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『眩しい瞬間』

座っているだけでもじんわり汗が滲む

空はまだ薄っすらと明るい
日没まであと数分

トランペットをベンチに置いてバスを待っていると声をかけられた

『よっ。それ、どけて』

声をかけて来たのは同じクラスの森田ひかる
トランペットを移動させると森田は『よっこいしょ』と言いながら隣に座った

『部活どうだった?』

「今日は人が少なかったかな」

僕たちの高校は弱小なのもあって部活は基本的に緩い。
だから、高校から少し離れた場所で花火大会が開催される今日とかは大体自由参加になる。

『そっか。真面目なんだね』

「真面目っていうか、暇なだけ」

『可哀想』

同情されてムカついたから肘で軽くどつく

「そういう森田は今日は行かないの?」

『花火大会?』

「うん。」

『別にいいかなって』

「誘われてたじゃん、3組のサッカー部の人に」

『知ってたの?』

「クラスの人が噂してた」

『あー。まぁ、仲良くない人と行っても気まずいし、鉢合わせたら面倒じゃん』

「可哀想」

肘で軽くどつかれた

『でも、まぁ、うん。可哀想だよね』

罪悪感を感じているのか大きな瞳を伏せた君を少しだけでも元気付けてあげたいと思った

「まだ時間ある?」

『たくさん』

「じゃあついて来て」

僕たちは誰もいない校舎に戻り、階段を登る

『流石にしんど』

「後ちょっとだから」

『屋上?』

「そう。」

『入れるの?』

「まぁまぁ」

屋上のドアは案の定鍵がかかっていたけれど、古い南京錠のお陰で針金があればすぐに解除できる

『うわ、犯罪者』

「あ、共犯者」

『最悪じゃん』

「最高の間違い」

軽口を叩きながらドアを開けると、僕より先に屋上に走り出した

『開放感ってこういうことなんだ〜』

手を広げて無邪気に回る君
遠心力でカバンが飛んでいきそうな勢い

「森田、こっち」

錆びている柵にもたれるのはなんとなく出来なくて、柵の手前で腰を落とす

『会場が見えるね』

提灯の灯りで彩られた土手は人々で賑わっている

『玲ちゃんたちおるかな〜』

「大園さんと一緒に行かなかったんだ」

『玲ちゃん、夏期講習って言ったから』

「可哀想」

今度は強めにどつかれる
その時、夜空に大きな光が咲いた

数秒遅れて来た音に驚きながら、僕たちは顔を見合わせ、笑う。
そして2人で"たーまーや〜!"って大声で賛辞を送る

数発、遠くで上がる花火に無言になってしまう

花火の光で照らされる君の横顔
一輪、一輪上がるたびに色んな表情をする君は見ていて飽きない

そんな事考えているとふと、喉が渇いていたのを思い出した

「自販機でジュース買ってこれば良かった」

僕の声を聞いた森田は自分のカバンをあさり、飲みかけのカルピスを手渡す

「え?」

『一口あげる』

意識してるのは僕だけなんて馬鹿馬鹿しくて、
動揺がバレない様にすまし顔でキャップを開け、口をつけない様に流し込む

『一口多くない?』

「あ、ほんと?ごめん」

『まぁいいけど』

返したカルピスを君は口をつけて飲む

動く喉
伏せた大きな瞳
ふっくらとした唇

心臓に響いた花火の音で咄嗟に視線を背ける

『見惚れてたの?』

僕の目線はバレバレだったらしい

「そうかもしれない」

『素直だね』

「花火のせいかも」

目の前に広がった大きい花火に責任転嫁する
でも、嘘ではない
花火の音が早まる心臓をもとのスピードに戻してくれている気がしているから

「森田」

卒業まで伝える事は無かったはずなのに、この非日常が僕の気持ちに拍車をかけている
もう、止める術も知らない
花火よりは小さいけれど、確実に君に聞こえる声で伝える

「好きだよ」


噛み締めるように数秒が流れる
君はなんて答えるんだろう
押し寄せてくる後悔からは逃げられない
沈黙が怖い
花火の音も聞こえない

無かったことにしようとした時

『意気地なし』

予想外の君の言葉に驚いたのはほんの一瞬
気付いた時にはネクタイを引っ張られ、唇に柔らかい感触が残っている


『やっと言ってくれた』


今までで1番大きな花火で夜空が明るくなる
お願いだから、散らないで