅の写真を眺めていたらエンパナーダに遭遇し、急にあの味が懐かしくなって口の中に唾液が満ちた。いてもたってもいられなくなった。数年前に東京でも食べたことを思い出し、記憶を頼りにチリレストランをやっているエドさんにFacebookでメッセージを送った。そういえばあの時もエンパナーダ教えてとお願いして、それきりになっていた。
「覚えてないと思うけど...あの時約束したエンパナーダ、教えてくれない?」と送ると、「覚えてるよ!ウェルカムだよ!」というとびきりに明るい返事が返ってきた。本当に覚えているのかどうかわからないけれど、どっちでもいい。とにかく一緒に作るのが楽しみで、翌朝訪れた。

「エドさんの家」へ

彼の名はエドアルド。8年前に日本にやってきた。もともと技術翻訳の仕事をしていたのだけれど、仕事が減ってきたのと「人を喜ばせたい」という気持ちがあって、東京の新中野にレストランをオープンした。

日本の南米人コミュニティというと、群馬県大泉市をはじめとする北関東の街が有名。ブラジル人を中心に自動車関連産業に従事する人が多いため、工場の近くに住むようになったからだ。しかし彼の仕事は場所の制約がないので、それらの街から離れたここ新中野に住んでいる。南米の友だちはたくさんいるが、南米出身のご近所さんはいない。

店の名のCasa de Eduardoは、"エドアルドさんの家"という意味。その名の通り、数年前に来た時も、まるで家族のような付き合いをしているお客さんが集う暖かい雰囲気で、店というよりも家のようだった。エンパナーダを作るかと思いきや、「今日は時間がなくなっちゃった」ということでこの日は皿洗いの手伝いをして帰った。そんななりゆきな感じも、家のようだ。

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自身が出演した過去のテレビ番組を自慢げに見せてくれた

そして数日後の夜。「明日エンパナーダ作るよ」という突然の電話を受け、翌日訪れた。

エンパナーダを作る

エンパナーダ作りは、具作りから始まる。スーパーで買ってきた、牛豚合い挽き肉の大きなパックが二つ。「チリでは牛肉がポピュラーだけど、豚が入った方がジューシーでおいしいからね」。

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とちょっとしたこだわりを見せた後に、思い出したように付け加える。「ファミリーのためだったら自分で塊肉から挽くけれど、お店ではひき肉を使うんだ。たくさん作るから、こっちの方が楽なんだ」。お店はお店の、家庭は家庭の、彼にはそれぞれのエンパナーダづくりがあるようだ。

そのひき肉を鍋にあけ、フードプロセッサーでみじん切りにした玉ねぎ、オレガノと胡椒とともに炒める。「玉ねぎも家だったら手で切るんだけどね。フードプロセッサーは便利だね」と言いながら。

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驚いたのは、オレガノの量。片手にすくうほど、バサっと入れる。「チリの料理にオレガノは欠かせないんだ」と言う。「そんなにたっぷり入れるの?」と聞くと、「僕はこの香りが大好きだから、ちょっと入れすぎる」と笑う。日本人の味覚に気遣う以上に、自分の好きな風味を愛着を持っていて、そんな彼の作る料理ならば食べつけない味もおいしく楽しめてしまいそうな気がしてくる。

次は皮づくり。強力粉に、ラード(豚脂)と塩などを加えてこねる。
「皮のレシピは、日本に来てから料理上手のチリ人女性に教わったんだ。チリでは女性が料理をするのが一般的だから、僕も日本に来るまでつくったことがなかった。そこから試行錯誤して、今はこれに行き着いた」。

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ファミリーレシピじゃないのかと思ったら、「中身の具材は、母に聞いて、味の記憶を頼りに作ったんだ。これは家の味」とにっこり。

ひき肉あんが冷めたら、皮に包む。生地をのばすにはスペースが必要で、お客さんが使うテーブルに板を置いて作業台にするから、エンパナーダづくりはランチとディナーの時間帯を外した朝か午後にする。

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生地を丸めて、延ばして、肉と共にゆで卵ひとかけとオリーブの実を包みこむ。

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「チリではレーズンを入れるけれど、僕は入れない。日本のお客さんは(肉とレーズンの組み合わせに違和感を感じるのか)、レーズンだけよけて食べていたからやめたんだ」。

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包んだエンパナーダのうち、半分は揚げて半分はオーブンへ。

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揚げたエンパナーダはアツアツで、かぶりつくとオレガノの風味をまとった肉汁が飛び出す。息もつかずに食べたいくらい勢いのあるうまさだ。オーブン焼きは、皮がもっちりとしてゆっくり軽食に食べたい感じ。まったく同じ材料から、表情の異なる2種類のエンパナーダができるなんておもしろい。

エドさんが自家製サルサを持ってきた。「つけて食べてみて。サルサはチリでは食事前に出されて、パンにつけて食べたりする。僕のお店でも人気で、お客さんにもリクエストされるんだ。何につけてもいいんだよ」と。

その場にいた彼の友人たちも加わり、昼下がりに皆でエンパナーダを頬張った。本当に家のようだ。

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家のようでも、お店はお店

エンパナーダを囲んでそんな楽しい時間が流れるけれど、家のようであってもここは飲食店。状況は楽なことばかりではない。新型コロナウイルス感染拡大の影響でお客さんは減少。Uber Eatsも始めたけれど、注文は思うように入らないという。「エドさんの家」に彼に会いにきていたお客さんたちにとって、デリバリーで料理だけが届くだけでは、満たされないのかもしれない。人を喜ばせたいというエドさんにとっては、もどかしい時だろう。

それでも彼は生計を立てるために試行錯誤し、そしてデリバリーの注文が入るとプラコップにサルサをたっぷり入れて、「これはおまけ、きっとお客さん喜ぶから」と笑いながら料理に添える。

環境が変わっても、あの手この手で人を喜ばせようと工夫を凝らすエドさんの大きな手のひらが、力強く感じた。


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