【掌編小説】『まちがいさがし』

あれ。何かがおかしい。テレビをつけようとした僕は、微かで確かな違和感に襲われた。手に持ったものをじっと見て、気づいた。
「4色ボタンって、左から青、赤、黄色、緑、だったっけ」
まだ何も映っていないテレビの前で、そう呟いた。
『ピンポンピンポーン』
突然、問題に正解した時に鳴るあの音が、僕の頭の上から聞こえてきた。周りをキョロキョロしてみても、他に変わった様子はない。と、思っていた。周りを意識しすぎて、手に持っていたリモコンが消えていた事に気がつくのが遅れた。どうせなら消える瞬間が見たかった、とは思いつつも、リモコンが消えてしまうとは、何かがおかしい。結局僕は、テレビ本体にあるボタンをわざわざ押しにいったのであった。

リモコンが消えた次の日の朝。目覚まし時計が生み出す空気の波が僕の鼓膜を乱暴に叩いた。眠い目を擦り、起き上がる。もうかれこれ15年以上使い続けた目覚まし時計、音はいつも通りだった。が、リモコンの時と同様、突如として微かで確かな違和感に襲われる。薄汚れた文字盤をじっと見る。
「あ、秒針がなくなってる」
『ピンポンピンポーン』
昨日と同じ音がした。そのおかげで、寝ぼけていた脳が動き出した。この目覚まし時計も、リモコンと同じように消えるのだろうか。そうならば、今日こそ消える瞬間を見てみたい。じっと時計を見つめてみるも、消える気配がない。おかしいな。ふと、鼻に不快感が。
「はっくしょん!」
その一瞬の隙を突くかのように、目覚まし時計は姿を消した。

時計の次の日には、家の前の道にある止まれの標識が青色になっていた。
その次の日には、自販機の『あったか〜い』が『あっかた〜い』になっていた。
その次の日には、靴紐が水引になっていた。
その次の日には、信号機が自分の身長と同じくらいの高さになっていた。
間違いを指摘したが最期、その物はこの世界から姿を消してしまうそうだ。おかげで交通事故は多発するし、靴はぶかぶかとして履き心地が悪い。しかし、消えてしまうとは分かっていても、ツッコミのような感覚でどうしても指摘してしまうのだ。そもそも、僕以外の人は間違いに気がつかないのか。間違いが見えるのは僕だけなのか。謎はまだまだたくさんあった。

その次の日は、デートだった。心配だ。デート中に何かまちがいを見つけたらどうする。指摘した挙句彼女の目の前でその物が消えてしまったら。怖がらせてしまうかもしれない。そんな不安を抱きながら、待ち合わせ場所に、約束の15分前に着くと、そこには既に彼女の姿があった。この暑くなってきた季節にふさわしいような、爽やかな見た目だった。
「おはよ」
「あ、おはよー」
「ごめんね。待たせちゃった?」
「んーん、全然。ってか、まだ約束の時間じゃないし」
「そーだね。あれ、もしかして髪切った?」

『ピンポンピンポーン』

彼女の顔から、目が離せなくなった。