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『大人になれる日まで』

火をつけた。

たった2ミリのタールを含んだ煙草を強く吸い込み、吐き出す。
煙の向こうに花火が上がり、遅れた音が打ち上がった事実を知らせる。綺麗な緑色の花火が上がる。こんな幻想的な空も炎色反応で作られていると思うと、ちゃんと勉強しとけば良かったと後悔した。そうすれば、あの日、君と花火を見た時に少しでも話すネタがあったのかもしれない。
煙草が尽きるまでの約4分間。あの蒸し暑かった過去を振り返る時間に充てることに決めた。



藤吉夏鈴

彼女は僕の初恋だった。
第一印象は、夏鈴という名前の割に夏は似合わないような性格だと思ったこと。
用事が無ければ話さない様な間柄だった僕らが仲良くなったのは、半ば強引に押し付けられた美化委員の仕事がきっかけだった。花火大会翌日、委員会の人達は会場のゴミ拾いをすることになり、大体の人達は仲のいい人と喋るだけでゴミなんて目に入っていないようだ。そんな中、君だけは1人で黙々とトングでゴミを拾っていた。

「藤吉さん」

『……何か。』

「いや、特に用事がある訳でもないんだけど…」

『………』
君は無言のまま、トングでひたすら吸い殻を拾い集める。

「昨日の花火見た?」

『…うん。』
器用に吸い殻を2、3本一気に掴んでゴミ袋に入れた時は本当に謎な人だと思った。

「タバコだけ集めてるの?」

『……うん。』

「なんで?」
露骨にめんどくさい顔を向けられる。

『…大人が嫌いだから。』

「はぁ。」

『タバコって大人の象徴みたいでしょ。だからゴミ袋に詰めてるの。』

「そんなに嫌いなの?」

『うん。だって大人は皆…』
その先の言葉を君は飲み込んでしまって、何を言いたかったのか当時は予想すらつかなかったけど、今ならなんとなくわかる気がする。

特別な思い出が増えた訳でも、特別な関係になった訳でもないが、翌年の花火大会には2人で行った。
その日、僕は初めて煙草を吸った。
煙たくて、喉も痛くて、第一印象は最悪。
そんな僕の姿を隣で見て、君は笑った。

『なんでタバコなんて吸ってるの?』

「んー、別に」

濁したせいで、君にはカッコつけたがりなんて思われたらかもしれない。
それでも良いから、僕は今日まで吸い続けた。
学生時代には苦かったこいつも、今じゃ美味しいと感じて、やっと正しい吸い方が分かった気がする。

回想が今に追いついた時、スマホを見ると4分が経とうとしている。

『お待たせ。』

「ん。」

携帯灰皿に吸い殻を入れて揉み消す

『煙草、まだ吸ってるの?』





「こんな大人も悪くないでしょ?」






「だから、



     まだ死なないでよ。」



その綺麗な瞳に願いを込める。