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ゴージャス武装キメガールとシンプル身軽ラフガール

25歳になった。25歳かあ。25歳。ちょうど四半世紀生きた。遠い彼方だった未来の25歳に、いつのまにかからだと時間が追いついた。

きっと、いくつになってもこう繰り返す。

「〇〇歳、もっと大人かと思っていた」。

わたしが小6の時の担任の先生は、24歳だったけれども、あの頃生意気なことをあれこれ言いふらしていた12歳のわたしから見れば、今のわたしは果たしてどんな大人だろう。

この道を、誰もが通ってきた25歳という平等な時間で区切られた道を、わたしはやっぱり同じようになぞる。

たくさんの細かったり太かったり、長かったり短かったりする、あらゆる人の人生の時間と交わりながら、このまま伸びて曲がってどんどんと、どこへ行こう。何をしよう。どんなふうに、生きていこう。

ごってごてに着飾って、好きなもので周りを固めたゴージャス武装キメガールもいい。

でも、裸足でくたっとしたTシャツを着て短パンにバックパックを背負う、シンプル身軽ラフガールもいい。

どちらにも自由に行ったり来たりできる、その振り幅を楽しめる、ちっとは自分を好きになれる、そんな一年になると良い。

いつまで経っても、なかなか此れぞ!という大人には追いつけない。大人はいつも、遠い背中。でもその背中が振り向いた時、着慣れたTシャツなのか、モード気取ったロングワンピなのか分からないけれどもその時の自分に嘘のない装いで「よくぞ見つけてくれました」と胸張って一歩近づける、そういう準備を怠らずにいたい。

一切止まらず、ここ最近、頭の中で東京事変の「スーパースター」が流れているの。いつか会えた時に、また会えた時に、あなたに誇れるわたしでありたい。その気持ちを、必死に握りしめて、見失わないように、何ガールでもいいから「やるじゃん」と自分に言わしめたい。

モラトリアムの切れっ端をていねいに懐に入れて。まだまだ行くよ、これからよ。

つーかもはやガールとか言ってらんない歳でした。極めるぞ、20代折り返し!

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