見出し画像

「わたしなんて」よ、さらば!

20代折り返しにさしかかって気づいたけれど、やりたいこととか、興味があって撰び取ることって、なんだかんだ10代の時から好きで続けていることと重なるなあと思う。

昔から体を動かして表現することが好きで、自分がそれをやるのも好きで、誰かがそれをやっているのを見るのも好きだった。

言葉を書き連ねたり物語を書いたりするのもそう。湯水のように溢れてきたあの頃と違うのは、“好きなこと”が本格的にお金を生むようになったということ。

中には、「好きなことを仕事にすると嫌いになりそうだから仕事にはしたくない」という声も聞く。

まあ、それも一理あると思う。

だって基本的には好き勝手書いていれば幸せなのに、それに利害関係が生まれたら(少なくとも生計を立てるために自分一人のために書くものではなくなるし)、書くこと以外の気配りが必要になって気疲れしたり、筆が進まなくなったりしてそれがストレスになる。

でも、わたしの場合は良くも悪くもコレしかない。
コレなら、病める時も健やかなる時も続けらてきた。
少なくとも今のところは、わたしの場合は好きなことが嫌いになっていない。むしろまだまだやりたい、続けたいと思う。

他のことがあんまり不得手で、例えばレストランの接客業のアルバイトもやっていたけど、あまりホールには出ず、お酒とデザートを作っていた。

一人ひとりのお客さんに対しての接客はできてもあれこれ一度に言われるとパニックになるし、お金を扱うレジうちも緊張するし、完全に使えないバイトだったと思う。

コレしかないわたしが、今、ずっと考えていることは、わたしがやっていることとかステキだなと思うことをどうやって魅力的に伝えればよいだろうかということ。

わたしは自分の魅せ方を考えることを、今までずっと避けてきた。なぜなら何をするにも「いやいや、わたしなんて」みたいな謙遜、に見せかけた逃げ腰だったから。

何かを「わたしはこう思ってます!!!」と声高に叫んだり、共感を集めたりすることが怖かった。

無視されるかも、と思ったし、わたしに誰かを魅せられるような、そんな度量はないと思っていた(これらは全部、自分への自信のなさと、自分が嫌いだったことが起因している)。

でも、そろそろそんなことも言ってられないなあ。

「わたしなんて」と言う人の話は、誰も聞いてはくれないわけで。

でも、仲間を集めるのが上手だったり、やりたいことを形にしている人の多くは、えてして素直であり、自分自身のことをよく知っている。ように見える。

正真正銘の謙遜で「わたしなんて」と言うことはあってもそれで自分を卑下しない。
「こんなわたしですがこれとこれに関しては任せなさい」という部分がにじみ出ている。ように見える。

だからと言って「見て見て!これすごいでしょ?!」と自分の価値観を押し付けるのも、苦手だし、やりたくない。

うーん。自己プロデュースをするには一体どうしたらいいんだろう?

というわけでまずは、わたしって何者よ?!ということを分かりやすくするために、note、medium、g.o.a.t、Twitter、Instagramなど散り散りになっている発信ツールと今まで書いてきたものとかを一つにまとめることにした。

それを思いついて「これって、10代の頃自分のサイトを作っていた時と一緒やん?!」って思って、また戻ってきたなって思ったらなんか笑えた。

サイトのURLはー、みさきちドットコムとかにしようかな。

なんだかワクワクしてきたサタデーNight。

読んでいただき、本当にありがとうございます。サポートいただいた分は創作活動に大切に使わせていただきます。