颶風立つ

 僕の搭乗した景清「凬」は少し変わっていた。
「アルよ、しからばどうされるおつもりか」
 言葉を話すのだ。
「これまで通り、某が武を振るってよろしいか」
 <それがし>っていつの言葉だよ。他の誰が乗ってもなにも言わないけれど、僕が乗ると突然目が覚めたように話し、そして自我を持って行動する。景清は平家の悪七兵衛景清の魂が固着されたものではなかったのか、と思ったがこいつはこう言った。
「某は赫屋巌犀(かくやげんさい)。もののふたれど、もののふの血はなく。ただ若き主、源儀応綾藤丸(みなもとのぎおうあやふじまる)様に仕えし者。西にいくさあれば赴き、東に魑魅魍魎現ればこれを屠る。それがしが怨霊なりてからくり具足に囚われるはなんの因果か。しかし、この世にも妖(あやかし)はいるようであるな」
 巌犀の言う妖とはシャドウのことだった。どれだけ以前か聞いてみたけれど、文治や正治といった単語が聞こえてきたので話を打ち切った。あれか、年号というやつか。よくわかんないけどさ。
「若は本当に美しく、強きこと疾風迅雷。それがしなど手玉をとるように遊ばれていた。このからくり具足のように二本の太刀を持てば鳥のように舞い、弓をとればこれ外すことなく。与一の再来とも謳われたもののふであった」
「ふうん。それでどうなったの」
「若は、綾藤丸様はこともあろうに兄上の嫉妬、そして恐れによる卑劣な姦計によって命を落とした……それも妖と手を組んだとも聞く。それがしは共に命を落としたかったが、若によって谷へ突き落され助かってしまったのだ。それからは覚えておらぬ。死すこともできぬままに、この身を恥じ、呪い、一心に魑魅魍魎を刈るだけの怨念になったのだろう。今を見れば容易く想像もできよう」
 聞いちゃいけないやつだった。
 僕はバーチャロンポジティブが高いとかなんとかで戦線に放り込まれただけで、戦うことなんか大嫌いだった。確かに実家はパイロット育成のための先生まがいのことをしていた。勿論僕も生まれた時から「あたりまえ」のひとことで散々稽古をさせられてきたけど、知ったこっちゃない。祖父の口利きでDNAの関連組織に僕が入れられたこともいい迷惑だ。
そこに巌犀が現れた。不人気の凬の上に、パイロットが幻覚を見ただの、シャドウを引き寄せるだなんて噂が祟って倉庫の奥に眠っていたらしい。アイザーマンの機体ならなにが起きても不思議ではないけれど、験をかつぐパイロットとしては君子危うきに近寄らずだろ。
そして僕にお鉢が回ってきてしまった。確かにウチは二刀流も教えている道場だけど、だからといってVRにそのまま応用できるわけじゃないでしょうに。どうせ二刀なら「風」でしょう。とは思ったのだけど、まあそれこそ諸先輩方の嫉妬だろう。本当は「風」が用意されているはずだったのが、僕が口利きで入ったことが許せないそうで書類の改ざんによってこの巌犀が当てられた、そういうわけだ。
 けれど、実際は巌犀が戦ってくれた。僕は起動キーでしかない。巌犀はなかなかの強さを誇り、僕が操縦する程度の活躍はしてくれた。M.S.B.S.のリンクはあるから多少の疲労はあるけれど、目を瞑っていても勝利は転がり込んできた。

 そんなある日、最悪の事態が起きた。
「アル、すまぬ。それがしではこの妖には勝てぬ」
 巌犀の操る凬が膝をついた。
 木星圏に浮かぶ巨大建造物「エルシオン」。VR研究から製造を含め新たな産業地、コロニーとして建造中のエルシオンに僕たちの隊は派遣されていた。周囲にはシャドウによってスクラップとなった同じ隊のVRが散らばっていた。この作戦ではここに現れるであろうフォース隊の足止め、または殲滅が目的だった。簡単に言えばアジムを刈るフォースの足を引っ張れなどという誇りも矜持もないつまらない任務。しかし、現れたのはシャドウ。それも見たこともないデザインではあったが、間違いなく白虹騎士団の機体だ。白騎士のシャドウ化なんて聞いたことがない。
 なにか戦闘の後なのだろうか、シャドウの装甲にはいくつか破損個所や回線のスパークが見てとれた。だが、それでも完全装備の一団を瞬時に壊滅させるだけの強さを振るって見せた。
 フレームがむき出しの超巨大建造物の内部は足場やエネルギーラインなどがようやく取り付けられ始めたところで、まだまだ多少の肉がついた骸骨同然だった。エネルギーとVディスクを失ったVR達は重力も斥力も失い漂うスペースデブリとなっていた。システムサーチを掛けたがパイロットたちの魂(バイタルサイン)も消滅していたようだった。それがシャドウの持つ力なのだろうか。
 勝てるはずがない!
「逃げるんだ巌犀!」
「すまぬが、間に合わぬ。しかしこのからくりの理力をもってすればアルの……その座を本陣に送ることができよう」
「まて! それはVコンバータの暴走による強制転移だろう? お前の意識は消滅するぞ!」
「心配かたじけない。しかし、長く眠りにつき目覚めたとて、主なき世に未練なし。友との別れは惜しけれど、友を生かせるのならばそれもまたここに生まれた意味ともなろう。楽しき事、まさに夢の如し。よき幻であったよ」
 コンバータの異常動作によりコックピットが真っ赤に光る。
 僕はため息をついて、座席下の小さなメンテナンス用ハッチを開けた。
「よいしょっと」
 アラートが消えて、静寂が戻る。
 モニタには悠々と宇宙の闇に溶け込み、星の光を遮るシャドウの姿が見えた。襲ってこないのはこっちの動きを、中のやりとりを感じ取っているのだろう。堕ちても騎士か。
「何をするアル!」
「なにってバイパスを千切っただけだけど」
「からくりのことはよくわからぬ! しかしそれでお前が助かる道は閉ざされたのだ! 愚劣極まりない判断ぞ! 若なればそのような利のなきことはせんだった!」
 まただ。巌犀はことあるごとに僕と若とやらを比べる。まったくここまできて同じことをされるとちょっとめんどくさい。
「聞いているのかアル!」
 普段は落ち着いている巌犀が珍しくキレ散らかしている。ふふ、こんなところもあるんだな。
 僕は巌犀の突然の取り乱しに、むしろ大型犬が飼い主を心配しておろおろしているような、そんな姿に重なって笑ってしまった。
「アル! なにを笑っている! これから死ぬというのに、気でも違ったか! 折角助けてやろうとしているのに無駄死にだぞ!」
 僕はヘルメットを取って、長い髪を流した。
「兜を取るとはこんどこそ本当に諦めたのか。潔しとは言えぬぞ!」
「いや、だからさ。これ嫌なんだよね。剣道の面も息苦しいし。それに守っていたって勝てやしない。死中に勝を見出すには助かるつもりなんて無くして、討つことに集中しないとね」
 長い髪を高く一つに縛る。よし、これですっきりした。気分一転、操縦桿を握り巌犀とそして凬とのリンクを強める。Vディスクの回転が高まりそして安定を始める。二人の魂がリンクしたせいか、通常の出力を越えて安定している。排熱を必要とするはずの回転数を優に超えていても、そのエネルギーを取り込み各部アクチュエーターに流れて機動力へと変えられていた。関節部の摩擦減衰、高出力、Vディスクの安定。普通では考えられないステータスではあったが、自然と受け入れられていた。座禅の行で幾度か感じた心地だ。明鏡止水とでもいうべきか。バーチャロイドにおける人騎一体の体現だろう。
 僕はこの凬を身に着けていると感じられた。
「巌犀、僕に操縦を任せてくれ。お前は感じるものをフィードバックするだけでいい。一緒に勝とう」
「アル、戦えるのか?」
「言ってなかったね巌犀。長いからみんなにはアルって呼ばせていたけど、僕の名は源綾藤丸。君の言う主の第238代目綾藤丸だ」
「わ、若!」
 絶対言うと思った。
「ほんじゃ、さっさと妖を屠って帰ろう」
「御意!」
 凬を今一度立たせ、改めて朝凪と夕凪を握りなおす。弓手(ゆんで/左手)の夕凪は逆手に握った。これならばいつでも柄を合わせて弓にできるからだ。鍔迫り合いにもっていっても距離など関係なく矢を射ることができる。
 源藤流(げんとうりゅう)に倣い、右足を深く引き腰を落とす。弓手を大きく前へ、馬手(めて/右手)を背後への威嚇のように伸ばす。
 僕が得意な「颶風太刀(ぐふうたち)」の構えで行く。
 影が消え、凬が立った。
 そして。


 結果は相打ちというか、逃げられた。こっちもほぼ全損だったけれど巌犀も僕も無事だった。巌犀はこの結果に鼻息荒く次は勝とうというけれど、僕はもう御免だ。