ネガティブがポジティブを生んでいく
なにかものを生み出す時というのは、思い切ったエネルギーが必要です。
ペットボトルロケットみたいに、燃料を逆噴射させて、その勢いで飛び出すこともあれば、あの風の谷の姫みたいに、従来ある風を読んでゆっくり確実に積み重ねてゆくなど、そのエネルギーの使い方はそれぞれです。
そのなかで、ただただポジティブな動機というのはいったいどこにあるんだろう、と考えます。
そうすると、ポジティブってなんだっけ?という疑問も湧いてくるが、ただの楽観主義とポジティブは、少し違うような。
そしてポジティブは、必ずしも自信の有無にひも付けられているわけでもない。だって自分に自信がある人というのは、常に孤独を感じているだろうから。
孤独がネガティブかといえば、そういうわけではなくて、でも不安を誰かと分かつことはできないから、ある程度の葛藤は日夜行われており、それらと向き合うための苦悩たるや想像を絶する。
だから、こういう人は一握りで、ネガティブ発進のポジティブが大半ではないかと思いました。
反骨心や劣等感、虚栄心や焦燥感、嫉妬、嫌悪、逃避、などなど……。
承認欲求のさらに奥、もしくはそれを飛び越えて、こういうネガティブな部分がどこかで原動力を支えているような気がします。
そしてその事実は、別に恥ずかしいことではなくて、実はネガティブな挫折や悔しいことがあるというのは、しあわせなような気がする。
もちろん向き合うことはとても苦しくてうんざりするけど、奥行きのないモチベーションはいくらでも逃げ道を作れるような。そして予想外のことはあまり起きないような、気も。
非常なる青春が、どこかで最後の砦のようになっていて、そういう時間があったこと、そしてこれからもあるかもしれないこと、怖いけど、楽しみでもあるのです。
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