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[エッセイ]都電荒川線に乗って書きました

お蔵入りしていた文章が一つあります。
そもそもnoteに載せるつもりはなくて、何かの元にしようと思ってまとめたメモのようなものなんですが、書いてみたらなんだかとっても長くなって、見直すのも大変だし、読むのもつらい文章なので転がしておいていました。
ところが先日これを見つけました。

この中の「電車に乗って書きました」の内容そのものだったので、蔵から出してきました。
正直どうなるか分かりませんが、記事にしてやろうと思います。

さて、ここから、実際に電車に乗りながら文章にした(というより、乗りながら書いたスマホのメモを修正してなんとか文章にした)都電荒川線乗り降り日記です。
丸一日かけた記録はどうなってしまうのでしょうか。

大塚駅前

学生時代に行き慣れていた大塚駅からスタートした。駅の周囲は学校を卒業する少し前くらいから綺麗に整備され始めていたからそれほど違いは見当たらない。古かったころの記憶の方が強いようで、思っていたよりもきれいだと思ったけれど、この光景にも見覚えがある。

都電荒川線に乗ることは決めていても、どちら方面に乗るか決めていなかった。
なんとなく最初は来た方に乗ろうと思っていたが、今日は早稲田方面にはあまり気持ちが向かないことと、確か記憶にある商店街三ノ輪橋にあったはず」ということで、ひとまず三ノ輪橋行きに乗った。
運賃は一乗り大人170円(ICカードの場合168円)で、都電一日乗車券は400円だ。3回乗り降りすれば一日乗車券の方が安くなる。降りる駅はその場の気分で決めたかったので運賃など考えなくてもいいように一日乗車券を購入することにしていた。

電車の写真を撮りたかったが、小心者なので時刻表でお茶を濁す。

思ったより本数が多い。もっとローカル鉄道や、バスの時刻表を想像していた。

前乗りで先払いなので、お金を入れずに、こわごわ運転手に一日乗車券を購入したいと伝えると、優しく買い方を教えてくれた。
降りる客も多いが乗る客も多く、景色を見たかったのに窓際に立つことはできない。進行方向左側に設置された長椅子の前のつり革につかまって立つことにした。

庚申塚

車内放送でこの駅からとげぬき地蔵に行けることを知る。
ということは、ここがお年寄りの原宿と言われる街なのかもしれない。帰りに降りてみようと決める。
この駅も乗り換えが多い。車内放送を聞いた後だからかもしれないが、乗り降りする客はお年寄りが多い気がした。

新庚申塚

都営三田線への乗り換えはここという車内放送が流れるが、思ったよりも人は動かない。途中列車が車道を横断する箇所があった。

西ヶ原四丁目

事前の謎調査で、謎に家賃相場の安いところの一つだが、普通に住宅地に見えて気になる。

でも、ひとまずは通り過ぎる。一度三ノ輪橋まで行ってから降りたい駅に降りていくことにした。ここでは先ほどまでに比べて学生さんくらいの若い人の乗り降りが多い。
駅のホームのすぐ向こうに cafe&bar の看板が見える。店の前の立て看板にはメニューが書かれていた。カレー、生姜焼き、パスタ……。カフェとは言うものの結構しっかり食べられそうである。この近くに学生さんが住むなら非常に便利かもしれないと思った。値段を見るのを忘れてしまった。後で調べられるだろうか。

滝野川一丁目

線路のすぐ脇が住宅地になっている。テレビを見ているおじさんとかも見える。
駅から出てすぐ、車窓から高校が見えた。

飛鳥山

線路脇の住宅の向こうから、道幅の広い車道がこちらに迫ってきている。
線路は飛鳥山駅を出ると、その迫る車道に直行している同じくらいの幅の車道へ、ぐいと曲がって侵入していく。
車内放送で電車は王子駅前までそのまま自動車と並走することを知る。安全のため急ブレーキをかけることがあるから、立っている乗客に注意をするようにというアナウンスが入る。バスと同じ内容だなあと思った。
車道に出ると揺れも大きくなる。
そういえば、都電の車内はバスの要素もあることに気づく。一番それらしいのは押しボタンだ。降りる前にこれを押さなければいけないらしい。飛鳥山から乗車して王子駅前で降りれば、バスと勘違いするかもしれないと思う。

王子駅前

ほとんどの乗客が下りて行った。ホームが何かのアトラクションの入口のようだと思った。どうしてだろう。
目の前に坐っていた乗客が降り、出口から見てわたしよりも奥に立っていた乗客も降りたいようだった。動線をふさがないために、しかたなく目の前に空いた席に坐ったが、座ると外が見えず、失敗したと思った。しかしここで立つと不審かもしれないからもう立つことはできない。

栄町

線路の向こうが家であることだけは見える。あまり乗る人間もいないし、降りる人間もいない。王子駅前でかなり減ってそのままだった。

梶原

やはりあまり降りる人間はいない。
外が見えないし書けることが減ってしまった。

荒川車庫前(降車)

坐ったままでは外も見えないが、突然立って窓にすり寄ると不審な動きをする不審な人間になってしまう。
しかたがないのでここで用事があるふりをして一度降りることに決める。
前に都電荒川線乗り降りをした時にも降りた場所だった。確か都電のターミナル駅になっていて、今は休憩している車両が並んでいたはずである。しかし、特にそれ以外には何もなかったと記憶していた。
車庫の前で電車と一緒に記念撮影をする親子連れを見つけた。自分も電車を撮ろうと思ったが恥ずかしくて隠し撮りのようになる。

親子がいなくなってからもう一枚リベンジするが、スマホでこの距離には無理がある。カメラを出せばいいのだろうが、その勇気はまだない。
親子連れは恐ろしい。不審者と思われたら何もしていなくても警察を呼ばれてしまう。「あの怪しい女がうちの息子を隠し撮りしようとしていました!」と通報されたら人生終了だ。
しっかりと自己防衛を意識しながらの電車の隠し撮りが終わり、先ほどの親子連れが行った先を見てみると、屋外展示のようなことをしているのが見える。おっかなびっくり近くまで行ってみると、このような看板が出ていた。

以前来た時にはなかったものだ。広場の中には二台の列車が並び、親子連れが二組と男性が一人、展示を見たり、運転の体験をしたりしているのが見える。
入ろうかどうしようか迷っていると、入口のすぐ左でカウンターを握っているおじいさんに、「空いているからすぐに入れますよ」と声をかけられた。これは、この明らかに不審な女が一人で入ってもいいということだろう。そうですかと精一杯の外面笑顔を返して、入口のアルコールで手を消毒し入る。
入ってもいいということは、他の入場者がやっていることはやってもおかしくないに違いない。早速カメラを取り出して、左のフェンスに沿って縦に置かれた列車に近づく。運転席には謎のマスコットが座っていた。

カメラで撮れたものはこれだけである。
小さな男の子が楽しそうに列車の運転席で遊んでいるその近くで、30代の一人の女がごついカメラを持ってうろうろすると、ママ友LINEで「不審者情報」として共有されてしまうと思われた。スマホカメラなら、まだ警戒されないでいられるだろうと思い、まず、列車の入口の展示パネルを撮る。

ちなみに撮りながら実況のようにスマホにこれをメモをすることも忘れていない。たびたび立ち止まってスマホに何事かを書いている姿は、善良な市民諸君に見てほしくない。
悪いことはしていないから見逃してほしい気持ちだ。

わたしは列車には詳しくない。写真を撮ったときに絵として綺麗とか、その程度の興味しかない。いや、ここで誰か詳しいオタクが登場して解説を加えてくれたら興味を持てたのかもしれない。しかし、この時のわたしは展示をみても「ふーん。なんかすごいっぽいな」だけで終わった。それよりも興味を持ったのは列車内の展示だった。

上が昔の車掌の持ち物、下が今の持ち物らしい。それぞれ用途等の説明はないが、何に使われるものか、どうして変わっていったのか、考えるだけでも楽しい。
というか、昔の車掌の「補導員」という腕章は何なのだろう。今補導というと、警察が夜もふらふらしている未成年に、「ちょっと、早く帰りなさいよ」とか話しかけていくあれだが(それだって、わたしには馴染みがない)車掌がその役割を果たしていたとも考えにくい。一体何の役職だったのだろうか。ちなみにこの列車の中にはジオラマもあった。かわいい模型が並んでいたので、そちらだけ撮った。ジオラマは取るならカメラを出したかったのだが、親子連れがいて怖かったので(以下略)

こういうもの、買って並べてみたいけど、場所がないなといつも思う。
そういえば、都電は実際にも、このように皆一両編成で走っていた。
その様子が、ちまっこい列車がコロコロ動いていくようで可愛らしかった。

もう一台の列車は広場の奥の壁に沿って横方向に置かれていた。こちらも入り口にパネルがあったのでなんとなくとってみる。

やはり「ふーん」である。
列車の中は写真や絵が飾られていた。乗客の乗っていない車内はここでしか撮れないのでは?と気づき、車内の様子だけ撮ってみる。

そしてファインダーを通して初めて、頭上に扇風機がついたり、床がかなり木らしい木だったりして、古めの車両だと気づく。これが現役だった時、ここからどんな景色が見えていたのだろうか。

はてさて一通り展示を見終わり、足取り軽く広場をあとにしようとすると(本当にスキップしかけた)、入口のおじいさんが、「定期券売り場の奥で、都電のマスコットキャラクターの『とあらんくん』のステッカーがもらえるから、記念に持っていくといいよ」と教えてくれる。定期券売り場はこの広場よりも手前にあった事務所のようなところで、入口のガラス戸にはいろいろなポスターやらお知らせやらが貼られていて中の様子は見通せない。以前来た時は、荒川線沿線の観光ガイドをもらったが、今回は寄らなかった。

おじいさんは本当に優しい良い人だったのだと思う。わたしが入って即カメラを出して「とあらんくん」を撮っていたからきっと好きなのだろうと思って教えてくださったのだと思う。でもね、あの中の見えない扉を開ける勇気も、その奥まで行って「とあらんくんステッカーが欲しいです」って言う勇気もあるわけない。何ならドア開けた瞬間の「誰お前」っていう空気に耐えられなくなってそのまま家まで帰る自信がある。

一応ガラス戸のポスターの隙間から中をのぞいたのだけれど、その向こうにももう一枚扉があって、そのすぐ向こう、ほとんどスペースなく、受付台のようなところに人が座っているのを見て逃げ帰ってしまった。

そういえば駅を降りた時に、すぐ目の前におしゃれな喫茶店のようなものを目にしたなと思って見に行ったのだけど、いかんせんおなかが空かない。一応線路の近くの植物をいくつか撮って帰るために次の荒川遊園地前まで線路沿いを歩くことにした。

荒川線は線路沿いに薔薇を整備していて、お祭りとかもあったような気がする。

このようにそのあたりに植えられている薔薇の解説がところどころに置かれている。薔薇の時期ではなかったためか、紫の薔薇以外は見つけることができなかった。周りの薔薇の綺麗なところを写真に収めようと捜していると、もっと撮りたいものを見つけた。

都電荒川線には薔薇のイメージよりも、フェンスに絡まったヒルガオのイメージがあったのだが、やはり咲いていた。
場所はフェンスではなかったけれども。きっと捜していけばどこかでフェンスに絡みついているのも見つけられるだろう。
薔薇も撮っておいたがあまりぱっとしなかった。年中咲いているものではないから仕方がないのかもしれない。

ついでにせっかくだから仕事をしている車両も撮ってやった。

本日わたしが見た都電は、何色かあった、紺、黄、緑、臙脂。その中でもこの色はなかなかいいと思う。

どうしても行先の表示がきれいに映らない。シャッタースピードとかの問題だろうけど、そこまで凝る気にはならなかった。踏切を渡って反対側に行き、線路沿いを次の駅に向けてもくもくと歩いていく。

そして到着した駅は梶原駅だった。方向を間違えていた。線路沿いに歩いても迷えるという自分の才能が恐ろしい。

梶原(乗車)

一度線路を渡っているので、ついたのは早稲田方面行きのホームだった。
梶原駅に着く少し前のあたり、赤い舗装の道が踏切の手前から伸びていて、その道沿いに「都電もなか」の看板を下げた和菓子屋が見える。少し迷ったが荷物が重くなっては帰りがつらくなるだろうと、寄らずに駅の方へむかった。
梶原駅ホームには古書店が張り付くように建っていて、ホーム側に入り口を開けている。タバコ、新聞も売っているようで、駅の売店のような位置づけになっていた。面白い形のホームを眺めて、帰りも一度ここで降りようと考えながら三ノ輪橋方面のホームに上る。
荒川線の列車はこの時間7分に一本くらいのペースでやってくる。線路沿いを歩いているときも何本かの電車に追い抜かされた。はたして、梶原駅にもすぐに列車がやってきた。一日乗車券の使い方がわからず、カードを通す部分に差し込もうとして、「見せればいいんですよ」と言われる。
恥ずかしいから使い方は切符の裏に書いておいてほしい。

荒川車庫前降車ホーム

降りた時には気づかなかったが、荒川車庫前の駅は降車用ホームと乗車用ホームに分かれていて、こちらのホームで待っていても列車に乗ることはできない。どこも無人駅なので(車内改札だから有人である必要がない)乗車のできないホームにも入って待つことができるのが罠である。

荒川車庫前乗車ホーム

降車ホームから80mほど三ノ輪橋方面に行ったところに乗車ホームがある。
降車ホームと乗車の間に車庫へ続く線路と切り替えがあった。これの関係でホームがわけてあるのかもしれないが、よくわからない。待っている乗客を乗せて、列車は進む。そのうち周囲の家が広そうな良い家に変わっていく。

荒川遊園地前

「遊園地」という名前に少しわくわくする。車内も子どもも反応していた。しかし、地図で確認してみると、ここにあるのは体育館と野球場だけのように見える。
確か、以前来た時も遊園地と聞いて降りようとしたが、調べてみるとそんなに面白い施設でもないことがわかって降りなかった覚えがある。

小台

荒川線沿線で一番、賃貸の価格が安いところだったはず(スーモによると)。
いつの間にか車道の路側帯にあたる場所に線路が敷かれ、そこを走っていた。窓の外に見えるのは、まいばすけっと、割烹、あとは住宅である。まいばすけっとは本当にどこにでもある。しかし、あれがあるということは、住んでいる人間もいるということなのだろう。
駅ではベビーカーに乗せるような子どもを連れた親子が多く乗ってきた。家賃が安いが、学生向けではなく、若い家族向けの物件が多いのかもしれない。

宮之前

車道の向こうにジョナサンが見える。住宅は減っていき、車道は二車線に変わっていた。

熊野前

広い駐車場を持つサイゼリヤが見えた。若者~幼い子ども連れが多く乗ってくる。このあたりにお年寄りはあまりいないのかもしれない。先ほどよりは独り身のような若者が増えた気がする。

東尾久三丁目

ホームのすぐ向こうに、再びまいばすけっとが出現する。
ホームの横幅はとても狭く、人がすれ違うと方がぶつかりそうだった。近くの歩道にちらほら中学生くらいの制服をきた女子学生が歩いているのが見える。近くに中学校でもあるのだろうか。

町屋駅前

年齢の偏りなく、ひたすら乗り降りが多い。
駅前だからなのかもしれない。そこから先は、線路の隣にすぐ家が迫っていて、庭から生えた草木が線路側にしなだれかかって花を咲かせていた。

荒川七丁目

大きく線路が曲がり、線路に沿っているのは連続した長い塀である。
そういえばこの近くに広い公園のようなものがあったのを思い出す。

荒川二丁目

駅の向こうに「三河島水再生センター公園」の白い立て札が見える。
先ほどから続く壁はこれなのかもしれない。駅を出て少ししたところで塀は終わっていた。そして静かな住宅地に入って行く。マンションよりは広めの一軒家が多く並ぶ。

荒川区役所前

「区役所」とつくので町の中心部を想像するが、とても静かである。
ここまで来ていた子連れはみなここで降りた。相変わらず一軒家が並んでいる。線路の近くに二階建ての平たい立体駐車場が見えた。車を使って生活する世帯が多いのかもしれない。

荒川一中前

少し古そうな住居が増えていく。

三ノ輪橋(降車)

列車を降りて、すぐの細い路地を通り抜けると商店街がある。
商店街の道幅は極端に狭いわけではないが、両側の店の前に客が止まってしまうと、真ん中を人がすれ違うのは難しい。あたりは今列車を降りたばかりの客でごった返している。記憶にあるものよりはるかににぎやかだった。

以前ここに来た時に入った喫茶店を探して商店街の奥、荒川の方向へ歩いていく。手前には惣菜物屋、八百屋、肉屋、今やどこにでもあるチェーン店の薬局、さらには地域住民向けの展示スペースや、無料の貸本スペースなどが並んでいる。しかし、商店街の端へ行けば行くほどシャッターを下ろした店舗が増えていった。
五分ほど歩くと、端までついてしまった。その向こうには先ほど通り過ぎた。荒川一中前の駅が見える。捜していた喫茶店はみつからなかった。ほんの五分の距離なのに、商店街の端っこは本当に静かだった。あまり店舗に人の気配はない。シャッターのしめられた店舗の二階に目を向けると窓のギリギリまで詰め込まれた荷物と、窓の外のわずかなスペースに置かれた、段ボールや赤いポリケースも見えた。たまに自転車の親子連れが通っていく。
店がなければ人が止まらず、人が止まらなければ声も聞こえない。閉めている店の中には祝日で休業中の店もいくつかあるだろうが、ほとんどがもう営業していないようだった。探している店ももうないのかもしれない。そう思いながら、商店街を三ノ輪橋駅の方に取って返した。店舗は切れ目なく道の両側に壁のように並んでいると思っていたが、その壁の間に切れ目があることに気づいた。店と店との間に人ひとり通れるような道があることに気づいていなかったのは、屋根が終わりから端までずっと続いていて、切れ目のような道の頭上、二階くらいの高さまでトタンでできた壁が店の壁代わりに屋根からぶら下げられていた。雨風が通行人が当たらないためなのかもしれない。あれさえなければもう少し商店街も明るくなるのにと思った。

三ノ輪橋駅に近づいて行き、また込み合ってきた。総菜屋と肉屋の間は商品を購入しようと選んでいる客と、そこを通ろうとする人とで、通り抜けるのは一苦労だ。その手前の切れ目に入り込んで商店街の反対側の端からまた戻ってくる形で、喫茶店探しをしようと考えた。
横道に入ると、突然左手の壁に101、102と書かれた扉が現れた。ここがホテルの廊下であるならそれほど異様ではなかったが、手前に横切っているのは屋外の雨ざらしのコンクリートの道である。このドアの向こうは一人暮らし向けの部屋なのだろう。扉を通りすぎて少し行くと、建物と建物の狭い隙間に階段が見える。そのうえのわずかなスペースにも住居があるようだった。先ほど降りた三ノ輪橋行きの終点のホームを抜けると、今度は早稲田行きの三ノ輪橋駅ホームが見えた。早稲田行きの列車が発車時刻を待っているので、カメラに収める。

駅に入るところに、時代を感じる看板がある。古めかしい字体をなんとなく写真に残した。

三ノ輪橋(乗車)

今度は迷わずスマートに一日乗車券を見せて乗車できた。
早稲田方面行きの線路に三ノ輪橋行きの線路がぐにゃりと曲がって交差しにいく、周りの風景から浮いたタピオカ屋がいやに視界に残る。
乗客が少なくて、窓に張り付いて立っていると目立つ気がする。気になって仕方ないけれど、一度座るとダメなことはもうわかっているので頑張って目立ち続ける。

荒川一中前

近くに学校が見える。ごちゃごちゃしていた建物群が少しスッキリする。
やはり、車向けのスペースが多い。

荒川区役所前

駅の目の前に車道が交差していた。
列車が車道の信号待ちのために、少し進んですぐ止まる。
家のなかでランニングシャツのおじいさんがタバコ吸ってるのが見えた。

荒川二丁目

広場で子どもが遊んでいる。

荒川七丁目

駅の手前で信号待ち。電車のくせに何度も車道の信号で待つ。

町屋駅前

デニーズ、パチンコ等娯楽施設の複数はいった大きな建物がある。
老若男女たくさん乗ってきた。やっと立っていても不自然がないくらいになった。目の前に制限時速30kmの車道が並走しはじめる。

町屋二丁目

並走する車道が二車線になった。高そうなマンションが視界に入る。

熊野前

すぐ手前に交差点があり、日暮里・舎人ライナーへ乗り換える小さい駅がある。二階建てで上が列車のホームのようだ。
二階にあがるエスカレーターがある。エスカレーターの手前は舗装されていて、ベンチと木がある。そこで親子が遊んでいる。
熊野前駅の目の前は紳士服店がある。この先自動車と並走する。駅を出てすぐ、電車の両側にあった柵が低くなっている。
(わたしのスマホのメモに「まだ侵入はできなそう?」と書いてあったが、いったいどこに侵入するつもりだったのか)

宮之前

列車はひたすら車の信号に従う。
並走する車道が二車線になっていて、その向こうに有料駐車場がある。
二車線と一車線の交わる交差点も通っていく。

小台

お腹が痛くなってきた。
車線が減っている。創立97周年の旗が屋上から下がっている小学校がある。

荒川遊園地前

風景ががしゃがしゃしだした。

荒川車庫前

足が痛い。
下着みたいなパンツのおっちゃんがサンダルでホームをうろうろしている。
おばあちゃんを送ってきたらしい。

梶原駅(降車)

都電もなかを買いたくて、一度降りた。
降りるのわすれるところだった 社内アナウンスの「東京さくらとらむ 町田行き」に気を取られてた。「都電荒川線」は知らないうちに「東京さくらとらむ」とかいう洒落た名前になっていたらしい。ここまで来て初めて知った。
線路まで続く赤い道が綺麗だなと思って撮ったけれど、あんまり赤が出なかった。

梶原駅(乗車)

ついに、ホームにはりつく変な本屋に接近。
ホーム側の他に出入り口があると思っていたけれど、全部がホーム側に向いていた。タバコ、新聞も売っているらしい。店主おじさんは子どもと楽しそうに話している。顔見知りらしい。そういう関係性がちょっと羨ましい。
間もなく電車がやってくる。子どもがおじさんに手を振っている。
わたしは一部始終聞いていたけれど、興味がないし聞いてないよという顔で電車に乗り込む。

線路の両脇は住宅がせまっている。たまにみえるのは狭い歩道。

栄町

だんだん「なんか聞いたことのない駅名だけど、来たとき通ったっけ?」などと考え始める。メモを遡ると記録があるので、通ったらしい。
沿線に大きめの家が増える。
少し高くなったところに別の路線の線路が走っていた。別の路線の線路は少しずつ高くなっていって、王子駅前ではもう壁しか見えなくなっていた。

王子駅前

JRの王子駅は少し高いところのふきっさらしになっているみたいだった。都電は車道に入りその高架をくぐっていく。高架をくぐったあとは上り坂だた。列車は車に比べて少し重そうに、四車線の一番右の車線を進んでいく。車にどんどん追い抜かれてしまう。そういえば、ここの近くの博物館に行ったことがあるような気がする。

飛鳥山

線路のすぐ横は歩道になっていた。その向こうにこちら側を向いたよき雰囲気の喫茶店などがある。ちょっと入ってみたい気もするけど、おなかの調子が良くないからやめておく。

滝野川一丁目

次は行きの時に降りようと思っていた駅だったが、少しためらった。なぜなら、周りには本当に民家しかない。
ここの住人以外が降りたらすぐさま通報されるのではないか?という気がしてならなかった。

西ヶ原四丁目(降車)

被害妄想を振り払って降車する。
降りた直後の「まあいいけど微妙だな」と思っているときの写真がこれ。なんか一度にたくさん赤信号が視界に入って面白くて撮ってみたけど、写真にすると微妙だった。(切り取り方もあると思うけど)

すぐ近くに天理教の教会、もう少し歩くといわゆる普通の教会、喧嘩にならないのかどきどきである。道沿いにはマンションが並ぶけれど、一本裏に入ると一軒家が多い。住所は滝野川になっていた。学生がすむのはありなのかもしれない。まわりは結構静かで、騒がしい店もない雰囲気だった。しかし西ヶ原は手前までと線路を挟んで空気が違っていた。向こう側は色々な商店があるようで賑やかになっている。
線路を渡って賑やかな方には行かずに、線路沿いの道に入る。両側に草が生い茂っていて、途中オシロイバナやらキバナコスモスやらが道を塞いでいるように見えるが、一人通るくらいの間はあるし、足元は舗装されていた。

白粉花の先に古いビルが見えた。こちら側、つまり線路沿いの道側が入り口らしくたくさんの自転車が止められていた。さらにその先にあるのは、建物の反対側の車道に面した店舗の裏口のようだった。いい匂いがしたが、店舗の排気ではなく梅の実だった。

(植物がたくさんいて、写真を撮るのに夢中になり、文章がおろそかになっている)

おしゃれ風の壁

の手前にヒルガオ発見!

残念ながらみなしぼんでいる(PM4:00)けれども、テンションがあがってよくわからない写真が増えている。

なんだか楽しくなってきたのでさらに一駅分歩いてみることにした。

お前も一緒にあるくかにゃー?

そのうち建物にぶつかって線路脇をあるけなくなった。わたしの進行を阻んだのは、今日一番の謎の建物。

この扉、二階くらいの高さにある。ここから入るには梯子が必要だけれど、どうするのだろう。

建物自体も薄くて謎にあふれている。
線路わきを離れて次の駅に向かう。

新庚申塚(乗車)

とかなんとかメモを追加していたら、あっという間に次の降車駅についてしまった。

庚申塚(降車)

草むらの中を歩いた時に蚊に刺されたようで、足がかゆくなった。痛くなったりかゆくなったり忙しい奴だ。
遂に初めてお年寄りの原宿に降り立った。すぐに「巣鴨の母」が見える。気になって仕方がないけれど、まずは赤いなんとかが売っているのを見たい気持ちでいっぱいだ。

商店街のBGMがパッヘルベルのカノンで、不思議な気持ちになった。なかなか商店街のBGMのチョイスとして聞かない気がする。
もしかして、ここで、わたしの過去のnoteも見ていて、ここまで脱落せずに読んできた奇特な方は気づくかもしれないけれど、この日は珍しくイヤホンをせずに歩いている。だから、外界の音が聞こえる。なるべく見聞きしたものを書きながら歩こうと思っているのに、聞こえなかったら意味がないから外してきた。おかげでいつも以上のビビりと挙動不審っぷりを発揮しているし、なんならたまに独り言をしゃべっている。
周りにいるのがおじいちゃんおばあちゃんであっても、いつ通報されるか分かったものではないので、何かの神社と赤いパンツは見たけれど、写真は撮らず、心のフォルダにそっとしまう。
どうしても気になって仕方がなかったので、適当な占いの店に入ってみることにした。
その時のことはこのnoteに

書いたと思っていたけれど、書いてなかった。仕方がないので、メモをそのまま書き写す。

勢いで手相を見てもらった。占い師のおじさんはどちらかと言うと物語に出てくる探偵みたいな風貌だった。
まず何が知りたいのかとか聞かれるのかと思ったら、わかることをどんどん話してくれる感じらしかった。
生年月を聞いて「さんへきなんとか」というのだと言ってくる。何のことかは全くわからない。それから私の手に何やら書きこみながら、手相を見てくれた。芸術の線があるとか、右脳と左脳どちらもよく伸びていてあたまいいとか、寿命は90まで確実とか、結婚一回でうまくいくとか、知能線に魚がいるから伸びやすいとか、ビーナスラインがなんたらとか、いいことをたくさん言われた。結婚は一回でうまくいくけど、婚約までで戻ってくるとかは書いてくれてないんだなと思った。一回でうまくいくために結婚未遂になったのかもしれない。
最後に聞きたいことがあるか尋ねてくれる。今後のことを詳しく調べるにはタロットとか必要らしいけど、そこまでわかってしまうのはなんとなく怖くて見てもらわなかった。「明日から90歳まで死ぬほど苦しんで生きる」とか言われたら立ち直れない。手相を見ながらたくさん書き込まれたけど、そのままどこかに行くのは恥ずかしいから、駅のホームにつくと、ウエットティッシュで拭って消した。魚だけなんとなくかわいいから残しておいた。消す前に写真に撮っておけばよかったと思った。

庚申塚(乗車)・巣鴨新田

手に書き込まれた手相が意外と落ちなくて一生懸命拭っていたら、数駅過ぎていた。

大塚駅前

迷ったけど降りないことにした。乗客はかなり減った。
駅前は開けてきれいになったが、よく使っていたカラオケ店周辺はそのままだった。良い雰囲気の酒屋などは、学生時代は入れなかったけれど、今いけば楽しそうだと思った。

向原

雰囲気は大塚と大差ない。
このへんに住んでる後輩もいたななどと思い出す。
綺麗な建物がふえてくる。すぐ隣に別の路線の線路が走り始める。
本格的に電車っぽい雰囲気になってきた。

東池袋四丁目

がちゃがちゃした池袋の裏側って雰囲気の場所。

都電雑司ヶ谷(降車)

昔この近くに住んでいたような気がする。
ここで降りて、次の鬼子母神前まで、前に住んでいたあたりを探してあるいてみようと踏み出すが
「やべえここどこ?」
と数歩で迷う。
目の前に工事中で通れない道が現れたので、適当に迂回して、なんとか渡って見覚えのある景色が出てくるけれど何かおかしい。雰囲気が違う。
どこか見た町並みのはずなのに、少し歩くと見失う。知らないうちに見知らぬ町に入ってしまったみたいで不安になり……じゃなくて、やっぱここ違うじゃん駅間違えた。とりあえず、鬼子母神駅まで歩く。

鬼子母神前(通過)

こちらの駅が前に住んでたあたりだった。
たしか最寄りは都電ではない方の雑司が谷駅だったのかもしれない。
電車に乗らずにまず昔の駅から家までの道をたどる。
ほとんど変わりなく、コンビニ、和菓子店、家具の素敵な喫茶店が見慣れた景色のまま並んでいた。
公園だけは広くなってた。

深夜に友だちの失恋話を電話でひたすら聞いてた公園である。学校からの帰り道、「うちに着くまでの間なら話聞くよ」と言った手前なんとなく家に着くわけにはいかず、真冬の屋外で22時くらいから2時間電話をした懐かしの公園だった。
あの頃はブランコと鉄棒と藤棚の下のベンチくらいしかなかったのに、向こうの段差の下に向かって鼻の長い滑り台が設置されている。滑り台の向こうでは子どもたちが駆け回って騒ぎ回っている。
和菓子店も喫茶店も大学の時は何となく入るのがためらわれたなと思った。
ここに住んでいたときは既に病み始めていたんじゃないかと思った。もっと景色は全体的に暗くて、視界がとても狭い感じがしていた。
今完全に治ったわけではないが、ここにいたころよりはまともになっているんだろうと思った。

鬼子母神前(乗車)

かなり足が痛くなってた。待っている間ホームの椅子に座るが、乗り込んだ後は窓に張り付いて立っていることは忘れない。もう暗くて列車の外は見えにくい。神社の敷地が提灯で照らされていた。

東池袋四丁目(降車)

ここで池袋駅まで歩いておしまいと考えて、JRの液に向かって歩き始めた。しかし、歩いている途中で池袋の駅前や構内の混雑を思い出して引き返してくる。池袋駅に向かう途中、夕日が赤くて綺麗だったから写真に撮りたかったけれど、池袋の人混みの中じゃ撮れないなと思った。大塚駅前なら許されるかもと思った。大塚駅前にもどることにした。

東池袋四丁目(乗車)

まだ空が赤いと思ったら、高架の屋根にうつった赤いサイリウムだった。
窓の外は背の高い建物が目立つ。
どの建物もみんなしたの方から街の照らされている。ベランダはきっと明かりの目隠しなんだ。

向原

降りる人はいない。数人乗ってきた。
都電が真横からクルマのヘッドライトに照らされる マンションが多い。
反対側は夜のお店が目立ってるだろうなと思った。

大塚駅前(降車)

旅はおしまい。
明日は筋肉痛だなと思った。

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