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一部の政治家が安楽死や尊厳死の議論を呼びかけていることについて

 難病の女性患者が殺害された事件をめぐって、7月23日に2人の医師が逮捕されました。この事件を受けて、一部の政治家が、安楽死や尊厳死の議論を呼びかけはじめたことについて、コメントを出します。

 まず第一に書いておかなければならないことは、逮捕された医師は「優生思想的な主張を繰り返し、安楽死法制化にたびたび言及していた」と報じられているのであり(7月23日京都新聞)、これに従えば優生思想を持つ人間が嘱託殺人の疑いで逮捕されたということで、こういった事件をもとに政治家が安楽死や尊厳死の議論を持ち出すのはどういう神経をしているのかということです。どういう人権意識を持ち、どういう社会観を持っているのかということです。

 そして第二に、政治家は、安楽死や尊厳死の持つ公的な性格に自覚的であるべきということです。

 安楽死や尊厳死というのは、一見して自己決定権に関する個人の問題であるようです。しかし、それらがもつ公的な性格を見落とすことはできません。死の選択が個人を離れて、生きたいと思う人に、生きることを断念させる圧力が加わる事態を招くおそれがあるからです。

 そして残念ながら、日本の世論はそのような事態へと向かいかねない傾向をもっています。

 その一面を、例えば2007年にPew Research Centerが47カ国で実施した世論調査に見てみましょう(世論調査の出典)。このとき聞かれたのは安楽死や尊厳死に関することではありませんが、「自力で生活できないとても貧しい人たちを助けるのは、国や政府の責任だと思うか」という質問から、弱者の切り捨てに対する世論を推し量ることができます。

 日本でこれに「完全に同意する」と回答したのは15%で、調査が実施された国の中で最も少ない比率でした。また「完全に同意する」「おおむね同意する」の合計も最低となったのです。

PRC世論調査

 日本にこうした弱者切り捨ての土壌があることを懸念します。こうした土壌は、社会の信頼が消えてしまい、人と人とがつながりを失い、コミュニティが破壊されたことのあらわれにほかなりません。これは政治のもたらした結果でもあります。ですから、それをどのように回復していくかということが考えられるべきことです。しかし他方で、こうした土壌を悪用しようとする政治家を危惧しないわけにはいきません。

 人間はもともと、何度も絶望し、その絶望から何度も立ち上がって生きていくものです。「死の選択」を考える人もまた、生きている限りは希望と絶望の間で何度も何度も悩むはずなのです。本来であれば、政治や制度はその希望を支え、誰もが最大限に望ましい形で生きられるような社会を目指していくべきでしょう。

 しかし逆に、「政治や制度が助けてくれないから」「国に負担をかけるから」「自分が生きることが望まれていないように思えるから」、生きることを断念するという判断が少しでも起こりうるような社会ならば、そこに安楽死や尊厳死が成り立つ余地はありません。

 高い人権意識と、苦境におかれた個人を断固として支え続けるという社会の基盤がない限り、それらは弱者切り捨ての仕組みや口実として機能しかねず、根本的に危険な性格をもっています。それは死を選ぶということが「個人の権利」から同調圧力になり、そして事実上の「公の義務」にすり替えられる余地があるということです。

 そのような余地を与えることがあってはならないと思います。

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P.S. 「『死ぬ権利』よりも、『生きる権利』を守る社会にしていくことが、何よりも大切です」という見解を出した、自身もALSを患う舩後議員に対して、日本維新の会の馬場幹事長が7月29日の記者会見で「議論の旗振り役になるべき方が議論を封じるようなコメントを出している。非常に残念だ」という恐ろしい発言を行いました。

 そして同日、日本医師会の中川会長が、この事件について「議論の契機にすべきでない」「生命を終わらせる行為は医療ではない」「苦痛に寄り添い、ともに考えることが医師の役割だ」「死を選ばなければいけない社会ではなく、生きることを支える社会をつくる」という至極真っ当なことを会見で話しています。これがスタンダードであってほしいと強く思います。

 また立憲民主党の枝野氏はすでに24日、「今回のようなことは絶対に許されないという共通認識を持ち、捜査や裁判を通じて犯罪を構成するならば処罰するべきだ」「死ぬ権利の議論の前に、生きる権利をしっかりと守らなければならない」というコメントを出しています。法律の専門家らしい堂々とした見解です。

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