ワケあって、ゲイ婚~デブ、ヒゲ、ノッポで一妻多夫⁈~第一話
〈本文〉
〈〉→ナレーション
()→心の声
■6畳一間の文化住宅・玄関・夜
父の怒鳴り声。
父「広子!俺が来たらどうするかわかってんだろ?!」
老け込んだ父。薄ら禿げ。
細身の父の右手が広子の頭を押さえつける。
肥えた広子の荒い息。
むっちりな頬肉が震える。
広子〈これは、私がこの怪物から逃げ切って〉
上着ポケットに突っ込んだ父の左手。
ポケットの中からカチカチとカッターの刃を出し入れする音。
豊満な肥満ボディの広子は震え、肩で息をする。
父、にやりと笑う。
黄ばんで欠けた歯。
広子〈幸せになる話〉
父の右手が広子のふくよかな頬を殴打した。
畳に倒れる広子の大きなボディ。
見下す父の険しい顔。
父「早くしろ、この売れもしねぇデブが!!」
青ざめた広子は玄関に備えていた30枚の万札を父に投げつけた。
万札がひらりひらり舞う。
父が金を見上げて恍惚する。
その隙に広子はバックパックをひったくり、
ドスドス足音を立てて玄関を飛び出した。
父、にやりと笑う。
黄ばんで欠けた歯。
カチカチとカッターの音。
父「広子、まーたなー!クッハハハハ!」
父の下品な高笑い。
唇から血が滲む広子、
必死の形相で文化住宅の階段をドスドス駆け下りる。
広子(……死ね!死ね!早く死ねよ!!)
広子、涙いっぱいの瞳。
血の付いた唇を噛みしめ、街頭が点滅する夜道をドスドス疾走。
広子(逃げて、逃げて、生き抜け私!)
■バー「彩り」・夜
カウンター10席のバー。
カウンターの中で中年美魔女、バーのママが煙草をふかす。
店内の客は、男女カップル一組と、広子。
左頬に青あざの広子、カウンター席に座る。
広子の前に10個のドーナツを盛った皿。
足元にはバックパック。
広子はドーナツをバクバクと口に運ぶ。
広子「いっけなーい、今日は三食しか食べてない!痩せちゃう痩せちゃう!」
バーの美魔女ママが広子の食べっぷりをぽかんと眺める。
広子「デブにとってドーナツは食べるダイヤモンドの指輪だって知ってる?バーにドーナツなんて最高!」
ママがクスッと笑って煙草に火を点ける。
バーのママ「気に入ってもらえてよかった。常連さんに特別に卸してもらってるの。ところで、その顔は誰にやられたの?男?」
ママが広子の青あざに向かって煙草を向ける。
広子はドーナツを両手に持って食べ続ける。
広子「毒親ってわかる?」
ママ「毒にしかならない親ってこと?」
広子「中学の時に縁切ったつもりなんだけど」
ママ「中学か……早熟だねぇ」
広子「どういうわけか絶対に居場所を特定して追いかけてきて……執着が異常なんだよね」
派手な青あざの広子、溌剌な笑顔。
広子「……まあ、慣れてるけど!」
ママは眉を顰める。
ママ「そんなの慣れちゃダメでしょう?恋人はいないの?守ってもらえばいいのに」
広子「恋は、わからないんだけど。家に用心棒がいれば!とはいつも思ってる」
うんうん頷く広子、ドーナツを食べ続ける。
カランと鈴の音。
バーの扉が開く。
男が入店。20代後半、可愛い系の顔にヒゲ。
ヒゲ面の男「ママ、こんばんは」
ママ「いらっしゃい、優太くん。優太くんが作ったドーナツが大盛況よ?」
優太「え、本当に?!」
ドーナツを食べ続ける広子。
優太に微笑む。
広子「ドーナツ作ってくれた人?!ヒゲは天ッ才!」
優太(ヒゲ?!)
広子「食べるダイアモンドの指輪をありがとう!うまい!」
優太は目を輝かせ、勢いよく広子の隣に座る。
優太、早口。
優太「そのドーナツ実は、小麦粉じゃなくて米粉で作っててね。それで豆腐とか和風な食材を中心に」
広子「こだわりがあるのは一口でわかった。私がこれまでに経験したカロリーを舐めないで?」
広子がどんと自分の巨乳を叩く。
優太「フハッ!俺も君が経験豊富だって、一目見てわかった!一杯おごらせて!」
広子(チェック入りまーす)
広子、目を凝らす。
優太の朗らかな笑顔。
優太のまっすぐな視線。
優太の指先。
広子「酒より、米粉ドーナツをおごって!」
優太「ハハッ、もちろんいいよ!」
広子(笑顔ヨーシ、確認項目オールクリア、良い人度90%!本日の宿、有力候補げっと!)
広子、にこりと微笑む。
カランとコップの中の氷の音。
元から豊満な広子の腹がはち切れんばりの腹に。
優太が叫ぶ。
優太「え?!広子ちゃんの青あざ、お父さんが殴ったの?!」
広子、満腹の腹を両手で撫でる。
広子「急募:家に用心棒!って感じ。ま、今は家すらないんだけど!」
優太、テーブルの上で両手を組んで眉を寄せる。
優太「金を奪った上に暴力なんて……許せない。だからそんな……」
広子の左頬、青あざ。
広子の足元、バックパック。
洒落っ気一つない広子の白いTシャツに黒の緩いパンツ。
ぼさぼさに乱れた短い黒髪。
広子「質素でみすぼらしくて、可哀想?」
優太「あ、いやその……ごめん」
優太は口ごもる。
広子(手応えヨーシ。同情は十分引けた)
広子はバックパックを手にとって立ち上がった。
広子「ヒゲ、一日だけ家に泊めてくれない?玄関先でもいいから!野宿続いてて疲れてるんだ。屋根あるとこで寝たい」
優太「野宿してるの?!」
広子、ニコリと輝く笑顔。
バックパックから寝袋を取り出して見せつける。
広子「食費は削れないからどうしても宿泊費が不足気味で……」
優太「家が見つかるまで何日でも泊まって?!そんな話聞いてほっとけないよ!?」
前のめる優太。
広子、キョトン。
広子(チョロい)
広子「ヒゲ、良い人過ぎ。詐欺にあいやすいんじゃない?」
優太「そ、そんな、そんなことないよ!訪問販売の長生きする薬とか買ってない!」
広子「買ったんだ……」
バックパックを背負った広子。
広子は支払いをしながらバーのママに耳打ちした。
■優太の家・築80年古民家・居間
畳の居間の真ん中、丸いちゃぶ台が一つ。
広子と優太が向かい合って座る。
優太が茶請けをもてなす。
優太「これうちの店のどら焼きどうぞ」
広子「いただきます!」
広子はもぐもぐ、どら焼きを頬張る。
広子の隣にはバックパック。
優太、茶をすする。
優太「広子ちゃんはさ、そのバックパック一つでお父さんから逃げ続けてるってこと?」
広子「ヤツに家を特定されたら、家を捨ててその足で逃げる。持ち物は常に最小限に整理してるからバックパック一つで夜逃げ旅」
優太「好きな物とか……思い出とか。捨てたくないもの、家にはいっぱいあるでしょ?」
広子、居間を見回す。
居間の柱に子どもの身長を計った印。
茶箪笥の上に家族写真。
びっしりと和菓子の資料が詰まった本棚。
広子「風流な良い家だね」
優太「おばあちゃんが長く入院してるから、譲り受けたんだ」
広子「こんないい思い出がたくさんありそうな家なら捨てがたいだろうけど。私が守れるのは命だけ。ヤツに見つかったら私の心が即死だから」
口の端についた餡をべろりと舐めた広子。
両眉を高く持ち上げ、おどける。
優太「そんな怯えた暮らし……広子ちゃんの平和はどこにあるの?」
広子「ヒゲはもちっと米粉ドーナツのように優しいね」
優太「っていうか、俺だから良いけど。男の家に簡単に転がり込むのも感心しないよ?危なすぎる」
広子「夜逃げ常習の私は人の好意を小さく、たくさんゲットすることで生きてきたの。人を見る目は自信ある」
どら焼きをゴクンと飲み込む広子。
優太を指差す。
広子「この人は良い人か?の確認項目、まず『顔』」
優太「顔?イケメンかどうかってこと?」
広子「見るのは人相。人相ってマジで性格現れてるから。
次に視線とボディタッチ。
私はデブ巨乳でしょ?下心がある相手だと必ず見る。
男も女も。
そんでわずかでも触れる類の行為をしたらアウト。
ヒゲはドーナツの話をするだけで一切、私を性的に見なかった。さらに」
優太「まだあるの!?」
優太はキョトンと首を傾げる。
広子「バーのママに聞いた。ヒゲってどんな人?って。じゃあ『嫌になるくらい優しい奴』だって。下調べ完了、お邪魔します!ってワケ」
優太がごろんと畳に背中を預けて大の字に寝転がる。
優太「広子ちゃんってしっかりしてるなー」
広子「だてに中学生から夜逃げやってない」
優太「中学生ってどういうこと?!」
広子はクスクス笑って誤魔化す。
優太「広子ちゃん、苦労してるんだね……それなのに元気で強いなぁ」
優太は木の天井の吊り下げ照明を見つめて呟く。
優太「俺……広子ちゃんの用心棒に、なれないかな?」
ひょいと起き上がった優太。
広子の丸い目、ぱちぱち瞬く。
広子「私の用心棒をしても、ヒゲに得がないよ?」
優太が広子ににじり寄る。
優太「実は用心棒になる代わりに、俺の方にもお願いがあって……」
広子「どんな?」
優太はフーハーと深く息を整える。神妙な声。
優太「俺の、お嫁さんになってくれない?」
広子の丸い顔がぐにゃりと歪む。
広子(嫁→身体目的!?)
広子は即座にバックパックを背負う。
デブらしからぬ俊敏な動き。
広子「まさか私が下心を見抜けなかったなんて!デブ、一生の不覚!!」
広子、ドスドス玄関へ疾走。
優太が四つん這いになって手を伸ばして叫ぶ。
優太「待って待って違うんだ話聞いてぇえ!米粉ドーナツ揚げるからぁ!」
広子、ピタリと停止。
広子「ドーナツ?!ドーナツがあるなら仕方ない。もう少し聞こう」
優太「それでいいんだ?!」
広子「だって、ヒゲどう見てもいい奴だから。私が間違ってると思えない」
広子、広間へUターン。
バックパックを下してちゃぶ台の前に座った。スン顔。
優太、ドーナツを揚げる。
揚げたてドーナツをちゃぶ台に置いて
優太、正座。
広子はドーナツにかぶりつく。
優太「実は俺、ゲイなんだ」
広子は贅肉たっぷりの首を傾げる。
広子「で?」
優太「ゲ、ゲイだってカミングアウトが「で?」の一言で済むんだ?!」
広子「性の違いって人間のシステムだから」
優太が口をあんぐり開けて目を見開く。
広子「その顔はデブの懐広いな?!とか思ったな?!」
優太「ちょっと思った!」
広子「そう、デブは慈愛。豊満な腹に詰まるはドーナツの慈愛……!」
ふくよかな腹に両手を当てて「デブ悦」に入る広子。
広子「続きをどうぞ。私も用心棒が手に入る話なら興味ある」
広子、満面の笑み。
優太は咳払いする。
優太「俺、老舗和菓子屋の一人息子で。婿養子だった父さんは早くに亡くなっちゃってさ。母さんから嫁を切望されてるんだ……最近母さんからのプレッシャーが強烈で」
広子、ドーナツもぐもぐ。
優太「寝ても覚めても、嫁、嫁、嫁って言われて気が狂いそうなんだよ。俺、和菓子職人で実家の和菓子屋で働いててね。母さんと同じ職場で働いてるんだよ?なのに見てこれ!さっき退勤してからたった数時間でこんなに連絡!」
スマホの待ち受け画面、着信169件の表示。
広子が画面を確認して唸る。
広子「これまた随分とロックな母」
優太「おばあちゃんももう長くなくて、優太の嫁を見ないと死にきれない!とか言い出しちゃっててね。俺だって母さんやおばあちゃんを喜ばせて安心させてあげたいよ?!でも俺は、ゲイなの!どうしようもないんだよ!」
広子「だからゲイだけど、形だけでも嫁が欲しいってことね」
優太はスマホを放り投げた。
広子、ドーナツもぐもぐ。
広子「家族にゲイだってゲロっちゃえば?」
優太「できないよ。理解してくれない……」
優太、頭をかきむしり、膝に顔を埋めて呻く。
優太「あー今のウソ。傷つけたくないってのは建前で。俺、拒絶されて傷つく勇気ないんだ。丸く収めるために契約嫁をつくるって作戦に逃げてる」
優太、大ため息。
広子の贅肉たっぷりな喉がゴクリと上下。
広子「怖いものから全力で逃げる。生存戦略で一番有効な手段だよ。ヒゲの行動は本能として正しい。逃げて、逃げて、生き抜けばいい」
優太が顔をパッと上げる。
ちゃぶ台の上の皿に残ったドーナツは二つ。
広子「事情は把握。結婚したら用心棒をしてもらえるんだよね……」
優太「お、俺、広子ちゃんを守るよ!」
ドーナツ。
可愛らしい系の顔にヒゲ。
広子は見比べる。
広子(用心棒って言っても父親を倒して欲しいわけじゃない。父親が襲来した時に代わりに殴られてくれる「盾」であれば。その隙に私が無傷で逃げられる)
優太「それに料理も得意だから美味しいものも作るよ!ドーナツ毎日でもいいよ!」
広子、開眼。
広子「お、美味しいもの、ドーナツ毎日食べ放題……?!」
優太「ここ古い家だけど、部屋が余ってるからそこに住んで!食費も住宅費も無料でどうだ!」
ちゃぶ台をドンと叩く優太。
広子「よ、嫁になるだけで、な、なんて好待遇!ゲイの嫁、すんげぇ……!!」
よろめく広子。
広子「しかもヒゲはゲイだから女に性的欲求がない?」
優太「生まれたときからゴリゴリのゲイ」
広子「安心のゴリゲイ。こういう時、私がレズだったら都合が良いけど、私はゲイやレズ、バイ、ヘテロなどなどに収まりきらないゴリゴリのデブなのでご安心を」
優太「ゴリデブだから安心してとか初めて言われた。性を超越するとかデブ最強じゃない?!」
優太がふっと破顔。
広子(ゲイの嫁。これは超美味しい話。ヒゲはゴリゲイで超お人好しで、私に損がない。美味しい話には裏があるものだけど、大した預金もない私を詐欺っても無駄)
広子は残り二つのドーナツを前にむちむちの腕を組んだ。
広子(強いて難を言えば、着信169件のロックな母の嫁イビリ……?)
もっちり頬を緩めた広子がにへっと笑う。
広子(イビリとか、どう考えても余裕のイージー!恐るるに足らず!だって……)
回想。
■古い文化住宅・夜
父が中学の制服を着た広子の頭を押さえつける。
父「おい、生理まだか?」
中学生の広子、標準的な体型。
カタカタ唇を震わせ、青ざめる広子。
父「生理になれば、あいつらに貸して稼げるんだ。種付け遊びしてぇんだとよ。早く生理なれよ?女なんて股開くためだけに生まれてんだからよ」
父、にやりと笑う。
黄ばんで欠けた歯。
父「あ、お前絶対、デブにはなるな?デブは突っ込む気にならねぇからな!クッハハ!」
自分の体を抱きしめる広子。
回想終わり。
■優太の家・築80年古民家・居間
ちゃぶ台の上に二つのドーナツ。
広子(父より怖いもの。私にはない)
広子はドーナツを一つ手に取って優太に突き出した。
広子「私が契約嫁になる」
優太がドーナツを受け取る。
広子「これでヒゲのお母さん、おばあちゃんが一安心」
広子は残り一つのドーナツを手に取った。
広子「形式上夫婦として一緒に暮らして、ヒゲは私の用心棒になる。私が安心。さらに衣食住オプション付き」
優太がコクコクと頷く。
優太「どう、かな……?」
広子がドーナツをペロッと食べる。
広子「ゲイと契約結婚。合理的にアリ!」
優太がガタンと勢いよく立ち上がる。
ドーナツ片手にガッツポーズ。
優太「本当に?!やったぁ!」
広子、おもむろに立ち上がる。
広子「……逃げの一手で生きてきた。でも、せっかくのチャンス。そろそろ防衛策を持ってみるのも一案だよね」
広子、目を瞑る。
むちむちの拳を握り締める。
広子「諦めてたけど、実は夢があるの」
広子、晴れ晴れと顔をあげ開眼。
ぷるんと頬肉が揺れる。
広子「ヒゲが用心棒になってくれるなら、もう一回、夢にチャレンジできるかも!」
優太が目を輝かせ、頷く。
優太「素敵だね!この結婚が広子ちゃんのためにもなるなら、俺、嬉しい!」
優太、跪く。
広子のむっちりした左手の薬指に
ドーナツをダイヤモンドの指輪のようにはめる。
優太が微笑む。
優太「広子ちゃん、ゲイの俺と、結婚してください!」
広子がドーナツの指輪をはむっとかじって笑う。
広子「よし!やってみよう!いざ、ゲイ婚!」
■披露宴会場・扉前・昼
白無垢姿の広子がむちむちの手を差し出す。
広子「では、始めようかヒゲ」
袴姿の優太が広子の手を握る。
優太「ゲイと」
広子「デブの」
二人「「ゲイ婚を」」
二人で手を取り合いクスクス笑う。
披露宴会場の扉が開く。
■披露宴会場内・昼
上座で会席料理をがつがつ食べる広子。
広子の隣で優太が微笑む。
広子の食べっぷりを招待客のジジイが指さして笑う。
モブジジイ「うわっははは!豪快な嫁さん!」
モブジジイ②「優太の倍以上、横幅があるな!」
モブジジイ③「こらあ嫁さんが上に跨ったら、子どもつくる前に優太が潰れるなぁ!」
優太は小さくため息。
優太「ごめんね、広子ちゃん。セクハラが横行してる世代で……」
広子「まるで~何も~感じない!」
もぐもぐ口を動かす広子。
どんと大きな胸を拳で叩く。
優太がほっと息をつく。
優太「広子ちゃんは強いなぁ……俺は何も食べる気にならないよ」
広子「じゃあその鯛もらってもいい?夫さん」
優太「もちろんいいよ、お嫁さん」
広子が優太の鯛を奪って箸をつけようとする。
広子の手を、優太の母がバチンと叩く。
優太の母、千里、登場。
60代細身、きっちり黒髪、キツネ目、濃い口紅。癇に触る声。
千里「広子さん!花嫁がはしたないですよ!これだから肥えた嫁は、なんて後で言われてしまうでしょ!」
広子「お義母さん、まだ起こってないこと心配して苦労性過ぎ!」
広子はわははと笑い、鯛を大口で食べる。
千里はキッと眉を吊り上げる。
広子(お義母さんは人相がキツい。キャンキャン吠える子犬タイプ)
千里「広子さん!あなた挨拶に来たときからずっとモグモグ何か口に入れていないと気が済まないんですか?!」
広子「それがデブの唯一の義務で」
優太「まあまあ、母さん。祝いの席だから楽しく過ごせばいいじゃない、ね!」
千里のこめかみがピクピク。
優太があわあわと手を振る。
千里の後ろにモブジジイ三人組が立つ。
広子、目を凝らす。
広子(ジジイ三人組は、どいつも人相がクズ。泊めてって言ったらワンチャン狙って来るな)
モブジジイ「優太、嫁さん、結婚おめでとう!」
モブジジイ②「すこぶるデカい嫁が来て安心したよ!優太がなかなか嫁をもらわないから……なあ、千里さん!」
モブジジイ③「優太がホモなんじゃないかって!!」
モブジジイ「心配したけどなぁ!」
おほほと千里が上品に口元に手をやる。
千里「まあ皆さん、うちの優太がそんなわけないじゃないですか!男が男を好きだなんて汚らわしい!」
モブジジイ「流行りのLGBT、Tバックってかぁ?!」
モブジジイ一同「「「あっはははは!」」」
優太はさっと視線を落とす。
広子が初めて箸置きに箸を置く。
広子「男が男を好きだったら、何?」
広子がのっそり立ち上がる。
白無垢デブの圧倒的威圧感。
怯むモブジジイ。
広子と千里が対峙。
千里「男が男を好きだなんて、もう人間じゃないでしょう」
広子「どうして?」
千里「子どもがデキないじゃない」
広子「子どもつくるためだけに生きてるの?」
優太「ひ、広子ちゃん……?」
優太がゆっくりと顔をあげる。
広子「じゃあ不妊の人は?独身の人は?生理が終わった人は、勃起しない人は人間じゃないの?お義母さんもそこのオッサンたちも、もう人間じゃないかもね。お義母さん『人間の範囲』が狭すぎる」
千里「な、なんなのあなた……そんなに突っかかる必要あるかしら?ただの雑談じゃない」
広子「ただの雑談、で済まない。その何にも考えてない空っぽの軽々しい言葉で、死ぬほど痛い人もいる」
広子の険しい顔。
優太、目を見開く。
広子「傷つけるつもりはなかったって?そういう都合の良い想像力の欠如が、優しい人を病ます」
広子の丸々なお腹。
千里まで3ミリの距離に寄る。
千里を睨む。
千里、思わず一歩下がる。
広子「友だちがゲイだから」
優太の喉仏がゴクリと上下。
広子「人間じゃないって言葉、許さない。謝って」
千里「ど、どうして私があなたの友だちに謝る必要が!」
広子「そっとしておいてくれるだけでいいのに、どうしてわざわざ言葉のナイフで傷つけるの?人をナイフで刺しても謝らないなんて
……人間じゃないね」
広子はコップに入った酒を千里にぶっかけた。
千里「なっ!あ、あなた、な、な、何?!」
千里の黒留め袖はびしょ濡れ。
白無垢の広子、満面の笑み。
広子「デブ嫁の広子。これからよろしく、お義母さん」
千里が唇をわなわな噛みしめる。
ふいっと背を向けて披露宴会場から退場。
モブジジイたちも、そそくさと撤退。
優太は両腕のさぶいぼを擦る。
優太(あ、あの母さんに言いたいこと言っちゃうなんて、広子ちゃんマジで強い!カッコイイ!)
席に座り、再び鯛を食べ始める広子。
優太が広子に笑いかける。
優太「広子ちゃん、その……俺のためにありがとう」
広子「デザートの饅頭もらっていい?」
優太が広子に饅頭を渡す。
大口で饅頭を飲み干す広子。
広子「饅頭は飲み物」
優太「フッハ!凄すぎ!」
上座で笑う優太を見つめる老婆の目。
優太の祖母、清子。80代、やせ細って顔色が悪い。
清子の会席料理、食べた様子なし。
テーブルの上には「長生きする薬」の箱。
清子、湯呑みを持ったままぽかんとする。
清子「……まさか、今の話って、優太ちゃんが、ホモってこと?」
■バー「彩り」・夜
カウンター席に普段着の広子と優太。
2つ席を開けて男女のカップル。
カウンター向こうに美魔女ママ。
広子と優太がビールのグラスをぶつけ合う。
広子・優太「ゲイ婚に、カンパーイ!!」
店内全員でイエイと乾杯。
ママ「まさか本当に結婚しちゃうなんて、驚いたわ」
広子「利害一致の形式結婚。中国ではゲイとレズの人でよくあるらしいよ?形婚っていう」
広子の前に大盛ナポリタンスパゲッティ。
広子がスパゲティを口いっぱいに頬張る。
赤ら顔の優太がビールを片手に持ち上げた。
優太「聞いてよママ!結婚式でさぁ!広子ちゃんマジでかっこ良かった!」
バーの扉がカランと開く音。
ママがバーの入口に視線をやる。
優太「こうズバー!って『人間じゃないね』なんて言い負かしてさぁ!ヒーローだよ!」
酔いで耳先まで真っ赤の優太。
広子の丸い体に熱烈ハグ。
広子「食べにくいから放、せ……?」
広子を抱きしめた優太の手が、
第三者によって引き剥がされる。
優太の手首を握った無骨な手。
広子、首を上げる。
20代後半、長身メガネのスーツイケメン登場。
優太「か、カイト……!?」
真っ赤になる優太。
カイトが広子を見下す。
カイトの眉間に深い皺。威圧的塩系イケメン。
カイト「これ、僕のなんだけど?」
広子、スパゲティもぐもぐを継続。
広子「誰?」
優太「あ、その広子ちゃんまだ言ってなかったんだけど」
カイト「優太の彼氏だけど」
カイトが優太の顎を持ち上げる。
カイトと優太、キス。
広子、目を見開く。
広子(ほっほー、彼氏の独占欲つよ!!)
広子、ナポリタンスパゲティをズルッと完食。
口を拭いてのっそり立ち上がる。
広子「初めまして、彼氏さん。デブ嫁の広子だよ」
カイト「嫁?」
カイトが優太をキッと睨む。
震える優太。
優太「ごめん、カイト。その出張中に、言い出せなくて、あの結婚した……」
カイト、絶句。白目。
魂抜け。膝から崩れ落ちる。
赤面優太の大声が響く。
優太「も、もちろん結婚は形だけで!俺が愛してるのはカイトだけだよ!」
神速でイケメンを取り戻すカイト。
立ち上がってイケメンを魅せる。
カイト「そんなの当然デショ。わかってた」
広子、むっちりの手を差し出し
カイトに握手を求める。
広子「私と、夫と、その彼氏。ということで三人で仲良くしよう」
カイト、広子の手をバチンと弾き飛ばす。
カイト「は?デブ頭おかしいの?デブは脳みそも脂肪しか詰まってないんだ?優太は僕の。半分ことかありえない」
優太「ちょっと、カイト切れ味鋭すぎるよ?!ごめん、ごめんね、広子ちゃん」
弾かれた広子の手を優太が擦る。
カイトのこめかみが痙攣。
広子が目を凝らす。
広子(良い人かチェッーク)
カイトのイライラ顔。
広子(顔が良い。イケメンはもちろんだけど全体から受ける第一印象がすごく良いな。不機嫌だけど)
カイトの視線は全て優太に向いている。
カイトの手が優太を自分の元に引き戻す。
カイトの足元にスーツケース。
広子(はい余裕のオールクリア!出張帰りにヒゲのところに直行かな?)
広子がむっちり両腕で大きな丸をつくる。
広子「ゾッコン系、塩彼氏。ヒゲを彼氏に選ぶセンス良し。口悪いけど良い奴率90%!」
カイト、広子を見下す。ゴミを見る目。
両腕を偉そうに組む。
カイト「何、勝手に人のことカテゴライズしてんの?コイツ、ウザ。デブの脂肪がなくなるまで車で引きずり回す」
優太「車裂きの刑やめてカイト!」
広子、雷に打たれたような驚愕の顔。
広子「デブの鎧を削ごうなんて、ノッポは悪魔か……!」
カイト「馴れ馴れしくノッポとか言わないでくれる?この泥棒デブ」
広子「デブだなんてお褒め頂き、光栄の極み」
カイト「優太、コイツ今すぐ埋めて肥料にしよう。肥満をのさばらせて温暖化を加速させるよりよっぽど地球のためになる」
広子「デブ活用法が的確なんだけど!頭良いなノッポ!」
広子、ゲラゲラ笑う。
煙草に火をつけるママ。
ママ「せっかく彼氏の存在を黙っててあげたのに、広子ちゃんは修羅場感ないわね。ツワモノだわ」
広子、優太、カイトが揃ってママを向く。
ママが吹き出す。
ママ「ははっ、デブとヒゲとノッポ。良いトリオじゃない!」
優太と広子は互いに顔を見合わせた。
カイトはそっぽ向いて一人腕を組む。
〈デブ、ヒゲ、ノッポ〉
〈デブ+ゲイカップル?〉
〈どうなるゲイ婚!〉
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