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五十嵐唯織に医師免許は必要か

ラジエーションハウスは病院の放射線科に所属する放射線技師たちにスポットを当てたドラマである。医師が主人公になりがちな医療系ドラマとは差異が明らかであり、2期目と劇場版が制作されるほどの人気ドラマ作品と言って差支えないように思う。

放射線技師が一体どのようにドラマを動かしていくのだろうと、同じコメディカルである薬剤師として、ドラマが始まるまでは楽しみにしていた。

主人公の五十嵐唯織は、豊富な医療知識をもっており、撮影写真やデータをみているだけでなく、実際の患者にも直接アプローチする。イメージしていた放射線技師とは全く違い、ユニークな人物として描かれていた。
しかし実は、五十嵐は放射線技師でありながら、医師免許を持っているということがドラマ序盤で視聴者に明かされることになり、私はその設定に驚き、そして一気に興味を失ってしまった。

どちらのライセンスで仕事をするか考えたとき、医師として働くことをまず考えるのが一般的であろうと思う。どう働こうと本人の自由である。もしかしたら、医師の責任や重圧に耐えられなくなり、あえて医師ではなく放射線技師として仕事をしていることだって十分にあり得るし理解できる。しかし五十嵐が放射線技師として働いている理由はそうではない。作中で明かされる理由としてはこうだ。五十嵐の幼少期の頃に、意中の幼馴染(医師志望)から助手として将来手伝ってほしいと口約束したことがきっかけであり、無事に放射線技師の資格(と医師免許)を取得して、約束を一途に遂げているということらしい。正直、理由としては弱いと思わざるを得ないが、五十嵐のユニークな性格とキャラクターが、その理由付けの弱さを多少はフォローしているとも言える。
とはいえ、理解し難いには変わりない。五十嵐の同僚たちも、彼が医師免許をもっていることを知ると態度が一変し、無視を決め込むという拒否反応が現れた。ただし、作中では五十嵐の医療人としての態度や姿勢に、徐々に拒否反応は解除されていくという形で和解が成立する。
しかしながら、視聴者である私は、違和感は払拭できなかった。ただし、その違和感は五十嵐に向けたものではなく、この作品の設定に感じた違和感だ。
もしも、五十嵐が放射線技師免許の他に持っている免許が医師免許ではなく、看護師免許であったらどうだっただろうか。おそらく、ラジエーションハウスの同僚も、視聴者である私も拒否反応を示さなかったであろうと思う。なぜなら、看護師は放射線技師の「上位互換」ではないからだ。
病院における医師は常にヒエラルキー最上部に君臨している。それは、医師が診断、治療方針の最終決定を行うコマンダーであるからだ。医師のコマンドによって看護師やコメディカルは行動することができる。それぞれの職種はそのコマンドが正しいかどうかを見極め、問題なければそのコマンドを実行する。医師からのコマンドがなければ看護師はじめコメディカルはその職能を発揮できない。
要するに、医師はすべてのコメディカルの上流に位置する存在なのである。これは構造上仕方のないことだ。ただ、仕方のないことだとしても、そんな存在が、自分の部署にいたらどうだろう。自分のしていることや仕事ぶりなど、常に見透かされているような感覚に囚われてしまうような気がして、私はいやだ。

ではなぜ、五十嵐は医師免許を持たされなければならなかったのか。その理由としては、やはり従来の、昔からある医師が主人公である医療系ドラマのフォーマットからの脱却が出来なかったからであろう。いや、本作については、最初からその脱却を志向していたかどうかも怪しい。主人公は医者ではないが従来通りのフォーマットに乗せる、最短の抜け道がこの方法だ。
放射線技師が主人公のドラマは非常に珍しい。自分たちの職業がドラマになるということで楽しみにしていた放射線技師は多かったはずだ。にもかかわらず、「なんだお前、結局医者かよ、ケッ」と思わずにはいられない展開では、自分たちの職業がバカにされたと感じた人もいたのではないだろうか。
コメディカル(本作では放射線技師)が医師と診断をめぐり対立するが、説得や工夫を試みて結果的に患者の最大利益を向上させる活躍をみせる。そんなドラマ展開を私も含めて期待していたはずだ。
五十嵐は、放射線技師のシングルライセンスと豊富な知識と経験さえあれば、患者の最大利益に貢献できるだけのポテンシャルは十分にある。その可能性に目を向けず、全ての理由付けのために医師である設定を安易に持ってきてしまったことを私は残念に思う。
原作者の横幕智裕氏は放射線技師ではないし、大学や専門学校の出身ではなく、脚本家である。医療系職業の経歴もない。であればコメディカルの立ち位置やメンタリティについては理解することはなかなか難しいのかもしれない。

ラジエーションハウスの1期と2期の間に、同じコメディカルである薬剤師が主人公であるドラマ、「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」が放送されている。ラジエーションハウス同様に原作は漫画である。
主人公の病院薬剤師である葵は過去にあるトラウマを抱えており、そのことが仕事への情熱や厳格さに良くも悪くも作用している。
葵は、とびぬけて豊富な知識や経験を持っているわけではない。だが、妥協を許さず、医師を相手に物怖じすることなく主張や意見を延べ、患者の最大利益に貢献すべく行動することが出来る。それが葵の強さである。嫌味な医師のミスを指摘し、スカッとするような物語ではないし、どちらかというと派手さはなく、よっぽど地味である。しかし薬剤師である私としては、薬剤師のメンタリティをよく理解し、寄り添って作られたドラマだったと感じている。そう感じた理由は原作の医療原案に現役の病院薬剤師が起用されているからだろう。主人公の薬剤師が、実は医師免許も持っていた、なんて設定は絶対に採用しないのは、自分の職業に誇りを持っているからこそであろう。
このような誇りをもった職業人が、しっかりと監修したドラマを私は観たいと思う。


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