【掌編小説】『タコゲーム』

 目が覚めると、僕は寿司屋のカウンターに居た。
目の前の机はドーナツのような円形で横の人とつながっていたが、自分と向かい合う人の姿が見えないほど、そのドーナツは巨大だった。机の中心には横に長くベルトコンベアが続いており、その見た目はまさに回転寿司店だった。しかし、これは寿司屋ではない。仮にここが寿司屋であったとしたら、部屋の壁も床も天井も、こんなに真っ白なはずがない。そして、こんなに広いわけがない。ただ、その異様な雰囲気に、僕はわずかに戦慄を覚え、むやみに周囲を見回すことさえ躊躇われた。まるで映画が始まる前の予告映像を見ているときのように、冷静と没入の狭間に居た。僕の両隣に座る人たちからも、なんとなくそわそわしているのが伝わってくる。僕はなすすべなく机に視線を落とすと、小さく『11』という数字が書かれているのを見つけた。
 「お集まりいただいた1000人の皆さん、おはようございます」
突然、鼻につく機械音声が頭上から降ってきた。
 「ここに居る皆さんの内、999人には、これから死んでもらいます」
おはようございます、という挨拶に続く言葉とは、とても思えない一言だった。突然スクリーンに映る映像が止まってしまったような空虚。それに伴ってざわつきだす人々。まぁ、致し方ないことなのかもしれない。
 「1番の人の前に、新井式回転抽選器があります。1番の席に座る人、一度回してみてください」
11番の席から見て1番は、右の視界の端あたりに居た。1番の前にあるベルトコンベアには、商店街の福引でよく見る、茶色っぽくて八角形くらいでくるくる回して球を出す、あの抽選器があった。名前あったんだ、あれ。一度聞いただけなので、もう覚えていないが。ガラガラ、とも、ジャラジャラとも聞こえるような音を空白の世界に響かせた後、コトン、と硬い音がした。
 「……白。はずれです」
その言葉が聞こえた瞬間、鼓膜を揺るがす銃声が響いた。とっさに耳をふさぐ。少し静まったような気がして、音の鳴った方へ首を向けると、そこには案の定な景色があった。
 「新井式回転抽選器には残り、合計999個の玉が入っています。そのうち、赤い玉は一つだけ。引いた人は、生きることができます。ね?簡単でしょう?」
どうせ、そんなことだろうと思った。しかし今の僕には、まるで関係のない話に思えた。
 「抽選器はベルトコンベアに乗って流れ、2番、3番、と番号順に引いて行ってもらいます。もちろん、誰かが赤い玉を引いた時点で、残りの人は一斉に撃ち抜かれます。さて、ここで席替えの時間です。今いる席を動いてもらっていいので、自分がくじを引きたい番号の席に座ってください」
僕は真っ先に席を立った。それを皮切りに、他の人も次々と席を移動し始めた。誰かが自分よりも先に赤を引いて、自分が殺されるのは避けたい、というくせに、初めの方だとはずれの玉が多い、と考える人が多く、中央より少し手前の番号の席が人気なようだ。僕は、真っ赤になって寝ている元1番を横目に、その右隣、1000番に座った。自分の手で死ぬのは、やはり怖い。それだから、今の今まで生きてきたのだ。ここに座っているだけで誰かが勝手に殺してくれるのであれば、それこそ気が楽だ。
 「私、思ったんですよ。どうしてデスゲームって、何個も何個もゲームをやろうとするんでしょうね。一発で決めちゃえばいいのに、って、いつも考えてたんです」
 席替えの途中も、そんなのんきな声が頭上からのしかかってくる。残念だったな、誰かさん。お前が望む、命を乞う姿は、生に執着がある人からしか見られないのだ。こんな何もない僕。後はおとなしく座っているだけだぞ。
 どうやら席決めの熾烈な争いもかなり収束してきたらしい。たかが席順でいちいちケンカし合っているこんな奴らと、同じ生物に分類されている自分に甚だ嫌気がさした。僕は机に突っ伏し、気づかぬうちに誰もいない世界へトリップしていた。

 ……何時間が経ったのだろう。周りが随分静かになった気がする。ゆっくり顔を挙げると、僕の右隣、999番のところに、例の抽選器があった。999番の男は、こちらに気が付くなり
 「すごくないですか。あたりって、こんなに出ないものなんですね」
と、吐き捨てるように言った。
 「俺たちのうち、どっちかが死ねますね」 
 「はは、もちろん、どっちかは生き残りますけどね」
乾いた笑いで返すも、実際はかなり焦っていた。あたりを引きたくないがゆえに、せっかく1000番を死守してきたのに。こんなにあたりが近くなるとは思っていなかった。とは言え、気持ちが変わるわけでもなかった。もうあの地獄への無責任な片道切符を手に入れるのだけはごめんなのだ。
 音を立てながら抽選器が回る。頼む。赤を出してくれ。と、祈りをささげたその時、ふと違和感を覚えた。音が、何かおかしい。ここには残り、2つの玉が入っているはずなのに、カラカラとした音がやけに孤独に感じたのだ。
 あ。気づいてしまった。そもそも、この抽選器に玉が1000個入っているのはリスクがある。最初の1番が仮に、さっそく赤を引いてしまったとしたら、こんなに大きな机とベルトコンベアをわざわざ用意した人の気持ちが浮かばれない。それでも、例の機械音声は、説明がてら1番に玉を引かせた。『新井式回転抽選器には残り、合計999個の玉が入っています』と言っていたが、この『合計』とは、赤と白の合計なのだろうか。いや、きっと違う。
 999番が引いた玉は、白だった。銃声をBGMに、ベルトコンベアが回転した。目の前に来た抽選器は、回すための取っ手が付いている側に、タコの絵が描かれていた。しかし、僕の予想が正しければ……
 「おっと、失礼。最後の一人は、こちらから玉を引いていただくことになっております」
 机の下からせりあがってきた、一回り小さい、新井式回転抽選器。同じタコの絵が描かれている。中身は、容易に想像ができた。地獄のような幸せの世界から、天国のような苦痛の世界への招待状だ。タコが、こちらをじっと見つめてきているような気がした。
 こんなことなら、11番のままで良かった。