見出し画像

『how you feel?』

『ねぇ、今日、花火大会らしいよ』

「あー、らしいね」

『らしいねって興味なさそう』

「まぁないに等しい」

服を着だした君の姿を私はまだベッドの中から眺める
時計の針が19時を回ろうとしているのに君の頭には寝癖がついていて、可愛いなって思ったけど私にもついてそう。

「コンビニ行くけど、一緒に行く?」

『行く、ちょっと待って』

床に脱ぎ捨てた服を手に取り、下着から順番に身にまとい、去年より伸びた髪を雑に1つに束ねる
家を出る直前に重力に逆らってはねている髪の毛が気になって教えてあげる

『ここ寝癖、ついてるよ』

寝癖を抑えるように髪に触れると柔らかい猫のような毛が指の間からこぼれてゆく

「ほんと?まぁ、コンビニだけだしいっか」

頭に置いた私の手が流れの中で握られる

「行こっ」

『手、冷たいね』

見かけによらず大きな手は指先だけやけに冷たい

「冷房のせいかも」

『仕方ないからあっためてあげる』

口実をつけて恋人繋ぎに変える

玄関を開けると、ぬるい空気に包まれて無意識にため息が出てしまう

遠くの空が焼け、アスファルトは昼間に蓄えた熱で暖かい


「月が近いね」

私の目にはいつもより月が大きく見えるだけなのに、君の世界に何度目かの嫉妬をする

『そのメガネを通すと世界はどんな感じに見えるの?』

「覗いてみる?」

そう言って眼鏡を外すと、君の三白眼が私を見つめる

『うわ〜世界がぐにゃぐにゃする〜』

「毎回言ってるねそれ」

『毎回ぐにゃぐにゃする』

「そろそろ返して」

瞳がまたレンズに覆われて少しがっかりしていると手を引かれた
急だったから少しムッとしたけど、私の隣を通り過ぎたファミリーカーに気付いてまた好きになる

「大丈夫?」

『ありがと』

「噂の花火大会に行くのかもね」

『行きたいの?』

「行きたい?」

質問を質問で返さないでって思ったのも一瞬

『行きたくない』

「僕も」

お互い人混みは苦手
暑いのも苦手

「アイス買って帰ろ」

『賛成〜』

曲がり角を曲がると青色の看板が手招きしている
その誘いに乗るように2人で自動ドアをくぐる
コンビニの中は空調が効いていて、ゆっくり汗を消してゆく

アイス、スイーツ、スナック、アイス
売り場をウロウロしていると彼が近づいてきた

「決まった?」

『まだ、これとこれ、どっちがいいと思う?』

君の答えは決まってる

「チョコの方」

『じゃあそうする!』

彼が持っているカゴにアイスを入れる
チョコ系のばかりのスナック菓子の中に埋もれて私の好きなチップスが申し訳なさそうに居座ってる

その中にはちゃんとゴムも投げ入れられていた

「他に買うの無い?」

『うん』

レジに向かった背中は少し猫背で、やっぱり寝癖が気になる

「お待たせ、行こっか」

差し出された手はほんのり温かかった


帰り道の上り坂を少しだけ駆け足で登る

『早く!花火上がっちゃう!』

前を歩いていたカップルを追い越す
横目で淡い水色の浴衣も可愛いな、なんて思う

「花火大会行かないんじゃないの?」

『家から見たい!』

「見えるかな?」

行きよりも少しだけ早いペースにこめかみから汗が流れ落ちる


玄関を開け、涼しい冷気に感動するのも忘れて、ベランダまで駆け寄る
ちょうど花火が上がったみたい
少しだけ空の表情が変わった

「あーちょっと隠れてるね」

『でも端の方見えるよ、ほら』

「本当だ。結構楽しいな」

話しながら差し出されたアイスを手に取りかじる
いつものチョコ味
ごつごつとしたクッキーが飽きるのを忘れさせてくれる


赤、青、緑、黄

鮮やかな色が空を染める

浴衣、何色が似合うかな
一緒にかき氷食べて、金魚掬いして、射的で君にプレゼントを貰うのもアリかも


アイスが残り二口くらいの大きさになった時、突然君が窓の外を指差した

「見て」

『何?』

「あそこの公園で花火してる人いる」

『本当だ、楽しそう』

「手持ち花火ならやりたいね」

『賛成〜この夏、ぜったいやろう』

そう言って君の方を見ると、君もこっちを見ていて目が合う

『なに?』

質問に触れるだけのキスで返される

『どうしたの?』

耳元で「何でも」とささやかれたと思ったら次は耳が湿る

『ねぇ…アイス溶ける…から』

「早く食べて」

いつもは二口で食べるサイズも一口で口の中に入れる
水を飲みたかったのに汗でベタつく背中と腰に貴方の大きな手を回されて、話す余裕すら与えてくれない

「甘い」

薄っすら目を開けると貴方はメガネを外していて、花火が上がる度に大好きな瞳に私が目一杯映る

顔を横に向けて逃げてみるけど、窓際に追い詰められて、うなじに貴方を感じる

「来年は、浴衣着てよ」

『なっ…なんで…』

さっきまで背中に触れていた大きな手のひらはおへその辺りにあってくすぐったい

「かき氷、食べに行きたいから」

そう言い残した貴方は私を抱き上げて2人でベットに倒れ込んだ

━━━━━━━━━━



カーテンの隙間から見える夜空は真っ暗でいつのまにか花火も終わってしまったみたい

小さく聞こえるシャワーの音を聞きながら、この熱が冷めないように布団に身を包む

『好きだよ。どうしようもない程に。』

夜空に向かって放ってみたけど何も起きなかった