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魔除けの化粧

女性の化粧は、男性に選ばれるためにあると思っていないだろうか。

そうとは限らない。かつて、化粧には魔除けとしての役割があった。西暦前3500年頃のエジプトの話である。
 
『化粧 おしゃれの文化史Ⅰ』春山行夫(平凡社)によると、当時、化粧にはより魅力的に見せるという意味以外に、医学的な意味や魔除けとしての意味もあったという。
古代人は体の穴から悪魔が体内に入ると信じていたので、悪魔を驚かせて侵入を防ごうと眼のふちを黒く塗ったり、唇を赤く塗ったりした。それが魔除けとしての化粧のはじまりだったと言われている。(※1)

しかし、魔除けの意味を含んだ化粧は遠い昔の話ではない。現在も、女性は化粧をすることで「侵略行為」から身を守っている。

健康を演出する化粧

爪をグリーンやネイビーに塗っている女性を見かけて、「なにが魅力なんだろう」「誰に向かってアピールしているのか」と疑問に感じたことはないだろうか。

実は、女性は、あえて男性にとって魅力的に見えない化粧をすることがあるのだ。

女性の化粧の多くは「健康美」を軸に展開される。ピンク色のネイルや赤い頬紅、クマ隠しに使われるコンシーラーなど、健康を演出するためにある。それらは、健康な女性は様々な場面で、特に生殖に有利だからではないだろうか。
だから、男性がさして親しくもない女性に「リップはピンクのほうがいいよ」などとアドバイス(?) をするのは「そうすれば、あなたはより(自分にとって)魅力的に見えますよ」という意味かもしれない。しかし、相手の女性が、アドバイスをしてきた男性に魅力をアピールする必要を感じていない場合、アドバイスはおせっかいとなる(そして、しばしばそうなる)。

だが、現代女性の化粧の中には健康美から逸脱したものもある。

立ち入り禁止のメッセージ

働く女性が男性と対等に扱われることは難しい。周囲のステレオタイプに従って行動すれば「好感」は得られるが、「敬意」は抱かれにくいことも明らかになっている(※2)。
だから、女性たちは、化粧によって抵抗してきた。
「意志ある化粧」として極太眉メイクが流行った昭和58年から60年代は、女性の地位向上が世界的な課題になっていた時期だ。(※3)現在も、女性ファッション誌に「知的」「自立」などの言葉が並んでいる。
しかし、男性からの口出しは絶えない。常に「女性」であることを求められ、男性にとって魅力的になるためのアドバイスをされる、そんな毎日に辟易した女性たちはある解決手段を考えた。

それが、健康美を目的にしない、男性の生殖対象であることを拒む「魔除け」の化粧である。
化粧で「魔除け」をすれば、私は「お嬢ちゃん」ではなくなり、男性好みの装いを無自覚に要求されることもなくなるのではないか。男性と対等な立場に立てるのではないか……彼女たちは、そう思っている。

多くの男性が理解に苦しむ、女性たちの個性的な化粧は、コントロール下に置かれることへの抵抗である。まさに首を傾げるあなたに向けた「立ち入り禁止」のメッセージかもしれない。

出典
※1『化粧 おしゃれの文化史Ⅰ』春山行夫(平凡社)
※2『ワークデザイン 行動経済学でジェンダー格差を克服する』イリス・ボネット(NTT出版)
※3『化粧の日本史 美意識の移り変わり』山村博美(吉川弘文館)


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