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この世は無常

「この世は無常」
3年前からずっとやりたかったことをついにやってみて思ったことだ。

2020年夏。コロナが流行して初めての夏。
私は妊娠後期。大きなお腹を抱えて、ドキドキしながら一人でこのカフェのドアを開いた。
カフェは私が夫と同棲期間も合わせて7年間住んでいたアパートのすぐ近くにあった。仕事で忙しく、近所を歩くことがなかった。妊娠し散歩するようになってから私もついにこのカフェに行ってみたいと思うようになった。
当時は外出自粛が当たり前だった頃で店内にお客さんはほとんどいなかった。

その時も手帳を持って行ったはずだが、突然夫から電話が来て急ぎの用事で自宅に置いてある書類を確認してほしいとのことだったので、せっかくの小豆茶をがぶ飲みして店を後にした覚えがある。
初めて頼んだ小豆茶は白いポットに入れてあり、コップで何度もおかわりした。当時、妊娠高血圧症候群の症状で足はパンパンに浮腫んでいたため、むくみに効果がある小豆茶は嬉しかった。

2回目に訪れたのは復職後のこと。
おそらく2021年の冬だったと思う。午後からの用事まで1時間ほど時間があり、このカフェに立ち寄った。その時頼んだナポリタンが初めて食べる食感。麺に絡みつく水分少なめの濃いトマトソース。セットのガーリックトーストもとにかく美味しかった。しかし、その時も娘を預けていた託児所から突然電話があり、15分ほど時間を取られた。その後、用事までの時間が短く、ナポリタンも大急ぎで食べた記憶である。

2回ともお客さんは少なく、穏やかな空間だった。2回目はパーテーションで細かく仕切っており、感染対策にも力を入れているようであった。

あれから2年。私は忘れられずにいた。ナポリタンの味も、静かな空間も。私はカフェでライティングする仕事がしたい。自分の好きな場所で仕事をしたいのだ。という夢は変わらず持っていた。

今日は夫が私に一人の時間をプレゼントしてくれた。じっくり手帳タイムを取っておいでと。育児で自分時間がなく、精神的に参っていた私はありがたくその提案を受けた。
数日前から何をしようか考えていた。その中でも、あのカフェにパソコンを持って行って執筆する。という夢は叶えたかった。

 そしてお店へ。念の為にホームページで確認すると、その店は10時30分オープンと書かれていた。しかし、11時20分過ぎているがお店が閉まっている。違う店を探すかと近くの駐車場に停めた時、その店の店主が開店作業をしているのが見えた。するとすぐに先客が1台。あぁ、諦めるかな。いやしかし、ずっとやりたかったんだからあのナポリタンをたべにいくぞ、と意気込んでその店へ。
 コロナが5類に分類して以降、初めての来店。窮屈な空間にしていたパーテーションは無くなっていった。テーブルや席の配置も変わり、落ち着く空間。店内には健康雑誌が増えた印象。「健康に関する質問は店主へ」とご丁寧に張り紙まで。先客は高齢女性2人組。2人は常連らしく、健康関連の知り合いの様子。店主と女性は話し込んでいる。何か健康食品の紹介をしている印象。私は気にせず、ナポリタンを注文。
しばらくして届いた念願のナポリタンは、
あれ?あの硬めのソースではなく、サラサラしたトマトソース、まぁ及第点。食べたかったガーリックトーストも市販の物らしいテーブルロールとレーズンロール。スープはワカメスープ。これもお湯を注いで作られたものだろう。昨今の値上げ続きで飲食業は大変だということはよく聞いていた。ただ、あの味が食べたかった私は残念だった。ずっとこの時間を楽しみに過ごしてきたのに、叶わなかったのだ。その時、頭の中に、椎名林檎様とエレカシの方の「この世は無常〜」が流れてきた。きっと、このお店も生き残るために試行錯誤して今の形に行き着いたのだろう。

悲しいけどこれが現実。子供ができてから時に「落ち着いたらこよう」「時間ができたらやろう」が増えてきたのは事実。
ただ、世の中が、相手が待ってくれない。世の中の情勢や自身の事情によって相手のスタンスが変わってしまうのは自然の摂理。問題は私が変わっていないこと。何年も同じ願いを持っていたって。その時の思いはその時のもの。
記憶だけがその時のまま美しいまま止まって、数年ぶりに会いに行くと自分だけが取り残されてしまうのだ。

どうしようもないこの気持ち。
ただ、あのガーリックトーストを食べて、その後パソコンをパチパチしたかったのだ。せめてブログを書く夢だけでも叶えてあげたくて。今、涙目でパソコンを叩いている。来なきゃよかった?
いや、来なかったらまだナポリタンの夢を持ち続けていた。ここで気づくことができたのだ。

この世は無常。今やりたいことは今やらないと時間は待ってくれない。

逆に、私が新婚旅行で訪れた場所には、私はもういかない方がいいのかもしれない。
当時のスタッフはもういないし、古くなっているだろうし、記憶が塗り替えられてしまうだろう。

この世は無常。このカフェでライティングする夢をしっかり昇華させて噛み締めて味わって。

目を閉じれば、相変わらず、店主と女性たちの健康話は続いている。ここにはもう来ないかもしれない。私はまた違う夢を持ってもいい。
流れるように生きていきたい。


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