見出し画像

夏蜜柑


「なにがおかしいのよ」
まる裸の夏蜜柑が言った。
ひと房口に含むと、
ぐじゅり
もう何も聞こえなくなった。

なにがと言われても、
おまえ以外のすべての夏が、
という他ない。
かぐわしい精油の香り、
ぽろぽろ崩れる金の粒。

あとは白くひかる遠くの街と、
渦をまく蚊柱、
乾いた乱杙歯、
なにかのしっぽ
だけが。

こんなにすずしくて、
誰からも望まれて、
お前は幸せだよ、と
夏蜜柑に言ってみた。
口の中になにかがしたたり、
もう聞こえていないとわかる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?