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ここからはじめる平和――何もかもが戦争の論理に飲み込まれてしまう前に

 あのとき国旗をどれほど見ただろうか。2003年の3月に、アメリカがイラクへの軍事侵略をはじめた時のことだ。各国で起きた抗議行動の場で、掲げられた“NO WAR”の文字は国旗を背にしてはいなかった。“NO WAR ON IRAQ”はあったけれども、それも国旗が背景ではなかった。一枚一枚のプラカードが思い思いのスタイルで掲げられた。ある人はハリボテの地球儀を高々と掲げていた。

 確かにイラクの国旗は意匠としては複雑だといえよう。ウクライナのものは二色であるため、用いやすいという面はあるのかもしれない。しかしそれだけでは終えることのできない深刻な隔たりが感じられてならない。国旗を振ったり掲げたりするのは反戦という立場ではなく、むしろ防衛戦争を肯定する立場に近いのではないのかという疑念が、頭をちらついてならないのだ。

 戦争に反対する時に、なぜ「人々との連帯」より先に「国との連帯」がもちだされなければならないのだろう。そしてそれが無批判に受け入れられていくのだろう。イラク戦争が始まったのは、ちょうど今と同じような季節だった。19年前のあの春に、日本を含む世界各国の人々は、まだ「戦争そのもの」に反対していたのではなかったのだろうか。

 侵略を受けている国家・ウクライナの側に立って戦うということ、それから欧米諸国からウクライナに向けて武器弾薬が送り込まれていること。これらのことに対してまともな態度がとれないならば、中国脅威論のたぐいの「攻められたらどうする」という主張を前にした時もまともな態度がとれないのは同じだろう。「攻められたらどうするのだ」「備えなければならない」「防衛予算を増やせ」「基地をつくれ」「敵基地攻撃能力を」「非核三原則も見直しだ」――こうした主張は今後、ウクライナ侵略を経て整地された議論の上に流し込まれていくことになる。そのことに対して今の理性の抵抗はあまりに非力であるように感じられてならない。

 ウクライナの新郎新婦が、結婚式の場で祖国のために命を懸けることを決意するシーンが美談のように報じられる。そして「私たちは母国と家族のために身を捧げる準備ができています」といったコメントが刷り込まれる。侵略に反対する運動が、およそ反戦とは似ても似つかないものによって囲い込まれている。そのことを敏感に察知しなくてはならない。けれども察知した後には次の言葉が用意されている。「ウクライナは侵略されている。あなたはこの現実を見過ごすのか。ロシア側につくのか」と。

 それに対する答えを書きたい。何もかもが戦争の論理に飲み込まれてしまう前に。

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 ロシアがウクライナへの進出を図った背景を大局的にとらえるならば、そこにはロシア経済の閉塞が挙げられよう。ロシアはもともとソ連の遺産を引き継いで国家資本主義を作り上げてきた経緯がある。そこでの主な遺産は、核軍事力と鉱物・石油・ガスなどの天然資源だった。このためロシアは輸出の60~70%を鉱物と燃料が占める資源依存型の経済となっており、発展のためには農業や工業などの多様な産業構造を確立することが課題となってきた。他方でウクライナは世界有数の穀倉地帯であり、東部は旧ソ連の工業力の核心を担ったドンバスをかかえている。そこでプーチンは「大ロシア主義」を掲げ、ウクライナとの一体化を通じた生産力の取り込みを図るわけだ。このことはいわゆる西側から見ても同様で、欧米諸国もまたウクライナの農業力と工業力に価値を感じており、ロシア側に渡してしまうことを回避したい。そのようにして奪い合いが行われているというのが、基本的には国や権力者の論理だといえるだろう。

 けれども重要なのは、当のウクライナの地に生きている人々を下敷きにして、彼ら彼女らの生活を破壊しながら、そのような抗争が行われているということだ。ロシアは強引にウクライナへの侵略に走った。西側はウクライナに武器弾薬を送り込み、ロシアの国力を奪うべく抵抗を図っている。その中でウクライナの人々もロシアの人々も生活を破壊される。戦争の趨勢がどうなろうとウクライナは荒廃し、人々はこれまでよりもひどい状態で生きなければならなくなる。経済制裁によってロシアでは多くの自殺者が出るだろう。餓死者や凍死者も出るだろう。それは果たして「プーチン政権が侵略を行ったのだから」で済まされるのだろうか。それでは済まされない、理不尽に破壊されようとしている一人一人の命と生活がそこにはある。

 ロシアの権力者と、それに対するウクライナや欧米の権力者たちがいる。この東と西の二極関係を前にして、「どちら側につくのか」と問い、「ロシアの侵略を非難する以上、ウクライナや欧米の側に立たなければならない」と展開するのは誤りだ。他方でそうした論理のおかしさを直感しながらも、欧米の側にも問題があると言って、侵略を行ったロシアを擁護するのも誤りだ。

 いま展開されている言論は、ほとんどがこの二極関係の中に囲い込まれてしまっている。しかし東と西のどちら側につくのかなどという議論は始めから土台を違えている。東と西の「どちら側につくのか」ではない。その「どちら側にもいる人々」の側にこそ、ぼくたちは断固として立つ必要があるのではないだろうか。

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 プーチンに侵略を命じられて、あるいはゼレンスキーに反撃を命じられて、ウクライナでは今も悲惨な殺し合いが続けられている。けれど国でも支配者でもなく、地に足をつけて立つ人々を見るならば、そこには同じ血の通った一人一人の顔があるばかりだ。かつて第一次大戦の東部戦線で、塹壕で対峙していたドイツ兵とロシア兵はあるとき銃を置き、手を取り合って抱擁を交わした。そして同じ労働者である自分たちが、なぜ塹壕の向こうとこちらに引き裂かれて悲惨な戦いをさせられなければならないのかと、かがり火を灯して語り合った。

 それは今となっては一つの象徴的な出来事にすぎない。今はもう塹壕を挟んで来る日も来る日も対峙するという戦いはなくなったかもしれない。けれど、それでも占領してきたロシア兵とそれに抗議するウクライナ市民との間に、互いに向き合うような状況は生まれている。南部に多い占領下の都市ではデモが組織されることもある。捕虜になったロシア兵と市民が交流している場面もある。砲弾を撃たれてミサイルを撃ち返すというのではない、人と人の対面する状況がそこにはある。

 悲しいことに状況はエスカレートしつつある。プーチンは都市への攻撃を実行に移した。またウクライナの情報筋によれば、ゼレンスキーは、民間人が武器をもってロシア兵を殺害しても罪に問わないとする法案を可決させている。市民に銃を配り、武力的な抵抗を呼び掛けていることは複数のマスコミがすでに報じている。ロシア兵は武装化した市民を恐れ、引き金を引くようになるだろう。「住民を撃て、とは命じられていなかった。しかし、見分けなんて付くわけがないんだ。だから動くものは何でも撃った」とは、1945年の沖縄戦を経験した米兵の言葉だ(NHKの取材による)。

 「国を守る」ということは、「そこに生きる人々を守る」ということではない。「そこに生きる人々を犠牲にしてさえ、国を守る」ということだ。プーチンは、ウクライナの人々の生活を戦車で踏みにじってでも侵略を強行しようとし、ゼレンスキーは、自国の人々を盾にしてでも自らの権力を守ろうとしている。現代のあらゆる戦争はそのような形でしか行われない。だからこそ、安易に国や権力者の論理についたり、自らの立場を国や権力に同化するのは間違っている。人々の側に立ち続けるということこそが、あらゆる戦争を否定し、現実的かつ根本的にそれを食い止める道なのだ。

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 人々の側に立つというのは、より具体的にはどういうことだろうか。国境のどちらにも生きる人々――ウクライナの人々とロシアの人々、それにぼくたち日本に生きる人々もあわせて考えよう。そこには何か共通のものがあり、それは互いに争うことを否定するようなものなのではないだろうか。

 ウクライナで侵略を受けている人々がいる。侵略を受けている以上、戦わなければならないと言われている。ゼレンスキー政権は銃を配って問いかける。銃があるぞ、お前は何をやっているんだと。そして人々は家族を生き延びさせるためにどうしたらよいかを必死に考え、ある者は国の外へと出ようとし、ある者は自ら武器をとることを選ぶ。けれども一人一人がその中で悩むだろう。なぜこんなことになってしまうのだろう、なぜこんなふうにしなければならないのだろうかと。

 他方でロシアには、補給もままならないままに侵略を命じられた兵士がいる。経済制裁で仕事を失い、苦境に立たされる人がいる。ロシアの外に出て生活を築くことができないような人たちがいるのだ。プーチンによる統制と弾圧の中、明日どう食べていくのかを心配しながら、ある人は首をすくめてじっと辛抱していたり、ある人は危険をおかしてデモに足を運ぶかもしれない。そして一人一人がその中で悩むだろう。なぜこんなことになってしまうのだろう、なぜこんなふうにしなければならないのだろうかと。

 日本ではどうだろうか。今の日本は砲弾が飛び交う状況にはないけれども、苦境に立たされた多くの人々がいることに変わりはない。日本の経済は長らく衰退の一途をたどっており、つい先日の経済財政諮問会議では、1994年から2019年までの間に、35~44歳の世帯所得の中央値が104万円減少し、45~54歳の世代では184万円減少していたことが明らかにされている。こうした状況の中でこれまでの自民党政権は、隣国の脅威を煽ったり、歴史修正主義に走ったりすることによって、豊かさの喪失を前にした不満や不安をおさえこみ、人々を強権によって統制する道を推し進めてきたわけだ。今回のウクライナの危機もまた、「プーチンを締め上げるために値上げに耐えよう」「その痛みを受け止めなければならないのだ」と人々を囲い込み、統制することに用いられる。ところでそれは本質的にプーチン政権がやってきたことと果たしてどれほど違うといえるだろう。

 これら各国の人々には明らかに共通性がある。この苦境におかれた人々の共通性は、侵略という事態を突き破る土台になる。共通の苦境があるのなら、その同じ苦しみを解決するために手を取り合う道が浮かび上がってくるからだ。「攻められたらどうするのだ」という主張を克服するのはこういった立場だ。これは日本と中国などの関係でも同様に、日中双方の軍拡を否定する立場となる。

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 戦争が起きてしまうのは、手を取り合えるはずの世界の人々がばらばらに分断されてしまっていることの結果にほかならない。その分断を克服するまで人類の行く手から戦争はなくならない。国による強制をうけて、故郷や愛する人のもとを離れ、銃をとって互いに殺し合う――。そのようなことを正当化する論理など、どこを探してもあるはずがない。その「あるはずがない」論理が、歴史的には虚偽と、隠蔽と、欺瞞と、謀略によって仕立てられた。人々はそれを刷り込まれながら戦争へ駆り立てられていった。脅威が煽られ、憎しみが掻き立てられ、自国を守るためにはやむをえないのだとして、争いに仕向けられた。

 問題は、それを打ち砕き、国境をこえた人々の連帯をどう実現するかということだ。それはウクライナだけでなく世界中の問題であり、日本の「今・ここ」の問題だ。本当の人類の未来は、国際秩序でも軍事同盟でもなく、その一点にかけられている。それを実現することができなければ、ウクライナは第三次世界大戦の前哨戦になりかねない。世界大戦は人々の連帯が完全に破壊された後にやってくるのだから。

 しかし今は先の大戦の時とはまだ状況が違っている。一部では今のロシアの状況をかつてのナチス・ドイツになぞらえる向きもあるものの、ナチスが独裁を確立し、国内の反対運動を圧殺しつくして侵略に手を染めていくのと今の状況は全く同じではない。少なくとも、プーチン政権による激しい弾圧にもかかわらず、ロシア国内での反戦闘争は継続しているのだ。ロシアでは、拘束された反戦デモの参加者をウクライナの前線に送り込む法案が提出された。侵略や戦争といった表現を使う者に対して15年以下の禁錮を科す法律は、すでに成立した。それでも今なおニェット・ヴァイニェ(戦争反対)の声を上げながらクレムリンに向かって行進する人々がいる。

 だからこそ、ぼくたちはその声に呼応しよう。また、ウクライナの人々の声に呼応しよう。国ではなく人々の側に立ち続けよう。侵略を受けたウクライナの人々と、反戦の抵抗を続けるロシアの人々と、そして全世界の人々と。東西の人々が二つに分かれて世界の再分割戦を争うなどという悲劇を作り出さないために、ぼくたちはそこからはじめよう。この傷だらけの社会を、本当に生きるに値する社会へとつくりかえるために。

2022.03.16 三春充希


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