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どんべがいないと1番はいない

寝る前に私の腕に絡みつきながら3歳の娘がぽつりぽつりと話し始めた。

「今日ね、〇〇ちゃん負けたの。かけっこで。頑張ったんだけど、足の力が出なくて、1番になれなかったの」

負けず嫌いの娘が声を震わせて何度も「1番になれなかった」「悔しい」と言った。

夫もこちらを見て「頑張ったんだね」「悔しかったね」と言った。私も夫と同じようなことを言いながら、かけっこに負けて悔しいと思える感覚に「すごいなぁ」と拍手を贈りたい気持ちだった。

何故なら私はそのように思ったことが一度もないからだ。むしろ悔し泣きをした経験もほとんど無いのである。

私は親のすすめで小学1年生から6年生まで陸上クラブに所属していた。しかし、とにかく足が遅く、陸上記録会では常に予選ビリ、もしくはビリから2番目だった。私の地元の言葉では「どんべ」である。陸上の大会で遅いのならまだしも、学校のかけっこでも遅いのだから本当に走るのが嫌いだった。

陸上の大会から帰宅し、私がビリだったことを家族に報告すると祖母はいつも
「良か良か。どんべがおらにゃ1番はおらんたっで」と声をかけてくれた。
直訳するとビリがいないと1位はいない。
負ける人のおかげで勝つ人がいるんだ、みたいなニュアンスかな?
今思えば、それは何の励まし??とつっこみたくなる感じだが、当時の私の傷ついた心には祖母の声と言葉がいつも優しく沁み入っていた。

私も出来るだけ、ばあちゃんの、あの暖かい口調で…娘の頭を撫でながら初めて口に出してみた。
「頑張ったね。ビリがいないと1番はいないんだから。負けてもいいんだよ」

娘は返事もせず、全く違う話を始めてそのうち寝てしまった。私のメッセージが届いたのかは分からない。
それに誰に似たのか普段かけっこで1位か2位の娘にはビリって言葉の意味は伝わっていないかもしれない。

ただ、「私、ばあちゃんに言われた言葉を20年以上の時間を経て、娘に伝えてる。」その事実に何だかグッときてしまった。
傷ついた娘を優しく癒したいという気持ち、これはばあちゃんが私を想ってくれていた気持ちなのかなとも思えた。

寝かしつけを終えて、リビングに戻り、さっきの娘の発言について夫と話していた。
夫が「足の力が出なかったって言ってて可愛かったね」と言ったあと、「朝カプリコしか食ってなかったからね」と言った。

一瞬の沈黙の後、朝の一幕を思い出してしんみりムードも吹き飛んだ。

そういや彼女カプリコしか食ってなかったわ。
しかもファミリーパックの細いカプリコ1本。

今朝のことを思い出すと彼女は家を出る5分前に起き、「おにぎりなんか要らない、焼きそばとウインナーと豆とコーンのやつを食べたい!」と喚き散らした後、結局カプリコ1本だけ食べて嵐のように登園して行ったのだ。

むしろカプリコ1本でよく頑張って走ったよ。
改めて娘を褒めてあげたい気持ち、そして連休明けたら早起き頑張らないとなという気持ち、いろんな気持ちを感じて今日も1日を終えられそうです。

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