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メキシコ人とタコスを作って知った5つの思い込み

私がタコスにハマったのは、メキシコから日本にきたエリックにタコス作りを教わったことがきっかけだ。

これまで人生で食べてきたタコスは、ラップサンドの皮にひき肉やチーズやトマトがはさまれ、ハンバーガーやピザの仲間のファストフードの印象だった。しかし彼が作ったのは、皮はふわふわでとうもろこしの香りが香ばしく、具はシンプルな味付けの肉炒めで... 噛むほどに香ばしいその皮だけをずっと食べていたいくらい、素朴に体に染み入るものだった。

そこで知ったのは、今まで食べていたタコスは"メキシコのタコス"ではなかったということ。エリックとのタコス作りは、発見だらけだったのだ。

いざ、タコス作り

エリックは、20代前半の青年で、日本語を勉強するために来日した。出会ったのは4月だったが、日本に来てまだ2ヶ月ほどだという。「コロナ禍でビザ発給が数ヶ月遅れて、ようやくね」と希望に満ちた顔をしている。メキシコではレストランで働いていたこともあって、この歳の青年にしては料理上手で知識も豊富だ。知り合いのチリ人の店で一日だけメキシカンタコスを出すというので、一緒に作らせてもらった。

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①メキシコのタコスに、「ひき肉とチーズとレタスとトマト」は不要

この日彼が買ってきた具材の材料は、ぶつ切りの豚肉に玉ねぎ、それからトマトやパクチーなどいくつかの野菜。さらに「見つけてしまったんだ!信じられないんだけど...」と興奮して取り出したのは、豚のコブクロ(子宮)。メキシコでは熱烈なファンのいるタコスの具材らしい。

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様子がおかしいぞ。タコスと言ったら「ピリ辛のひき肉、黄色いシュレッドチーズにトマトとレタス」ではないか。今日は手抜きの具なのだろうか。しかし、エリックはぶんぶんと首を横に振る。

「それはアメリカのタコス。メキシコ人にとってトルティーヤ(タコスの皮)はパンのようなもの。朝食には卵焼き、昼食には野菜、夕飯には肉炒め、なんだって包むよ。」

驚きながら調べたところによると、"アメリカのタコス"は、メキシコと接するアメリカ南部のテキサス州で生まれたタコスのことだ。テキサス州は元々ネイティブアメリカンの住む土地で、アメリカ大陸「発見」後はスペイン領となり、その後1845年にアメリカ併合されるまではメキシコの一部だった。この土地で、土着文化とメキシコ文化、そしてアメリカ文化の融合により生まれた料理をTex-mex(テクスメクス料理)といい、私たちが食べ馴染んでいる"あのタコス"も、その一つだったのだ。ちなみに、ナチョスやブリトーもTex-Mex。言われてみればあのナチョスのスナック感は、アメリカらしいといえばアメリカらしい。

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"アメリカのタコス"は2種類ある。やわらかい小麦粉皮(左)と、パリパリのスナックのようなとうもろこし殻(右)。

そういうわけで、メキシコのタコスはパンであり、「なんでも挟めばサンドイッチ」と同じように「何を包んでもタコス」ということのようだ。

②タコスの皮はとうもろこし粉でできているが、コーンフラワーではつくれない

まずは、タコスの皮(トルティーヤ)をつくる。

「この粉を使うんだ。とうもろこしの粉で、このmasecaっていうブランドがいいんだ。アメリカでは小麦粉皮だけど、あれはアメリカで手に入りやすい材料で作られた別物。メキシコのはコーンさ」

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ん?彼の説明はちょっとおかしい。アメリカにとうもろこし粉がないわけがない。何を隠そうアメリカは、世界一のとうもろこし生産国。用途として量が多いのは飼料用だが、お菓子やパンづくりにも、コーンフラワーはよく使われるではないか。

ところがエリックは、「コーンフラワーではトルティーヤは作れない」という。調べてみると、トルティーヤ用の粉(コーンマサ)は水酸化カルシウム溶液でとうもろこし粒を煮て皮を溶かすという処理(ニシュタマリゼーション)を施されていて、単に砕いて粉末にされたコーンフラワーとは異なるのだ。

「粉カップ1、ぬるま湯カップ1、それから塩ひとつまみ。ぬるま湯の量は生地の状態を見ながら調節して」

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ひとまとまりになったら27gの球にする。なぜか25でも30gでもなく27gにこだわる。

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余談だが、作れないと言われると作りたくなるのが人の性。後日コーンフラワーを買って家で生地を作ろうとしたら、水を入れてこねても生地がまったくまとまらず絶望した。ニシュタマリゼーションには、このように加工性を上げるという役割と、必須アミノ酸の吸収を良くするという栄養面改善の役割があるという。
なんと言ってもメキシコは、アンデス文明の頃からとうもろこしと付き合ってきている。とうもろこし加工文化の深さを感じる。

③生地は"のばす"のではなく"つぶす"

本場では、トルティーヤプレスという道具で挟んで生地をつぶすという。2枚の鉄板で挟む、巨大カスタネットのような道具だ。しかしここにそれはない。麺棒で延ばすのかなと思っていたら、「トルティーヤプレスなしで作る方法、ちょっと力がいるんだ」と言いながらエリックはビニール袋を探して切り開き始めた。

切り開いたビニール袋に、丸めた生地を入れてちょっとつぶし、上からまな板を置く。体重をかけて薄く平たくする。

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ぺたんこの生地が現れた。トルティーヤは「のばす」ではなく「つぶす」ものなのだ!

ビニール袋で挟んだ生地は、まな板に張り付くことなく、すんなりはがせる。よく温めた鉄のフライパンにのせ、焼く。

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「片面40秒、ひっくり返して40秒。うまくいくと中の空気が膨らんで風船みたいに膨れ上がる。」

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火を調整しながら、次々焼く。

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④実は、家では焼かず買ってくることが多い

エリックの手つきは、なかなか慣れた様子だ。「家では誰がトルティーヤを焼くの?」と聞くと、高らかに笑って「買ってくるよ!」と言う。

そんなばかな。本場なのに。毎日食べるのに。

しかしエリックは「毎日食べるからこそさ!」という。「家の近くには朝早くからトルティーヤを焼いて売っている店が、少なくとも3軒はあるんだ。いつも焼き立てで、ほんっっとうにやわらかくて... 家ではあんなに上手には焼けない。しかも安い。1人4枚食べるとして5人家族で20枚、そんなに焼くのも大変だし、家で焼く理由がない」

本場だから手作りと思っていたけれど、日常に根付いて多くの人が毎日食べるものだからこそ、だれかがまとめて作るのだ。ヨーロッパのベーカリーのようなものか。

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焼いたタコスは乾燥しないよう布巾に包んでおく

⑤皮には油を馴染ませる

肉と玉ねぎをオレガノ風味で炒め、いよいよあとは包むだけ。

ここでエリックはちょっと不思議なことをし出した。

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フライパンで炒めた具の上に、トルティーヤを並べているのだ。皮をひっくり返すと、肉汁でてかてかしている。

「食べるときに手がベタベタしちゃうよ」と言うと、「それでいいんだ。肉の汁を吸ってトルティーヤ自体がおいしくなる。タコス作りのテクニックさ」。そう言いながら、てかてかになった皮に具をはさむ。

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そういえば、牛丼も鰻丼も、汁の染み込んだごはんがうまい。のせずに別々に食べたらおいしさ半分だ。肉などから出たうまみを受け止めておいしくなるのが、炭水化物なのだ。

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2ヶ月後のトルティーヤ特訓

エリックにタコス作りを教わってすっかり魅せられてしまった私は、翌日南米食材店に足を運んで粉を買い、連日トルティーヤ作りに明け暮れた。どう焼いてもおいしいのだが、どうしてもやわらかく焼けずかたくなってしまうのが悔しくて、2ヶ月後に再びエリックに連絡を取り教えてもらうことにした。

約束の日に訪れると、彼は以前会った時よりもだいぶ疲れた顔をしていた。手にした紙を見つめて、眉を顰めている。

医療保険の支払証だ。月4,000円。

「高すぎる。。」

以前会った時はアルバイトをしていたが、コロナ禍で失職したという。収入がない中で語学学校の学費と家賃を払うだけでも苦しいのに、その上病院にかからないのに毎月保険料を支払わなければいけないのが、Too muchだと嘆く。

「日本が好きで、日本で暮らしたいから来たけれど、このままあと2ヶ月仕事が見つけられなかったら帰るしかない」

さみしそうに言って肩を落とす。
トルティーヤの特訓をしてくれながらも保険料のことが頭から離れないようだったが、「東京で一緒にタコス屋さん開こう!」とおどけてみたら、ちょっとだけ笑ってくれた。

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