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『まさか、偶然…』

人が行き交う交差点の隅でギターを弾く。
信号待ちの間にこちらを横目で見て、立ち止まってくれると思えば、青になった瞬間に記憶が消えたように歩き出す。

「最後の曲は、僕の大切な曲になります。」

世の中のどこにもコードや歌詞は知られていない。オリジナルと呼ぶには僕のアイデアは半分くらい。
深く肺に酸素を送って、響かそう。

この世界のどこかに居る貴女へ届ける為に…

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『やっほ』

「遅かったじゃん」

教室に入って来た君は誕生日に買ったという新めのギターを背負っている。人より大きなギターなのかと錯覚するのことにも慣れた。

『掃除当番だったから』

「そうなんだ、お疲れ様」

クラスメイトが誰も居なくなった教室で、僕らはギターを取り出してチューニングを始める。

『昨日の夜、ラジオ聴いてたら歌詞思いついたんだけど発表して良い?』

発表なんて、独特な表現をする事に少し笑ってから許可する


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奇跡は起きないと
わかっているのに
僕はいつだって この道順を
選んでしまう
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昨日、2人で考えたメロディに乗せて口ずさむ。
真っ直ぐ、透き通る声。

誰もいない校舎で君の歌声に包まれて、紛れもなくそこは2人だけの世界になった。
君は目がなくなるくらい口角をあげ、照れながら『どう?』と尋ねてくる。その表情に心が締め付けられたのは内緒にしておく。

「とっても良いよ、その歌詞でいこう」



2人で曲を作る日々も例外ではなく受験という壁にぶつかった

『ごめん、来週から塾に通わないと行けなくなって…』

「謝る必要ないよ」

『でも、曲が…』

「松田さんの受験が終わってから考えよ」

それでも申し訳なさそうな顔をするから、どうしても笑顔にさせたくて、カバンに入っていた花のキーホルダーを手に取る

「…これ。お守りって程の物じゃないし、好みじゃ無かったら」

僕が最後まで言い訳をする前に遮って、満遍の笑みで

『ありがとう!頑張れる!!』

なんて言うから、僕の心はまた締め付けられる
それから月日は過ぎて、頭の良かった君は最後まで頑張って志望校に受かったらしい。

良かった。
自分の事のように喜び、安堵した。

だけど、半年ほどの時間はいとも簡単に僕たちに忘れさせる

どんな顔で会えば良いのかわからなくて、訳の分からない理由を付けては君を避けてしまう。
ただ学校の人気者である松田さんの隣に居る自信が無かった。



弱い僕は、卒業式まで逃げ続けた。
他の人達は既に帰っただろう。
校舎は静まり、僕のチューニングの音だけが響く

『やっほ。久しぶり』

ドアから覗かせる顔は少し怒りが篭っている

「…久しぶり」

『ねぇ、まだ途中でしょ』 




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十年前の思い出を振り返って、噛み締めて、歌う
目の前の信号が赤に変わって、人々は横目で僕を見る。そして、何も無かったかのように青になったら誰も居なくなる。

今日もこの繰り返しだと…



「『忘れられない あの恋 』」



目の前に1人だけ立ち止まり、僕と彼女以外に知るはずもない歌詞を口ずさむお客さんはあの頃より大人びて、長がった黒髪も茶色になって、そして短くなっている。

それでも笑ったあの顔はそのままで、
僕の心を締め付ける。