【掌編】 神様のアレ

 僕の隣の席の三田君は、少し変わった子だ。
変わった子と言っても、運動神経とか、テストの結果とか、好きなYoutuberとか、そういうのが他と違うわけじゃない。そういう類の話に限って言えば、寧ろ僕と三田君はよく似ていた。そのおかげで、このクラスで一番最初に仲良くなったのも、三田君だった。
 僕とは仲良くなったのに、三田君は、僕以外の人とはほとんど会話をしない。というよりは、僕以外の人が三田君にほとんど近づかない。これはやっぱり、三田君の変わっている部分の所為だ。
 三田君は、入学式の日の自己紹介で、全員に聞こえるようにこんなことを言った。
「僕は、空から来ました。神様の子供です。神様が、人間界の学校に行けとうるさかったので、ここに来ました。よろしくお願いします」
 まぁ、みんなが不審がるのも無理はなかった。高校生の教室だからか、このどこか厨二な感じが漂う自己紹介を前に、笑いが生まれるでもなく、悲鳴が聞こえるでもなく、ただなんか、こいつ大分イタいなー、みたいな雰囲気が流れた。その雰囲気の中で自己紹介を始めなければいけない僕の気持ちを、どうか想像してみてほしい。
 高校生活初日からかなりの巻き込み事故を食らったわけだが、それでもなお、僕は三田君となった。というのも、三田君の話を聞く限り、どうやら彼は本当に神様の子供みたいなのだ。三田君がする神様の話は、少しおとぎ話のような節があるが、それでも話しているときの目が結構ガチなのである。
 中でも興味深かった話が、空の様子と神様の心境が対応しているというもの。三田君曰く、雲の量=ストレスの量で、雨は神様の涙、虹は神様の幸せ、雷は神様の怒り、日差しは神様の喜びを表しているらしい。僕が「雪は神様のなんなの?」と聞くと、三田君は当たり前のように「雪は神様のフケだよ」と言った。
 そんなある日、数学の授業中に、視界が赤っぽくなった。外を見ると、空が真っ赤になっていた。たまらず僕は、「三田君!これは!?これは神様の何なの?」と問いただした。しかし、彼はそれに答えないまま、ただぼうっと赤い空を見ているだけだった。僕が三田君の両肩を掴んで三田君をゆらゆらと揺らすと、三田君はぼそっと「Gアラートだ……」とだけ呟き、そのまま宙へ浮いた。開いた窓からすっと飛び出していく学生服の三田君は、小さくなるにつれてカラスのようになっていった。
 三田君が見えなくなってから、数分後。赤かった空は一瞬にして晴れ渡り、それから雨が降ってきた。雲一つない青空の下に、確かに雨が降っていた。三田君の話に従えば、今神様は泣いているということだ。しかし、雲が無いということは、ストレスや不安があるわけじゃないし、雷が鳴っていないから怒っているわけでもなさそうだ。これはいったいどういう状況なのだろうか。
 次の日、ニュースでは赤い空の写真ばかりが流れていた。学校で隣の席の三田君に話を聞くと、三田君は、
「神様、僕に会えない日が続いて寂しかったらしいよ。で、耐えきれなくなってGアラートを発動しちゃったんだって。ほんと、心配性だからさ」
神様もうれし泣きをするんだな、なんてほのぼのとしたことを考えていると、三田君の側から
「三田君、昨日のあれ、一体どうなってるの!?」
「三田って空飛べたのかよ!すげぇな!」
というクラスメイトの声が次々と聞こえてきた。少し戸惑いつつ、照れ笑う三田君の横顔を見て、なぜだか僕が泣きそうになってしまった。
窓の外には、大きな虹がかかっている。