百合女子の品格~13年の両片思い~第一話
真純〈私は百合女子。女性のことが好きな、女性。レズって言い方が一般的かもしれないけれど、私は百合の方が好き。
だって、綺麗だから〉
■華やかなレストラン・昼
伊地真澄(33)高身長、胸も尻も大きい綺麗系。
内海璃々(29)低身長、胸も尻も小さい可愛い系。
二人はテーブルを挟んで談笑。
ガラス張りの店内に輝かしい光が注ぐ。
真純(目の前で花のように笑いかけてくれる彼女。璃々さんに恋して3年)
璃々が微笑む。
真純〈魅力的な璃々さんには夫と子どもがいて、幸せな家族がある。それでも私は、軽やかに優しく笑う彼女を。
心から、愛している〉
璃々がフォークを口に入れて照れて笑う。
璃々「真純さんと一緒にご飯が食べられて、すごく嬉しいです」
真純「私も、璃々さんにずっと会いたかったですよ」
璃々「いえ、私の方がずっといっぱいそう思ってます!」
璃々が興奮して前のめる。
真純〈璃々さんに会うのは今日が初めて〉
真純は璃々の口端についたソースをナプキンで拭いてやる。
真純「璃々さん、ついてますよ」
カッと顔を赤くする璃々。
璃々「私ったら品がない……ごめんなさい」
赤い耳でしゅんとする璃々に顔が緩む真純。
真純「璃々さんはすごく可愛くて、綺麗ですよ?」
真純が凛々しく微笑む。璃々の頭から湯気。
璃々「ま、真純さんって、かっこいいって言われませんか?」
真純「実はよく言われます。女の子にモテる方で」
璃々「わ、わかります!ドキドキしちゃいました!」
真純「ふふっ、光栄です」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
真純〈私は今、夢の時間の中にいる〉
■真純の部屋・夜
〈3年前 2011年〉
ヘアバンドをつけてすっぴんの真純。
デスクトップパソコンをイジる。
頬杖をつきマウスをカチカチ鳴らす。
真純〈璃々さんと初めて出会ったのは、小説サイト。彼女の書いたBL小説を読んで、私は彼女の作品の虜になった〉
暗い部屋。
血走った目の真純。
パソコンの光に浮かび上がる。
真純「やば……神かも……」
カーテンの向こうから朝日。
真純はトイレに立ち、食パンの袋、ペットボトルのコーラを両手に持つ。
またパソコンの前に座る。体育座り。
食パンを一口齧り、目をカッピラキ、画面に食い入る。
カーテンの向こうが暗くなる。
空になった食パンの袋、コーラのペットボトル。
真純がゴンとパソコン画面とごっつんこ。
真純「う、辛い……でもなんて綺麗な恋……!」
涙目の真純はティッシュで鼻をかみ、伸び。
真純「うわ……一日終わった。全部読んじゃった。でももう本当に最高過ぎる。幸せと切なさの共演。神だぁ……そうだ、作者のお名前、お名前っと」
真純はパソコン画面の中の「璃々」の文字に手で触れた。
真純「璃々さん……か」
■真純の職場・中学校の職員室・昼
真純はパソコンを睨む。
更新ボタンを何度もクリック。
真純「璃々さんの更新まだかなー」
女性の同僚がパソコン画面を覗き込む。
同僚「真純ちゃん、遊んでたら怒るよ?」
真純「だって授業しんどい、生徒しんどい、癒しを家まで待てない」
同僚「スマホ買えば?」
真純「あ、それだ!」
■携帯ショップ・夜
真純はスマホを購入。
■河川敷の帰り道・夜
真純は月にスマホを掲げて笑う。
真純「これでいつでも璃々さんの小説を読めるなんて!スマホすごい!ずっと璃々さんと一緒にいる気分!」
真純が立ち止まってスマホを見る。
真純「更新きた!!」
一歩も動かずスマホを見つめる真純。
横をスーツの男性が真純をじろじろ見ながら通過。
警官の自転車が通過。
ウォーキングの老人が通過。
犬の散歩中の奥様が通過。
真純、空を見上げる。
真純「今日も、最高……ヤバいハマる……」
真純、ぽんと肩を叩かれる。
振り返ると警官。
警官「ずっと立ってて怖いよ?」
真純「あ、すみません」
スマホにメールの着信音。
モブ女【今日、ヤろうよ〜待ってる〜】
むっと眉をしかめる真純。
真純「せっかく小説の余韻に浸ってたのに!まったく……品がない!」
警官「え、俺?」
自分を指差す警官を無視して真純は歩き出した。
■ラブホ・夜
裸の真純とモブ女。
ベッドに寝転びシーツをかぶる。
スマホを見る真純。
モブ女「真純ちゃんスマホ買ったんだー?セフレ女子増やすため?」
真純「出会い系の百合女子はヤリマンばっかりでうんざり」
モブ女「真純ちゃんだってそうじゃん」
真純「仕事の憂さ晴らしだし。純真な百合女子と、純粋な恋にはどこで出会えるわけ?」
モブ女「そんな百合女子どこにもいないの!もう一回シようよ真純ちゃーん」
モブ女がスマホを取り上げ、真純にキスして笑う。
モブ女「真純ちゃんって身体おっきくてカッコイイし上手だからだーいすき!」
無表情の真純。モブ女を組み敷いてキス。
真純(璃々さんの小説の恋ってあんなに綺麗なのに、どうして私はこんなことばっかやってんだろう)
モブ女のペチャパイにキスする真純。
モブ女「ァン、真純ちゃん」
真純(こんな欲の貪り合いじゃなくて。璃々さんが書くような綺麗な恋、してみたいな……ってムリか)
■真純の部屋・夜
ヘアバンドをつけてすっぴんの真純。
ベッドに寝転がり、スマホを天井にかざす。
真純「あ、璃々さんブログも更新してる。『感想もらえると嬉しいです』か……あんまり感想とか書いたことないんだけど……」
真純のコメント欄を見つめ、ゴクリと息を飲む。
真純「こ、これはファンですって伝えるチャンスなんじゃ……!」
真純はベッドの上で正座してスマホに字を打ち込む。
時計が一周。
スマホ画面がびっしり字で埋まる。
スクロールしても字で埋まっている。
ハッと顔を上げる。
真純「こ、こんな熱量こもり過ぎたやつ送られてきたら、ヒくよね……!あっぶな、私は品のある大人の女性、大人の女性」
やり直し開始。時計が一周。
真純「できた!返信が来たら通知するにチェックを入れて……いざ投稿!」
スマホをポチっと押す。
真純「コメント欄で璃々さんに好きだって言っちゃったぁー!」
真純の胸がトクトクと温かく鳴る。
真純がむふふふと笑い、顔の火照りを両手で覆う。
真純(なんか……恋してるみたい。良い感じに胸が湧くな)
スマホがポンと鳴る。
真純「え、うそ。もう返事きた?!」
璃々の返信『真純さん!熱いメッセージをありがとうございました!嬉しくて泣いてますー!』
真純の手からスマホが落下。
腰を抜かして壁際まで尻で後退り。
真純「え、や、ヤバ、璃々さんテンション高くて、か、かわいいッ!」
部屋の鏡に映った真純の顔。
真純(真っ赤なんだけど……初恋処女かよ!)
■中学校の職員室・昼休み
真純、デスクでコンビニパンをかじる。
スマホをポチポチ。
スマホを覗き込む同僚。
同僚「真純ちゃん、熱心だね。何やってるの?」
真純「小説の感想を書いてる」
同僚「感想?」
同僚はコンビニおにぎりをむしゃり。
真純「どんなところに感動したかとか、作者様はどんなに神かとか」
同僚「ふーん?」
真純「WEB小説界隈にいるとわかるけど、文章には人柄がにじみ出るの。作品に人柄が出ない場合はあるけど、日常ブログとか、コメント返信の対応には人となりを隠せない」
同僚「国語教師の真純ちゃんは字の虫だからなぁ~文系の人ってそういうの感じちゃうの?」
真純「さあ、人のことは知らないけど。この璃々さんはね、人に嫌な想いをさせない人なんだ」
同僚「そりゃあ、感想書くかいがあるね」
真純「創ってる作品が綺麗で、本人も可愛いとか最強だよ」
職員室のドアが勢いよく開く。
男子生徒「伊地先生、女子が取っ組み合いやってるー!」
真純「は?!男子じゃなくて?!」
男子生徒「初めて見た!女子の殴り合い!」
真純「どいて!」
ケラケラ笑う男子生徒を押しのけて、真純が走り出す。
■真純の部屋・夜
仕事服のまま化粧も乱れた真純。
ぐったりベッドに倒れる。
真純「ケンカの理由絶対言わないし、親ブチ切れだし、監督責任ってケンカとか未然に防げるかよもー校長説教長いし私悪くないじゃん疲れたーもうしんどいもームリ……ヤりに行く元気もない何もしたくないムリ」
スマホがポンと鳴る。
真純ガバッと身体を起こす。
璃々の返信『真純さんの感想って、私が気づかないことを気づかせてくれて、本当に勉強になります!いつもありがとうございます!大好きです、真純さん』
真純「……璃々さん」
真純、ぎゅっと胸が縮む。
璃々『大好きです、真純さん』
真純の目に涙が溜まり、眉間にぎゅっと皺が寄る。
真純(性欲だって仕事だってなんとかやり過ごしてる。別に、何が不幸ってわけじゃない。
でも。
平気、さびしい、へっちゃら、辛い、誰か抱きしめて。の繰り返し。いつからかずっと続く足りなさにあがく私に届いた
純粋な「大好き」)
真純の涙がつと一筋、頬を流れる。
真純(これに抗える人いる?)
真純、スマホを抱きしめる。
真純「そういう、意味じゃないってわかってる。でもさ……こんなの、好きになっちゃうよ、璃々さん」
真純はぎゅっと嬉しさを、噛みしめる。
■病院・夜
入院中の璃々。
ベッドの上に座り、ノートパソコンを見つめて微笑む。
■居酒屋・夜
結人(33)中肉中背、真純の幼馴染の男性。真純と結人がビールを飲む。真純の手にはスマホ。
結人「おい、飯食ってる時ぐらいスマホ置けよ!」
真純「生まれた時からご近所で?いまだに腐れ縁の?見飽きた結人との飲みで?気使う必要ある?」
結人「礼儀!人としての礼儀!」
真純「だって、璃々さんの小説もブログも更新されたらすぐコメントしたい」
結人「出たよ璃々。璃々、璃々言い始めて長いな、1年くらい?」
真純「私の璃々さんを呼び捨てにしないで」
結人「お前のじゃねぇ!」
結人がガンとテーブルにビールジョッキを置く。
結人「お前は璃々にハマってるかもしれねぇけど、そいつはお前のこと何とも思ってねぇからな」
真純に結人の言葉がグッサリ刺さる。
真純「そんなこと、言われなくても誰よりわかってる。璃々さんは夫も子どももいるんだから」
真純、スマホを見てため息。璃々のブログに、子どもと女性の手が映った写真。璃々の手には結婚指輪。
結人「お前はただのファン」
真純「……勝手に決めないでよ」
結人「お前が無謀な恋に傷つく前に止めてやってんだろ」
真純「放っといて、童貞」
結人「てめぇ」
真純「今まで恋人がいたこともないくせに知ったかぶりしないで。余計なお世話。アンタの水差すところキライ」
結人の口がへの字。真純、ギュギュと痛む下腹を手で擦る。
真純「なんかお腹痛い」
結人「は?いきなり?」
真純「生理痛、最近ひどいんだよね」
結人「俺に言う?」
真純「アンタに使う気とかないから」
結人「俺だけ特別ってことな」
真純「ポジティブうざ」
結人「ハイハイ」
真純はビールで痛みを誤魔化す。
■真純の部屋・夜
すっぴんの真純、スマホを見ながらベッドに寝転んでいる。ガバッとベッドから起き上がる。
真純「璃々さん更新停止するの?!」
璃々のブログ『ジャンル変更により更新停止のお知らせ』
真純「え、ウソ……」
真純、ベッドの上で放心。
真純(璃々さんの個人的な連絡先なんて知らない。ネット上だけの繋がり。璃々さんが名前を変えたら、すぐ追えなくなるよ。さすがに文章だけで人は認識できない)
結人の声『お前はただのファン』
真純、枕に顔を埋めて絶望する。スマホがポンと鳴る。
真純「え、いつもコメント欄なのに……ダイレクトメール?」
璃々のダイレクトメール『真純さんに個人的なお願いがあって参りました!』
真純「な、なに個人的なお別れじゃないよね?」
真純、目を見開いてスマホを握り締める。
璃々『良ければ、ジャンル転向しても読んでいただけませんか?私の〈専任読者〉になってくれたら嬉しいです!もし可能なら連絡ください→メールアドレス、電話番号』
真純「こ、個人的な連絡先!?」
真純、天を仰ぎ神に感謝。
真純(いつも長文の感想送りつけてて良かったー!)
■病院の前・昼
ワンピースを着た璃々、スマホを見て。
璃々「やった!真純さんからメールきた!」
喜びでぴょんと跳ねた璃々、スカートがふわり。
■居酒屋・夜
真純がビールジョッキを持ち上げる。うんざりする結人。
真純「璃々さんは私だけに!〈専任読者〉なんて輝かしい役目をくれたの!私が個人的にでも捕まえておきたい価値のある人間だって証明!」
そっぽ向いた結人、枝豆を口に入れる。
真純「璃々さんはジャンル変えて百合小説を書き始めたところだから、ファンが私しかいなくて!感想を求められてる!もう璃々さんの小説読むの私だけになればいいのにー!」
結人の口はへの字。
結人「璃々の小説がたくさんの人に読んでもらって、人気が出ますように、って祈るのがお前の立ち位置じゃないのかよ」
真純「アンタ正しくてキライ」
真純の下腹がチクチク痛む。誤魔化すようにビールを飲む。
真純「世界で私だけが彼女の魅力を知ってるってのもサイッコウの気分だけど?!」
結人「お前って歪んでる」
真純「知ってる。でも結人だって、未だ初恋なし童貞だなんて何か秘密があるに決まってる」
真純は枝豆を噛み潰す。
真純「私にくらい、言ってくれてもいいのに。私にまで隠そうとするところがムカつく!腹立ってお腹痛い!」
鼻息荒い真純、お腹に手を当てる。結人、枝豆を噛み潰す。
■中学校の保健室・昼
女子生徒・西門香帆(15)が眠るベッドの横で待機中の真純。スマホを見る。
璃々のメール『真純さん天才?私が迷子のところを真純さんが言語化して教えてくれるのすごいです!専任読者様バンザイ!』
真純(璃々さんってちょっと抜けてて可愛いなぁーほんと可愛い、大好き)
真純、スマホに向かってによによ。
香帆「先生、彼氏とメール?顔が乙女ってるよ?」
真純「え」
慌てて自分の顔に触れる真純。
真純「に、西門さん、お母さんがもう少しでお迎えに来るって」
香帆「仮病だから来なくていいのに」
真純「えー……」
香帆「それで?先生と彼氏の話教えてよ」
ベッドに座った香帆が首を傾げる。真純、スマホを隠す。
真純「生徒に話すことじゃありません」
香帆「じゃあ先生、私の恋バナ聞いて?」
真純(ハァ、中学生は色恋ばっかり……でも西門さんは前に突然女子の顔ぶん殴った子だし、あんまり刺激しないようにちょっと話すか)
真純は香帆に向かって座り直す。香帆、茶髪を耳にかける。ピアスが覗く。
香帆「私さ、アリサのこと好きなんだ」
真純「アリサって、うちのクラスの美崎さん?」
香帆「幼馴染でね……アリサの可愛いところ誰にも知られたくないっていつも、思ってんの」
真純、瞬きを増やす。
真純(西門さん、百合仲間だったか)
香帆「私が前に女子とケンカしたことあるじゃん?あの時、アリサがペチャパイだってバカにされたの。だからぶん殴った。先生に言ったってわかんないだろうけど、ペチャパイは可愛いんだよ!?」
熱弁する香帆。顔に共感を出さないよう、ぎゅっと目を瞑る真純。
真純(ペチャパイ良い!わかる!話せるな西門さん!百合趣味が合う!出会い系でペチャパイ百合っ子専で抱いてるよなんて、教え子には言えないけど!)
香帆「……ハハッ、なーんちゃって。黙らないでよ先生!」
香帆の母親「失礼します。香帆の迎えに」
真純が親子を見送る。香帆が振り向いて、唇の前でシーと人差し指を立てた。真純は指でOKマークを示した。
真純(西門さん……いばらの百合道へ、ようこそ)
■河川敷の帰り道・夜
歩きスマホする真純。
真純「あ、璃々さんの小説更新のコメント……一番取られてる。璃々さんのファン増えて来たもんな」
真純、立ち止まってコメント欄を熟読。
香帆の声『誰にも知られなくていいのにって』
真純(わかるよ、西門さん。璃々さんの小説を読んで感想書いて、璃々さんに喜ばれるのは私だけでいい)
他のファンの感想、璃々の返信。真純は真顔で全てチェックする。
真純(こいつ、もう二度と璃々さんの小説を読まなくなればいいのに)
真純はスマホ画面に爪を立てる。ドス黒い想いでお腹がチクチク痛む。
真純(「専任読者」の座は、私のもの。これだけは誰にも、譲らない)
下腹部を擦った真純は、スマホで電話をかける。
真純「あ、もしもし、今日ヤらない?」
真純(私に綺麗な恋とか、無理だな……)
■居酒屋・夜
真純と結人が向かい合う。真純の顔が青い。
結人「今日はどうした?璃々についにフラれたか?」
真純「私と璃々さんは、毎日おはようからおやすみまでメール中だよ」
結人「そんなに何を話すんだよ」
真純「小説の話ばっかりだよ。璃々さんはプライベートな話しないから。私も夫の話とか正直聞きたくないし……」
結人はビールを飲む。真純はビールに手をつけない。
真純「お腹痛い」
結人「また?」
真純「ちょっとトイレ行って」
結人「真純?!」
立ち上がった瞬間、真純は昏倒した。
■病院・病室・夜
真純、ベッドで目を覚ます。
ベッドサイドに結人が座っている。
結人「おう、気分どうだ?救急車で運ばれたんだぞ」
真純「マジで?」
■同・診察室・夜
医師がCTを見ながら説明。
結人が真純に付き添う。
■同・病室・夜
ベッドの端に軽く腰かけて座る真純。真純の前に立つ結人。
真純「結人、さっきの説明よくわからなかったんだけど……簡単に言ってくれない?」
結人が床に膝をついて真純を見上げる。真純の手を握る。
結人「良性の子宮筋腫。命の心配はないけど、手術が必要。子宮を……全部取らなくちゃいけない」
真純は唇を噛みしめて震える。結人の手を振り払い、ベッドにもぐりこむ。
真純「一人にして……!」
結人「……」
結人が静かに退室。真純はぼろぼろ涙を零す。
真純(……どうして私が?私、何か悪いことした?ちゃんと一人で生きてきたのに、なんで)
真純は身体を丸くしてお腹に手を当てて泣き続ける。
真純(私が好きになる相手は女。子どもはつくらないんだから、子宮なんていらない場所。取っちゃえばいいって……わかってるけど、なんで私が、なんで私が……!)
スマホから「着信音」が鳴る。真純、泣き腫らした顔を上げる。
着信画面の表示は「璃々さん」
真純「璃々さん……?電話?」
真純は飛び起きて、恐る恐る通話ボタンを押す。
真純「……はい」
璃々「も、もしもし?あの来月のことなんですけど」
真純「えっと、真純ですけど……電話先、あってますか?」
璃々「……あれ?私、え?!真純さん?!わー!私、かけ間違えちゃいました、え、あ、あのーは、初めまして」
手櫛で髪を整える真純。鼻づまりの涙声。
真純「……はじめ、まして」
真純(こんなどん底の日に、璃々さんの声が聞けるなんて)
璃々「……」
真純は鼻をすすった。
璃々「あの、真純さんもしかして……泣いてますか?声が」
真純「え、いえ、そんな、そんなことは……ない、ないで、す」
再びこみ上げる真純。鼻をすする音。
真純「ご、ごめんなさい、切ります」
璃々「あ、あの、真純さん……」
真純「……はい」
璃々「……大好きです」
真純「え」
真純の胸がドクンと鳴る。
璃々「自信をなくしていた時に真純さんに大好きって言葉をもらえて、ものすごく元気が出ました。だから、何があったかわからないんですけど……私は、真純さんのこと、大好きです」
涙目の真純、熱っぽい頬。千切れそうに熱い耳。
真純(耳もみぞおちも心臓も、全部痛い……嬉しくて、苦しい位痛いなんて、こんなの初めて……)
歓喜に小さく震える真純の身体。自分で抱きしめ、声を絞り出す。
真純「……あ、ありがとうございます、璃々さん。今度は嬉しくて、泣いてます」
璃々「え!私が泣かせてしまった?!そんな!」
真純が微笑む。
通話を終え。真純は病室の窓を開ける。夜空を見上げ、懺悔する。
真純「璃々さん、ごめんなさい……璃々さんが私に恋なんてしないことわかってます。でもこんな日に好きって言ってもらえて、私には、奇跡でした」
真純はスマホを強く、抱きしめた。
真純「もう、璃々さんのこと死ぬまで好きって、決まっちゃいました……」
■病室・昼(日替わり)
ベッドに座る真純。お見舞いにプリンを持って来た結人。
結人「璃々に知らせたのか?病気のこと」
真純「知らせない」
結人「なんでだよ?毎日連絡してんだろ?」
真純「私の病気なんて知っても、璃々さんに迷惑なだけでしょ?」
結人「急に常識人みたいなこと言いだすじゃねぇか」
真純「璃々さんって優しいから、きっとお見舞いに!とか言ってくれると思うんだ」
結人「せっかくだから心配してもらえよ」
腕を組んだ結人の口はへの字。
真純(そんな顔するなら言わなきゃいいのに)
真純「璃々さんが私の病気で動揺して小説書けないくらい心配してくれたら最高!って思ってる」
結人「お前ファンとしてサイテーな」
真純「私ってこんなこと平気で思うし、ヤリマンだし。綺麗な恋なんてできないんだよ」
真純、スマホを握り締める。
真純「結婚して子どもがいる璃々さんを本当に好きになっちゃったことも、病気のことも。言わないのが……こんな私の、精一杯の。
綺麗な愛だから」
二人でまっすぐ見つめ合う。
結人「……わかる」
真純「え」
結人「言わないのが、愛だってのはわかる」
真純「アンタにそんな感情の機微がわかるなんて知らなかった」
真純が茶化す。結人は笑わない。
結人「俺、昔からずっと、お前を愛して」
真純「うっそマジでない。ごめん」
結人「速ぇよ、せめて最後まで言わせろ」
世界で一番迅速な返事。結人は頭をガシガシかく。
真純「私が好きなの、女だよ?」
結人「知ってる。だから……言わないのが愛って話だろ」
真純(気持ちを隠して、私の側にい続けて、さらに童貞。コイツ重ッ!)
真純「アンタってバカだ」
結人「お前だって、子持ちネット女なんて好きになって。絶対報われない。同じバカだろ」
耳の赤い結人は退出。真純はお見舞いプリンを食べ始める。
真純(璃々さんが言ってたように「好き」をもらうと、ちょっとふわっと軽くなる。「恋心」のお見舞いか。結人にしては、粋だな。全くときめかないけど)
スマホがポンと鳴る。
璃々のメール『真純さん、寒くなってきたのでお体大事にしてくださいね!』
真純「ふふっ、身体の心配なんて璃々さんってどこまでも可愛くって元気出ちゃう」
真純、スプーンを口に入れたまま返信。
真純(結人に恋愛感情は一生ない。でも、結人は私がお婆さんになっても側にいるかもな。私と一緒で……クソ重いから)
プリンが空っぽ。
真純(結人。恋心、ごちそうさまでした)
■病室・昼(日替わり)
ベッドに寝転ぶ真純。椅子に座る結人。
真純「結人って性欲はある?」
結人「ある」
真純「オナニーするってこと?」
結人「お前でな」
真純「キモ過ぎて鳥肌立った、キモ」
結人「聞いたのお前だろ。こんな時でも、いつも通りで安心した。待ってるから、行ってこい」
真純「おう」
手術室に運ばれる真純を結人は見送る。
■中学校・卒業式
〈3ヶ月後〉
手術後、復帰した真純。校舎前で卒業生徒を見送る。声をかける香帆。
香帆「伊地先生、もう身体治ったー?」
真純「4月から本格復帰する。担任途中で抜けちゃってごめんね」
香帆「それはいいんだけど」
香帆、両手を握り締めて細かく震える。
香帆「あのね。今から告白するんだ私」
真純(お相手の美崎さん、告白されたらすごく戸惑うだろうな……結果も、見えてる)
香帆「先生、頑張れって言ってくれない?」
真純(言わないのが愛だって、私は思うけど……)
真純「頑張れ、西門さん」
パッと笑顔になる香帆。真純、校門を出る香帆を見送る。
真純「私にはない選択……尊敬する」
■居酒屋・夜
〈季節は巡り、次の冬〉
真純と結人が向かい合う。スマホがポンと鳴る。
結人「まだ続いてんのかよ璃々と」
真純「毎日おはようからおやすみ連絡2年目!最近はLINEアプリを使うようになってさらに快適!」
璃々のLINE『真純さん!コンテスト入賞しました!私の小説が本として出版されますどうしよう!』
真純「まああじでぇえ?!」
結人「うるっせぇよお前」
真純が立ち上がる。ビールジョッキを持ち上げた。
真純「璃々さん、おめでとぉお!!カンパイ!カンパイ!カンッパイ!」
結人「ハイハイ」
結人の口はへの字。スマホがポンと鳴る。確認した真純、目を見開く。
真純「こ、コンテスト受賞祝いにオフ会誘われた!生璃々さんに会える!」
結人「なまりり」
興奮した真純は結人に抱きつく。
結人「!!」
真純「今まで何度も誘いたかったんだけどさ、私、璃々さんに本気だから。私から誘うのはタブーって決めてたの」
結人「……良かったな」
涙目の真純の背を、結人はトントン叩く。
真純(本命に昂った感情を押しつけない。結人と私はきっと、そういうところが似てる)
■華やかなレストランの前・昼
腕時計を確認する真純。
真純〈璃々さんに出会って3年目の夏。璃々さんのデビュー作が刷り上がる。
7月7日、私たちは今日。初めて、デートする〉