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嘘タワマン文学(6/25 昼

日記

小学生の頃、俺の切り札【龍素王Q.E.D】を盗んだ旧友から連絡があった。小学生の頃にLINEの名前をめちゃくちゃなものに変えたせいで、すぐに誰か気付くことはできなかったが、8年前のトーク履歴を見るに、彼である事を思い出した。大方マルチ商法の誘いか何かだろうと思い、適当にあしらおうとキーボードに指を向かわせていたが、やっぱり【龍素王Q.E.D】を返してもらおうと思い立ち、俺は故郷の武蔵小杉へ向かうことにした。

 東京の東側に住んでない人なら、武蔵小杉という街を知らない人も多くないだろう。この街は川崎市という、人殺しとラッパーだけが名声を得るような美しい都市の中に、まるで優等生みたいな顔をして居座っているのである。駅前にはこれ見よがしにタワーマンションが乱立しており、その陰りで地上の花はもう10年以上太陽の光を浴びてないという。にわかに信じられないが、俺の生まれる前はこの街の地面にも、太陽の光が届いていたらしい。

 旧友とは思ったより早く会うことになった。彼は昔から学歴に厳しく、この街の外れにある公立中学に通うことになった同級生を馬鹿にしていたので、その点では嫌な思いをするだろうなと覚悟していたのだが、彼は何故か俺が東京芸術大学に通っていると勘違いしていたため、むしろ一目置くような態度を取っていた。俺を褒めた彼の面子を潰すわけにもいかないので、その件について訂正はしなかった。しかし会話の節々から、日能研のバッグを上級市民の証のように大切にしていた彼は、まだそこに居るような気がした。
 彼は自分のタワマンを紹介し出した。武蔵小杉のタワマンで育った若者は、成人すると一人一つタワマンが与えられるのだ。タワマンの病院で生まれれば、次の日には幼稚園受験だ。そういう苦労をしてきた彼が手に入れたタワマンには"全て"があるらしい。俺は嘘だと思った。表情に出てたのだろうか、彼は一瞬悩み、俺にタワマンの"核"を見せると言った。彼の自慢話に正直飽きていた俺は、その言葉に少しだけ興奮した。180階にあるファミマのレジ横の扉から、キッザニアのような、嘘の空が天井にプリントされている部屋へ案内された。そこには火傷した皮膚の塊みたいな、変な顔をしたおじさんがいた。誰にでも似ているような顔のパーツと、ボロボロの皮膚にそぐわない小綺麗な装いに、思わず笑いそうになった。どうやらタワマンに"全て"があるというのは本当のようだ。旧友はおじさんに、
「~~~出して」(聞き取れなかった)
と言った。おじさんはゆっくり歩き出したと思うと、旧友を殺してしまった。おじさんは俺に気付いて
「何か欲しいもの、あるか」
と聞いてきた。俺は怖くなって、走ってそこから逃げた。無人のエントランスを抜けると、ポケットに違和感があった。それは【龍素王Q.E.D】だった。タワマンも悪くないな と思った。

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