説教するべきか、信用されるべきか
「ねえ、進藤さん、ちょっと聞いてくださいよ」
オレは、見慣れた喫煙所に入るなり視界に映った上司の姿を見つけて声をかけた。
「おー、田村か。お疲れさん。あれ、午後は外出って言ってなかったっけ?」
「いや、先方が急遽都合悪くなっちゃって、キャンセルになりました」
「あーそうなの」
「まあ、それは仕方ないんですけどね。それより、さっき進捗報告会があったんですよ。で、東のやつ先週に頼んでた資料作成が全然終わってないらしいんすよ。苛ついて説教したんですが、進藤さんからも言ってもらえません?」
東は先月に入社した新人だ。オレと同じ部署の配属で、いくつか受け持っていた業務を引き継いでいる。
「んーそうか…。説教なんて止めてお前が代わりに資料作っちゃえば?」
「いや、オレも今週結構忙しいんですって。それに大して難しい作業でもないんですよ。時間さえあれば誰でもできるし、あいつ今そんなに忙しくないはず。東のやつ、適当にやってるとしか思えないんすよね」
「そうねえ…。まあでもさ、もしお前の依頼を適当にやってるとしたら、お前、東から信用されてないんだと思うよ」
「いやいや勘弁してくださいよ。どう考えてもあいつに問題あるでしょ」
「いや、そうなんだけどな。ただ、代わりもいないんだろ?東に動いてもらわないと、お前が忙しくなることに変わりないんだろ?」
「まあ、そうですけど…」
「ならお前が代わりにやるか、やり方変えるしかなくね?」
「じゃあ、どうすればいいんすか?」
「まずな、信用って大きく言うと《権威》《憧れ》《同族》の三つがあるわけよ」
「はあ…」
「《権威》って言うのは、上司とか取引先とかだな。例えば、お前さっき取引先が都合悪くなってキャンセルになったって言ってたじゃん?もしそれが取引先じゃなかったとしたら、どう思う?」
「これが東だったら引っ叩いてますよね」
「だろ。それはお前が取引先っていう権威を信用しているんだよ」
「でも、東から見るとオレは会社の先輩ですよね?それって権威になりません?」
「まあ待てって。──次が《憧れ》だ。これは相手の能力を信用するってこと。知識とか経験とか、場合によっては容姿とかも含まれる。ここまではオッケー?」
「はい」
「で、最後が《同族》だ。これは相手が同じ立場だという状態を信用するって意味。思考や好みが同じだったり、同じ境遇の人間に共感したりするやつな。これは友達に多いやつ」
「ああ、ありますね。それ」
「相手が家族とか恋人だったり軍隊だったりすると当て嵌まらない事もあるんだけどさ。一般的な仕事上の関係とかだとこの三つが信用に関わる主要な要素になるわけよ」
「ふむふむ」
「で、ここからが重要なんだけどな。この三つには優劣がある訳じゃなくて、人によって基準が違うのよ。ある人は権威を重視するし、別の人は憧れを重視する。また権威の中でも取引先だけは重視するとか、課長は重視しないけど部長は重視するとか色々な基準が人の数だけあると」
「なるほど」
「さっきのお前が先輩だってことで言うと、東にとってそれは権威であってもアイツの信用対象に含まれない、もしくは重要度が低いってことになるんだよな。だから、お前は別の方法で信用を得る必要があるんだよ」
「うーん、なら憧れか同族あたりが良さそうっすかね?」
「そうね。例えばお前が良い資料作って東に見せてやるとか、雑談でも良いから共通の物事探すとか、かな。こればっかりは何が効くかは解らん。試しにいくつかやってみれば?」
「…ところで、オレがそれをやらなかったらどうなるんですかね?」
「そんときゃ、あれだ。オレが田村から信用されてないってことだな」
と、笑いながら進藤さんは言って立ち上がり、喫煙室から怠そうに出ていった。
そんな進藤さんの姿を横目で見ながら、やれやれ…と思い、右手にもったタバコを吸い殻入れにくしゅっと押し付ける。オレは息を吐き、立ち上がって自身のデスクに戻っていった。
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