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[エッセイ]顆粒だしの代用品

顆粒だしというのがあります。
お湯に溶かすだけでだし汁になってくれるあれです。

昔からこの顆粒だしが大好きでした。父も母もきちんとかつお節や昆布からだしを取る人だったので、祖母の家に行った時だけお目にかかれるものでした。祖母の目を盗んで台所に入り、こっそり顆粒だしの袋を持って部屋に行きます。そして掌に少しだけ出して舐めるのです。かつお節の美味しさだけを凝縮したような、魚の生臭さを取り除いてうまみだけを残したような、鼻にぬける香りと少し塩辛い味が口の中に広がっていきます。

ある時、一度にたくさん舐めてみたくなって、醤油用の小皿に顆粒だしを入れ、少量の水で練り固めて、塊だしを作って舐めていたら、見つかって叱られました。
「そんなに食べたら、塩分取りすぎて病気になるよ!」
「いつも舐めてるけど平気だもん」
さらに叱られ、顆粒だしはわたしには届かない戸棚の上に置かれました。
顆粒だしを子どもの手の届かないところに置かないといけなかったのはあの家くらいでしょう。余罪を白状しなきゃよかった。

一人暮らしをするようになってから、もちろん顆粒だしを常備するようになりました。これでいつでも舐めたいときに顆粒だしが舐められると思いましたし、料理にもよく使うようになりました。わたしは洒落た洋食はほとんど作れず和食ばかり作ってしまうので好都合です。
味噌汁、煮物、おひたし……なんにでも顆粒だしを使いました。


さて、コロナのお陰でひきこもりの生活に拍車がかかってから、ほぼ毎日自炊をするようになり、調味料の減る速度が一気にあがりました。
顆粒だしも勿論なくなりました。
ところが、ひきこもり生活が身につき一歩でも外に出たくない私は、こう考えました。
顆粒だしも、家にあるもので代用すればいいんじゃないか?
大きい袋にたくさん入ったかつお節が、なんとなく開けられずに残っていたのを思い出しました。

そういうわけで、顆粒だしの代用としてかつお節でだしを取ることにしました。

インターネットで調べてだしをとり、それを使って味噌汁を作ってみます。
鍋に湯を沸かして火を止め、測ってもいないかつお節を記憶を頼りに適当に鍋に投入、かつお節が沈むまでに味噌汁の具になりそうなものを用意して、かつお節が静かになったら、色のついた液体だけそっと他の鍋にうつします。
かなりの量のだし汁ができてしまいました……。

洗い物が増えてしまっためんどくささと、余ってしまうだし汁の行き場に思いを馳せつつ、味噌汁を作るための鍋に必要な分だけだしを取り分けます。
具材を味噌汁用の鍋に入れて適当に煮て、さあ味噌を入れるぞ!という段階で、一度味見をします。
「ぜんっぜんわかんない……」
普段もこのタイミングで一度味見をします。基本的に計量はしないので、顆粒だしも水も具材も毎回量が違います。顆粒だしは最初少な目に入れておいて、足りなければこのタイミングで追加します。
いつもはそうなのですが……かつお節で取っただしは、「だしの味」だけを追加することはできません。それ以前に、顆粒だしは少し塩分が強めなのに、かつお節から取っただしにはあまり塩分を感じず、普段とは全く違う味がしました。

足りているのかいないのかも分かりませんが、どちらにしても、もうどうすることもできません。いざとなったら天下のうま味調味料「味の素」様にご登場いただくことにして、いつもと同じくらいの味噌を溶かし入れます。
そして再度味見。
「なにこれ……めちゃくちゃ美味しい」
顆粒だしの代用品は、本物以上の力を発揮していました。
昔共働きの両親に「なんでわざわざだしを取るの?時間かかるし、顆粒のでいいじゃん」と言ったことがあります。それに対して父が「だってこの方が美味しいんだもん」と言いました。

お父さん、わたしはこの年齢になって初めて、あなたの言葉の意味がわかりました。

ちなみにだしを取るところから味噌汁の作り方を教えてくれたのも、味噌を入れる前に味見をすることを教えてくれたのも父です。

かつおだしの味噌汁は顆粒だしの味噌汁とは別の料理でした。
塩分は強くはないのに、きちんと味を感じます。むしろ、味噌の味がより引き立てられて「味噌汁」らしさが出ています。
自分の料理レベルが上がった気がしました。
気のせいでした。かつお節様のお陰です。
ともかく、味の素閣下にお出ましいただく必要はありませんでした。

残っただしは、そのまま適当に野菜と鶏肉と調味料を入れられて謎の煮物になりました。よくつくる謎の煮物ですが、こちらも今までで最も美味しい出来になりました。興が乗って謎の魚の煮つけまで作りました。
かつお節……あなどれない。

その後、大袋のかつお節がなくなるまで、かつおだし生活が続きましたが、これにも終わりはやってきます。他にだし代わりになるものは無いかとシーチキンの缶を手にしましたが、さすがに実行しませんでした。


スーパーの乾物売り場にて、かつお節の前をうろうろしたあと、顆粒だしの前をうろうろし「うーんどうしよう」などと独り言を言う気持ちの悪い女に出会うことがありましたら、それは私です。
うっかり声に出すほど迷いました。かつお節のだしの方がはるかに美味しかったのは事実です。しかし、だしはもたないこともわかりました。一度味噌汁のためにだしを取ったら、もう一品だしを使った何かを作らなければいけなくなります。たまに味噌汁にご飯を入れた猫まんまだけで夕飯を終わらせる私にとっては、とてつもなく面倒な工程が増えたことになります。
冷蔵庫に保存してもいいのですが、我が家の冷蔵庫は容量がそれほど大きくないので、だしのためだけにスペースを消費するのは気が引けます。

最終的に顆粒だしを手にレジに向かいました。
わたしは両親のように、面倒くささより美味しさを取る人間になることはできませんでした。

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