シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの休日 #同じテーマで小説を書こう
私は犬である。名前は、よく覚えていない。
私の主人が好きな料理の名前を付けてくれたが、あまりに長すぎるので最近はよく「サラ」呼ばれる。この呼び名でメスと勘違いされるが、立派なオスである。
略称も最初の頃はよく迷走していた。「シュピ」は、呼びにくいらしく、すぐに使われなくなった。「ヨーグル」というのもあったが、これも「『ビーグル』と『ヨーグルト』を足し合わせたダジャレみたいよね」と主人は気にいらなかったようだ。(主人の朝食はだいたいヨーグルトだし、私はビーグルなのだからそれでもいいと思うのだが)
最初の頃といえば、私が主人と初めて会ったのは今から2か月ほど前だ。
私は今の主人に出会う前に、別の主人がいた。前の主人は、声は低くしわしわしていてたし、歩くのも遅かった。しかし、彼との散歩は楽しかったし、広い庭で彼と日向ぼっこをしたり、おやつを食べたり、私と彼だけの生活は満ち足りていた。
ある日彼は寝床から起き上がってこなくなった。
赤くぴかぴか光るウルサイ車が来たことと、私たちの家に黒づくめの人間たちが来たことだけ覚えている。あとはよくわからなかった。
私は前の主人と別れ、ほかの多くの犬と共に生活することになった。
それから間もなく、今の主人と出会った。
毎日私の散歩をしていた人間と、今の主人である彼女が私のケージの前で
「ご自宅はマンションですか?」
「これから引っ越すんです。ペット可にするつもりですが、それ以外で気をつけること、ありますか?」
などと話していた。彼女は散歩の人間の話を聞いて真剣にメモを取り、次の日には引っ越し先を決めていた。さらにその週のうちに自分が引っ越し、次の休日には私の引っ越しも終わっていた。というのが後から彼女の話を聞いて知ったことだ。
前の主人は、いつも穏やかに同じ調子で話していたが、今の主人は、妙に明るいときと、ひどく静かなときがあった。
昨日も「ちょっとテンション上げておかないと」といつもより高い声と早口で話して、いつもと違う綺麗な毛並みで出かけて行った。そして帰ってきたときには無口になり「ただいま」と「サラ、散歩」だけ言ってすぐに私を連れ出した。
私たちは夜の道をどこに行くでもなく歩いた。こういう時の散歩コースは主人の気の向くまま適当に決まる。しかたのない主人だ。
近くの川のあたりに着くと、堤防の上の道を川の流れる方向へ歩いていった。歩く部分は黒く濡れた色の小石で固められているが、道の端は割れていて色んな形の草がぐいぐい伸びてきていた。葉が鼻先をくすぐってくる。草むらに足をつっこむと、驚いたバッタが飛ぶのが見えた。ちょっと遊んでやろうかと思ったが、今の主人はそんな気分ではないだろう。悪いがまた今度だ。
少しいくと大きな木の根元に人間二人が座れるくらいのベンチがある。主人は何も言わずに腰を下ろした。私も主人の足元に座る。そうすると主人が私におやつをくれる。私がおやつを終えたのを確認すると主人がキャラメルを口に入れる。主人の食べる物はどれも美味しそうで、私も食べてみたいと思うのだが、新しい主人は決して自分の食べ物を分けてくれない。
たまに走る人間が通った。その他には虫くらいしかいない。空気に少し潮の匂いが混ざっている。海に近いのか、川も静かだ。
「これで、あの人に関する物は全部なくなった」
おもむろに主人がつぶやいた。「あの人」というのは主人の主人だった人間のことらしい。今日は久々に休みが取れたから、引っ越すときに紛れこんでしまったものを返してきたのだと言った。
「もっとすっきりすると思ってたのにね」
主人の声が、ほんの少しだけ震えていた。私は鼻を足に擦り付けて大丈夫だと伝えてやった。 こういう時いつも主人は静かに泣き出す。でも今日は私の頭を撫でながら、そのままぽつぽつと話し続けた。「なんとなくね、泣くのは嫌なんだ」とも言った。私は「大丈夫だ。主人はもう私の群れの仲間だ。心配はいらないんだ。」と伝え続けてやった。
今朝起きてきた主人はいつも通りだ。いや、いつもより鏡の前にいた時間は長かったけれど、それ以外はいつも通りだった。私の食事と水を用意して、自分もヨーグルトを食べて出掛けていった。
世話のやける主人がいなくなって、やっと私の時間になる。朝食の皿を洗わずに飛び出していったから、また遅くに帰ってきて少し落ち込むのだろう。それまではゆっくり私の休日を過ごすとしよう。
あとがき
ここは小説を書く場にはしないというつもりでnoteを始めて、一週間たたずに初心を忘れました。
シュピなんとか(未だに空で書けない)を見たときに「犬っぽい」と思った瞬発力で書いてしまいました。素敵なテーマを用意してくださった杉本様ありがとうございます。
今回の企画は以下です。
前回企画の作品を読んで、「参加したい」と書いたことを後悔しているところですが、どうぞよろしくお願いいたします。